終章 破滅の果てに
3-1 相反する気持ち
【終章 破滅の果てに】
力ある者はアシェラルの族長に。それがここの法則だ。オレは覚悟していたさ、覚悟していたともさ。エクセリオが「神憑き」であることがわかった時点で、オレは族長候補から外されると。
だがな、わかっているのと実際にその通告を聞くのとは話が違うんだよ。
エクセリオが「神憑き」とわかってから一週間後、オレは族長さまに呼び出された。
「我の後継ぎから貴公を除名し、エクセリオとする」
告げられたのは、決して変えられようのない事実。決定事項。オレは黙ってその言葉を聞いていた。
「理由は、わかるな? よって貴公はこれより『救世主』の任を解かれ、ただ人と成り下がる」
反論の余地はない。反論しても意味はない。オレは自分の心の内に絶望が広がっていくのを感じていたが、黙ってそれを受け入れるしかなかった。
「貴公の炎の魔法など、彼(か)の『錯綜の幻花』に比べれば弱々しいにも程がある。強き者は村長に、これ我が村の決まりなり。あとから生まれた者に負けたということは、貴公はそれまでの男だったというわけだ。
――『救世主』メサイア。貴公の時代は終わったのだよ」
そしてオレは、奈落に落ちた。
オレは「救世主」だ。「救世主」だった。オレは「救世主」として育てられ、それ以外の生き方を何一つ教わらなかった。オレは生まれたときから歩むべき道を定められていた。オレには「救世主」として生きる以外の選択肢はなかった。なのに今のオレは「救世主」じゃない。オレの居た座はエクセリオによって奪われた。エクセリオはなりたくて「神憑き」になった訳じゃないからあいつに罪はないが、あいつの態度に罪があった。
――なぁ、エクセリオよ、無垢で無邪気な天才よ。
何故、お前はそうも笑っていられるんだ? 人を突き落として就いた地位なのに、突き落とした当人に対して。いくらそんな過去があったとしても、お前は異常だよ、エクセリオ。
あれからもずっと、あいつはオレに笑いかけてくる。無垢に――無邪気に。だからオレはあいつを憎んだ。
「救世主」以外の生き方を知らぬオレは散々蔑まれ、嘲笑われ、人々の憎悪の対象になってさえいるのに。それでもあいつはオレに変わらぬ態度で笑いかけてくる。オレはそれが、その神経が信じられない。だからオレはあいつが憎くてたまらなくなった。幸せだった時はもう、終わった。
それでも、どうしてだろう? オレはあいつのことが嫌いになりきれずにいた、憎みきれずにいた。
あいつだけが、エクセリオだけが、オレを親友と呼び、オレを本当の名で呼んでくれるから。
ああ、胸が苦しい。喉の奥が焼けるようだ。焼けるような煩悶が、葛藤が、オレの中を吹き荒れてオレを粉々にしようと暴れ回る。
憎いはずなのに、憎みきれずに。好きなはずなのに、好きになりきれずに。
いっそ、最初からエクセリオがオレをオレの名で呼ばず、オレに敵対する態度を取ってくれていたらどんなにか良かったのに、とオレは思った。そうすればこんなに苦しくなかった、こんな思いを抱かずに済んだ。最初から、オレを憎んでさえいてくれれば、オレは、オレはッ!!
でも、現実はそんなに甘くはないんだよ。エクセリオはオレを蹴落としながらも、悪気のない悪意で、オレを純粋に信じているような眼をして、話し掛けてくるのだ。そのたびにボロボロになったオレの心は葛藤のあまり血を流し、オレの中を激情が吹き荒れる。二律背反、対立する気持ち。だから苦しく、だから辛い。
オレの心は疲弊しきっていた。それでもエクセリオはオレの傍に寄って来て、笑うのだ。オレはこの気持ちをどうすればいいのかわからずに途方にくれた。
そして、冬が来た。
◇
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