最終話「みちこさん」

「田山さん、おはよう」



「あ、山中先生おはようございます」



「君が看護師として、この病院に勤め始めて、もう一ヶ月以上が経つね。もうここには慣れたかい?」



「はい。先生方や他の看護師さん達が親切で優しいから、とても気楽にお仕事をさせてもらっています」



「それはいいことだ。今日は僕と君が担当している患者の谷川みちこさんの現状を色々と確認しようと思っている。ここでは『みちこさん』と呼ぶ事にしよう」



「はい、わかりました」



「もうカルテは熟読しているとは思うが、今一度話を整理し直すと、みちこさんは半年前に当病院に入院した重度の統合失調症患者で、自分のことをカフェのできる洋菓子店『アンガトーシュクレ』で働くパート社員だと思い込んでいる。『アンガトーシュクレ』は実在している洋菓子店で、みちこさんはかつてそこの常連だったらしい。君に言うまでもなく知ってるとは思うが、統合失調症とは現実と空想の区別がつかなくなる病気のことだ。みちこさんは身寄りもなくアパートに一人暮らしをしていた。この度、問題行動を起こした事で警察に保護され、当病院に入院する事になった」



「はい。私も『アンガトーシュクレ』で一緒に働く仲間だと思われていて、摩耶ちゃんって呼ばれてます。もちろん話を合わせています」



「うん。僕もお店のリーダーにされている。こういう患者の妄想を否定するとパニック症状を起こすから、今後も我々はみちこさんの作る物語に話を合わせていくことが必要だ。ちなみに先日、新作ケーキと称して『アンガトーシュクレ』のケーキを持っていってあげたら、とても喜んでくれたよ」



「山中先生、話を戻しましょう。みちこさんが起こした問題行動の件に関してですが…」



「そこを整理しよう。それはみちこさんが行きつけの『アンガトーシュクレ』でケーキ作りの担当をしていたパティシエの正田次郎さんへのストーカー行為がエスカレートしたことだ。正田さんの証言によると、みちこさんはお店に毎日通ってきて、いつしか毎日正田さんに差し入れを持ってくるようになったようだ。そして正田さんが退勤するのを見計らって、帰りに話しかけてくるようになったらしい」


「正田さんに強く好意を寄せていたのですね」


「強くなんてものじゃなく異常な程であったらしい。正田さんも始めはみちこさんの相手をしていたのだが、途中から怖くなってきたらしく、みちこさんを避けるようになった。そうなってから、みちこさんが正田さんの家の付近で目撃されるようになり、ストーカー行為がエスカレートしたようだ。みちこさんは正田さんが自分の事を好きだと、今でも強く思い込んでいて、しかもその好意を拒否しているのは自分だと思っている。我々にできることは、薬の処方とみちこさんの妄想を毎日聞いてあげて、その物語に話を合わせてあげることだ」


「そうですね、でもみちこさんって面白いんですよ。色々なモノマネを披露してくれますし」


「うん。そして妄想の中では、みちこさんは正田さんと、とても楽しそうに働いている。我々は今後も、みちこさんが幸せな気分でいられるように努めよう」









私、嫌よ









ダメよ正田くん









私たち歳が離れ過ぎてるもの

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みちこさんと正田くん 空飛ぶゴリラすん @vetaashi0325

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る