1-3 命と炎


 身体が、熱かった。特に傷を受けた右腕の辺りが。いや、全身が熱を持っていた。燃えるようだった。

 朦朧とする意識の中、オレは自分がふかふかしたベッドの上に横たえられているのをぼんやりと理解した。

「お目覚めになられましたか」

 遥か彼方から聞こえてくるような声。意識が混濁して、誰の声だかまるで判別がつかない。ただ声の調子から女性であることは分かった。

「救世主さま、よくぞ我らを守ってくれました。貴方のお陰で我らは救われたのです」

 その言葉は本当に嬉しそうで、心からオレを讃えているように聞こえた。

だが、どうしてだろう。その言葉の裏に、声に。かすかな軽蔑が混じっているように思えたのは。

 オレはあろうことか、こう感じてしまったのだ。

『あなたが傷ついてくれたおかげで、今日も我らはのうのうと暮らせます』と言っているように。

 そうだ、確かにこの体制に不可解さを覚えることもあった。何故オレだけが「救世主」と呼ばれ、そのあだ名を盾に何でもやらなければならないのか。それをおかしいと思ったこともあった。

 だがな、オレは「救世主」以外にはなれないゆえに、そういった疑いを持ってはいけないんだ。

 それにやりがいだってある。誰かを守り、何かを護る。それはオレにとっての喜びだった。「救世主」として生きることは辛いこともあるが、オレはそれにやりがいを感じていた。

 だから笑って、小さく答えた。

「当然のことさ……」

 そしてオレの意識は再び落ちる。



 あの翼奪われたアシェラルは死んだらしい。色々と手は尽くしたが間に合わなかったようだ。その結果、オレにはやらなければならないことが出来た。

 あれから三日後の夜。まだ傷の治りきらぬボロボロの身体で、オレは立ち上がって歩き出す。

 この村では土葬はしない。死者は皆、炎で燃やす。アシェラルは天の一族。地に埋められるなんてあってはならないことだから。

 で、燃やすと言ったら? 当然オレだ。炎を操るオレしか適任はいないのさ。だから向かったんだ、火葬場へ。ボロボロの身体を引きずりながらも。

 向かった先で見た嘆き。死んだのは男アシェラルで、その遺体に一人の女アシェラルがすがって泣いている。恋人か、家族か。オレは村の全員を把握しているというわけではないからよくわからないが、大切な人なのだろう。

 足を引きずるような足音に気づき、彼女はオレを見た。

「救世主さま……」

 濡れた瞳がすがるようにオレを見る。オレは深く頷いた。

「これから、燃やす。だから離れろ」

 言葉に素直に従って、女アシェラルは泣きながら離れた。

 オレと、遺体と。近くにあるのはその二つだけ。炎は危険だから皆、遠巻きにして近寄らない。

 くずおれそうになる身体を叱咤して、オレは炎を呼び出すために式を組んだ。通常の、攻撃用の式ではない。だってこれは火葬の炎、鎮魂の炎なのだから。

「炎の神ヴォルディオスよ、今、一人の天の民があなたの元に還る。我願う。彼(か)の者の魂を受け入れ給え、あなたの腕で燃やし給え、罪を悪を、受けた苦痛を浄化し給え――!」

 荼毘だびにふすときの専用の言葉を唱えれば。轟、と音を立てて燃え上がる炎。それは夜の中にたとえようもなく美しく照り映えた。

 舞い散る火の粉は死んだアシェラルの魂の燃える様。炎の赤は死んだアシェラルの魂の色。ああ、命が燃えていく。

 炎は広がっていき、オレと死者を人々から隔てるカーテンとなって周囲を取り囲んだ。

 燃える、燃える、命が燃える。魂が燃える。人生が燃える。静まり返った夜の帳に、紅に燃える炎の宴。冥府に旅立つ魂を送る、眩しく鮮やかな魂の宴。

 オレは体の疲労も忘れて、自分の呼び出したそれに見入り続けた。


 やがて火勢が収まって、静かに静かに夜が明ける。

 死んだアシェラルは灰になり、オレはもう立っていられなくなり倒れた。

 だが、やりきったという思いはあった。あれはオレだけにしかできないことだから。

 だから何度でも働くのさ。だってオレは「救世主」だからな。


   ◇

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