幸福販売店

仁藤 世音

ようこそ、クリックして御覧下さい。

 当店にお越しくださったカクヨム様、初めまして。私が店主です。こんな風貌ですから、みなさん私を盗賊の類と見るのですがそんなことは決してございませんからな。

 さて、当店の仕組みをご理解いただくにあたってはある顧客の一部始終をご覧いただくのが手っ取り早い。百聞は一見に如かずと申しますからね。気にしなくても、彼のプライバシーは守られていますとも。では、こちらを……


【映像:店内にて。店主と顧客とみられる男、カウンターにて向かい合い話す】

「では、どんな幸福がご所望か、具体的にご説明願います。こちらのリストもご参考になってよろしいですよ。過去のお客様が求めた幸福や私どもが考えた幸福の形が記してあります。幸福の形は百人千色ですからなぁ」


 男、店主の差し出したタブレットをじっくりと眺める。


「これは全くどうしたことです。特定の人を殺したり、思想の持ち主を殲滅したり、国ごと滅ぼそうというものまで。いくらなんでも不謹慎ではないですか」

「はっはっは。お客様、幸福を認めるとはそういうことです。畢竟するに、人の心は精神的にどこにでも存在しうるんです。しかしそう感じるなら、それはお客様の幸福に非ずというところでしょうな」

「なにをわけのわからないことを」


 男、再びスクロールする。


「私を愛するものに囲まれて老衰に至る。これはとてもいいですな。女房にペットをたくさん。犬、猫、虎なんぞいてもいい。これに加え、金に不自由なく、私を慕う者に向ける私の愛情を生涯維持できるようにしてほしいのですが」

「なるほど、お客様は賢明なのですな。はい、はい、結構です。そのように致しましょう」

「この場合、いくらになりますか」

「一億ぽっきりです。円ですよ、お客様」

「いくらだってかまわんさ。それで頼む」

「承知しました」


【映像消える】


 と、こんな塩梅でございます。至って簡単な交渉です。しかし、お客様の中には幸福販売を信頼できないという方も当然、ございます。国一つ転覆と言うのは実際に願った方がいらっしゃったんですよ。私の担当では二件ありました。よほど恨みを抱えていらしたのでしょう。要望した幸福が成就したらすぐにここを訪ねてらして、礼を言ったのです。その国がインカ帝国とソヴィエト連邦だと言っても、信用してはいただけませんでしょうか。まぁ、仕方のないことです。そういうものです。

 さぁ、映像の続きをご覧下さい。


【映像:先程の男、齢50ほどに見える。離島の豪邸近く、妻とシーサイドにて】

「あなた、私ね毎日あなたに恋してるの。不思議よね、こんなおばさんになってるのに」

「何も不思議じゃないさ。だって僕も同じだからね」

「まぁ!」


 元気のよいゴールデンレトリーバー、巨大な虎、二人に駆け、すり寄る。


「よしよし。お前たちは本当にかわいいなあ」

「子どもたちが家庭を持ったから、今はあなたたちが私たちの子よ! アハハ、くすぐったい!」


 やがて二匹、離れて波打ち際で遊ぶ。


「こんなに幸せでいいのかしら? ねえあなた」

「さあね。君の笑顔が見られるんだから、きっといいんだろう」


 時間映って、男ベッドにて横たわる。妻、息子夫婦と娘夫婦集まる。


「父さん!」

「……」

「あなた!」

「……」

「お父さん!」

「……」


 男、満足気にほほ笑み妻の手を握り息絶える。


【映像終わる】


  分かり易い例でしたが、つまるところこれが私の職業ですな。当店についてご理解いただけたところで、ご希望を伺いたいところですが、視野を広げるために先程の映像にもあったリストを参照いただきましょう。


・生涯治療、入院の必要無し

・相思相愛の人と出会う

・経済力、国随一の家庭に生まれる

・宇宙に飛び出して生活する

・世界征服を成す

・音楽に関し世界一の才能を賜う

・特定個人を自らのシナリオに沿い抹殺

・国別対抗大戦を引き起こす

・羽を生やす

・良き香りに包まれ続ける

・未知の発見をする

・ハーレムを創る

・ムー大陸の発見

・ゾンビハザードの実現

・……

……………………………………………………………………

 お決まりですか? ……はい、はい。

 まだ考えるのですね?


 はい。




 はい。







 了解しました。それでは、そのようにいたします。料金の方ですが、今回は二億と四千ユーロになりますな。うっかりしていたのですが、料金システムについてお話するのを失念しておりました。つまるところ、幸福の代金と言うものはお客様のお金からは支払われません。これも当然ですが、財はあの世まで持ち込めませんからな。お客様の遺伝を持つ者のご負担となるわけですが、遺伝同列6代目までの不幸、貧乏での清算となりますな。末代まで呪ってやるとの遺言も見事果たされる意気込みに図らずもなるわけですな。

 はい?

  なんですと?

   生きている?

    そんな馬鹿な。

 。

 これはなんとしたことか。あなたはカクヨム……ハハァなるほど。私は人違いをしたのですね。……なんと! 私の声も映像も全て文字、私の相貌も、こだわりの店の内装も目前には存在しないと!? なんたる失態でしょう、私はこともあろうに生者に繋いでしまったのですね。

 後生だと言うことも、一生の願いとも、私が言うのは白々しいものがございますが、どうかこのことはご内密に……。

 

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