100年後の若者も人生を間違え続ける

乱輪転凛凛

第一章

昔の人はズルいと心底思う。


俺は山中にある高校にスクーリングに行くため桜並木をトボトボと歩いた。そばには川が流れている。


昔は桜の季節といえば春だったらしい。100年前くらいには4月に桜が咲いていたと聞いたことがある。


しかし、今では桜が咲くのは12月からだ。昔の人が雪が落ちるのを見て冬を感じていたように、今の俺たちは桜が舞い落ちるのを見て冬を感じている。


インターネットスクールのVR空間では何度か話したことのある友人も直接会うのは初めてだったりする。幼馴染のあいつを除いては。


桜が落ちる通学路の途中にそいつはベンチに座っていた。こっちを認めると大きく手を振ってきた。俺は恥ずかしくて顔をそむける。


「なおくーーーん!」結構大きな声で遠くからそいつは叫んでいる。近くにクラスメートが居なかったから良かったもの、それでもかなり恥ずかしい。


俺は近づいて言った。


「おはよ。早く出たからもう学校についてると思ってた」


「だって、ここで待ってたら、なおくんが来てくれると思って」そいつはそう言った。


「俺が学校をズル休みしたらどうするんだよ?」


「今日大学の合格発表の日じゃん! みんな休めないでしょ」そいつは笑いながら言った。


俺はため息をつきながら言った。

「そうだった。思い出させんなよ。ほら行くぞ。春奈」


俺が歩を進めると春奈もついてきた。


「しかし、意味分かんねーよな。なんで合格発表の日にわざわざ学校に行かないと行けないんだよ。全部ネットでやりゃあ良いじゃん」俺は言った。


「なんでも合格者のデータって大事だから改ざんされないように暗号化して高校だけでの発表になるんだって」春奈が言った。


「ま、そこは融通をきかせて欲しいけどな」


「ねぇ、なおくん」


「ん?」


「私って凄くバカじゃん?」


春奈が言った。


俺は苦笑いした。


「だから全部落ちてると思う」消え入りそうな声で春奈は言った。


「大丈夫だよ。どっか受かってるって。南極の大学にも願書出したんだろ?」


俺がそう言うと春奈はコクリとうなずいた。


そして彼女は独り言のように言った。


「あーどっかの王子様が私を火星の大学に連れて行ってくれないかなー」


俺は前を見て歩きながら少し黙っていたが、しばらくして笑った。


「なんだそれ、そんな都合がいいの、いないって」


春奈も微笑んだ。

「やっぱりそうだよね」



「じゃあ私ここのクラスだから」


俺たちは学校に着き春奈は「普通クラス」と書かれた教室を指差した。


「おう、じゃあな」俺たちはその場で一旦別れた。


俺が別の教室に向かっていると春奈と春奈のクラスメートとの会話が聞こえてきた。


「えっえっえっ、春奈ちゃん。直人くんと付き合ってるの?」ひそひそ話のつもりだろうが結構大きな声で話している。


「だって直人くんと一緒に通学して来たじゃん!」別の女子が言う。


「えっ……違うよ。直人くんとは幼馴染だから……通学路でたまたま一緒になっただけ」春奈が焦りつつ答えているのが聞こえた。


俺はそれを横目に見つつ特進クラスと呼ばれる教室に入った。


俺は自分の席に座った。すると特進クラスの友人が話しかけてきた。


「だりぃーよなマジで。こんな山の中に学校作ったやつマジでバカだよな」とそいつは言った。


「いや、マジでそれだわ」俺は笑いながら言った。


少し離れたところで女子グループの会話が聞こえる。

「絶対火星の大学受かるって!」


「でも、全然自信ない……」


「大丈夫だって、だってあんだけ頑張ってきたんだもん……」


チャイムが鳴った。教師が入ってきた。


「皆さん着席お願いします」


俺たちは雑談をやめ、全員着席した。


「これから大学の合格発表について説明します」


教師はデジタル端末を一つ手に取った。


「これから端末を一人づつ配っていきます。受け取ったらスクールID、パスワード認証、顔認証をして下さい」


「時間は10時になったら端末に皆さんが受験した全ての大学の合否が表示されます」


「大学の合否を確認したら確認のサインを端末にして下さい。必ずお願いします」


「それでは端末を配ります」


教師はプリントを配るように紙のように薄い端末の束を学生に配った。


学生たちはそれを一枚づつ手に取り残りを後ろに回していった。


俺もそれを手に取った。壁掛け時計を見た。時間は9時58分だった。


ドクンドクン……


鼓動が止まらなかった。


自分の鼓動が聞こえるようだった。


私語は禁止されている訳ではないが、誰も喋らなかった。


ログインは10時になったらしよう。そう思っていた。


10時!


俺はスクールIDとパスワードを打ち込み、顔認証を済ませた。


すると女子生徒の甲高い悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。先程の女子生徒グループの一人だった。俺は思わずそちらを見た。


「受かってる……受かってる……アルカディア大……」泣きながら女が言っている。


そこに飛びつくように女子グループが集まった。一気にざわめく教室。「えっ火星の大学?」「凄い!」


ショックを受けたように呆然と端末を見ている生徒もいた。


俺は目をつぶった。そして気合を入れて端末を見た。



高橋直人 


スクールID21201537


アルカディア大学 宇宙工学科 


合格


「シッ!」


俺はそれを見てガッツポーズをした。


同時期、別教室の普通クラス


高橋直人に春奈と呼ばれていた、彼の幼馴染の佐藤春奈は端末を表情を微動だもせずに見ていた。そして教師に求められたサインもせずに教室をあとにした。


「えっ? 直人ヤバっお前アルカディア大、受かったの?」次々と集まってくる男子のクラスメート。


「えっ直人アルカディア受かったってマジで?」「えっ嘘ウソ」「火星行くってマジか」などの声が聞こえる。


俺は苦笑いでそいつら答えていた。


すると視界の片隅に春奈が走り去って行くのを見た。


泣いてるようだった。


教師は言った。


「皆さん合否を確認したら必ずペンでサインをして下さい。それが同意のサインになります。必ず12時までに私のところに提出してください」


「12時までにサインしないとそれ以降の手続きが出来なくなってしまう場合があります。必ず12時までにサインして提出して下さい」


俺は視界の隅を走り去った春奈が気になった。


俺は立ち上がった。「えっどこ行くの?」友人が言う。「ちょっと」俺は教室を出た。


俺は学校内を探した。ほぼ初めての学校は入り組んでいてまるで迷路みたいだった。春奈のいた普通クラスにも行った。


先程春奈と話していた春奈の友人に話しかけた。


「春奈いる? どこに行ったか知ってる?」


「えっ? 春奈ちゃんそう言えば合格発表から全然見かけない」「なんか急に教室を飛び出したみたい」


「だからどこに行ったか知ってる?」俺は少し苛つきながら言った。


するとその女子は首を横に振った。


俺は教室を飛び出した。


「あのバカ……どこに……」俺は校庭にでて一人呟いた。


すっかり日は高くなっていた。


するとハッと頭に一つの場所が浮かんだ。


俺は学校を飛び出した。


学校の通学路、桜並木の道に春奈はいた。


今度はベンチじゃなく木の近くの木陰に座っていた。


「お前……」


俺がそう言うと春奈は少し驚いて笑った。


「何やってんだよだいぶ探したぞ。そんなにここが心地良いか。そんなんだったら永久に地球から出れないぞ」俺は笑って言った。


「いーもん。私バカだから永久に地球から出れなくていいもん」


「よくねーだろ……」俺は汗を拭きつつ春奈のそばに座った。


そして少しの沈黙のあと俺は言った。


「ダメだったか」


春奈は俯いて静かに泣き出した。


桜が風を受けその花が舞っていた。


「また来年があるよ」


「私バカだから……どんだけ頑張っても……勉強しても」


「本当にバカだよなお前」


「えっ?」と驚いたように彼女が答えた。


「そうやって自分のことバカだって思ってるのが本当にバカだよ。お前にだって良いとこあるじゃん」


「例えばどんなとこ?」春奈は聞いてきた。


「そりゃーお前……」俺は春奈の顔を見て思わず目をそらした。俺は顔面が赤くなるのを感じた。


「そんなもんこれから見つけていけばいいって」春奈の方を見ずに俺は答えた。


「大丈夫だよ。お前の良さを分かってくれる人が必ず見つかるって」呟くように言った。


すると春奈は笑って足を伸ばして自分の太ももを軽く叩いて「ほら、おいで」と言った。


俺は事情を察すると顔面を真っ赤にして言った。「は? 何言ってんだお前。膝枕なんていつの時代だよ」


「しかも暑苦しいだろ。心理的な意味じゃなく物理的な意味で!」


「いいから!」


春奈は俺の頭をグイッと掴むとほぼ無理矢理に俺を膝枕した。


目を開けると頭上に見える桜。それが風に揺れていた。


「どう?」春奈が見下ろしてきた。


「いや、案外悪くないかも……」俺は答えた。


「暑い?」


「いや、割とマシ……」


「地球って最近一年で0.25℃くらい気温が上昇してるんだって。温暖化って怖いね」春奈は言った。


「四年に一度くらい温度が上がるってことか。よく知ってるんだなお前」


遠くの空に火星へと向かう定期ロケットが見えた。


「私火星に行きたい」春奈は言った。


「行けるよ。勉強だけじゃない。火星で暮らす方法なんていくらでもあるさ」


「本当?」


「あぁ」


すると遠くから俺たちの学校のチャイムの音が聞こえた。


もう12時を過ぎてしまった。


「実は俺、火星の大学に受かってたんだ」


「えぇ? 本当? 凄い!」春奈は言った。


「まぁでも地球も悪くないかな……」俺は言った。


「じゃあなおくん、火星に行くんだ。お別れだね」悲しそうに春奈は言った。


「いや、そうはならねーかな。地球に置き忘れた忘れ物もあるし」俺はチラリと春奈を見た。


「え? 忘れ物ってなに?」


「さあな」俺はプイッと横を向き近くに流れる川を見た。


昔の人はズルいと本気で思う。自然が豊かで遊べるところなんか一杯あったんだから。


しかし


でも


それでもこの地球は悪くはない。


俺はそう感じていた。



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100年後の若者も人生を間違え続ける 乱輪転凛凛 @ranrintenrinrin10

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