四年に一度の四月四日。彼女は俺の部屋へと突撃してくる。

角ウサギ

四年に一度の四月四日。彼女は俺の部屋へと突撃してくる。

 小学校の卒業式。

 今日で卒業する俺は慣れない中学校の制服に身を包んでいる。

 みんなでワイワイ騒いでる中、俺の前で泣き続けるちっちゃい女の子——幼馴染の三嶋千里みしまちさとがいた。

 

「あわわわ、泣くな、泣くなって!」

 

「で、でも! りゅうにぃは卒業して居なくなっちゃうんでしょ……?」

 

「そんなこと言ったって四歳差なんだからしょうがないだろ? ほら! どうせ中学校はみんな同じところ行くんだから追いついてくればいいだろ? なっ?」

 

「う、うん……。ちぃ、頑張って追いつくから、待っててね……?」

 

 目をウルウルさせながら、上目遣いで千里は言った。

 その言葉を否定することなど俺には到底できずに——。

 

「お、おう。待ってるからな?」

 

 そんな無責任な言葉を残した。

 

☆★☆

 

 そんな会話をしたことを、今鮮明に思い出した。

 なぜ急に思い出したかと言われれば、俺がに身を包んだ少女がいかにも怒ってますよ! という雰囲気を醸し出しながら仁王立ちしているからだろう。

 その制服はゆるゆるのぶかぶかで、誰が見ても新品と答える一品。そう、即ち入学してすぐ異変に気がついた千里が家に突撃してきたのだ。

 思い出せば、四年前の俺は小学二年生の女の子相手にとんだ詐欺を働いたものだ。

 自分が卒業した次の月に入学してくる三年差ならまだしも、卒業した次の年に入学してくる四年差なのだから、例え一年留年したとしても一緒に通うことなどできないというのに。

 

「むううっ! りゅう兄さん私のこと騙した! 入学してすぐに探したのに見つからないと思ったら……中学校は三年間しかないんじゃん! 去年から制服変わったから変だとは思ったけどりゅう兄さん高校生になってるじゃん!」

 

「おちつけおちつけ! 高校といってもすぐ近く、家から余裕で通える距離にあるんだ! それに、中学校は仕方がないだろ? 義務教育だから学校に行ってなくても卒業できてしまう! 俺が悪いんじゃない! この国のルールが悪い、そう思わないか?」

 

 大それた責任転嫁である。

 そして言葉遊びのようなズルをした。

 中学校では出席停止以外の休みは一日もないし、高校での赤点の点数を切ったこともない。つまり、もしも中学校が義務教育ではなかったのだとしても俺は普通に卒業したし当然のように高校生を迎えていたわけだ。

 

「そ、そう言われればそうかも……」

 

 そして千里アホはまんまと騙される。

 

「じゃ、じゃあ高校では追いつける……?」

 

「それは努力次第だろうな。俺が行ってる高校は内申点もかなり必要だし、倍率も高くて難関だ。だからお前のこれからの努力次第で何とかなるさ。それに高校は義務教育じゃないから三年間と決められてるわけじゃない。こっちも努力次第で追いつくことができるから心配しなくていい」

 

「そっか……。そっか! 私頑張る! 頑張ってりゅう兄さんの高校に入るね!」

 

「おう! その意気だ! 応援してるぞ!」

 

 他に言えることもなく、俺は千里を送り届けた。

 

☆★☆

 

 そんな会話をしたことを、今鮮明に思い出した。

 なぜ急に思い出したかと言われれば、俺がに身を包んだ少女がいかにも怒ってますよ! という雰囲気を醸し出しながら仁王立ちしているからだろう。

 その制服はゆるゆるのぶかぶかで、誰が見ても新品と答える一品。そう、即ち入学してすぐ異変に気がついた千里が家に突撃してきたのだ。

 もはや数年に一度の恒例行事。

 確かに三年前、千里に詐欺を働き、騙したかもしれないけれど、俺は一切嘘をついていない。

 彼女は必死で勉強を続けて高校に入った。そう、努力次第で高校は何とかなった。

 対する俺も、三年間必死で勉強を続けて一年間生徒会長を務めあげ、難関大学に合格した。

 そして現在、大学二年生である。

 

「りゅうとさん、私を騙しましたね!?  新入生代表の挨拶をしながら見回しても見つからず、先生にりゅうとさんのことを知らないか質問してみたら去年の生徒会長だっていうじゃないですか! 去年から私服でしか姿を見かけなくなったし、髪も染めてかっこよ——不良みたいになったからどうしたのかと思えば大学生になってるじゃないですか!」

 

「ステイステイ、どうどうどう、落ち着け。まずは難関だったであろう入試合格おめでとう。そしてすまない。俺が努力したばかりに留年できなかった」

 

「暴れ馬みたいに扱わないでください! というか努力したからダメだったってどういうことですか!」

 

 生まれてしまった矛盾を前に優羽はただただ首をひねる。

 しかしすでにその疑問に答える上手く丸め込む方法は考え付いていた。

 来ると分かっていたのだから、今の俺に抜かりはない。

 

「俺は千里のために血の滲む思いで勉強を続け——そう、お前も知っている通り生徒会長にまで就任してみせた。しかし、俺は気がついた。いや違う。気がついてしまったのだ。千里に追いついてもらうには、そう」

 

——努力をしてはいけなかったのだ

 

「そ、そんな……!」

 

「気がついた時には既に遅し。俺が気がついた時には生徒会長として校則を全て洗い出して、時代に合わない古臭い慣習を全て取っ払い終えた後だった。なぁ、おかしいと思わないか? 俺は精いっぱい努力した。努力すれば報われる、この言葉を信じて精いっぱい努力してきたのに——この仕打ちはおかしいと思わないか!? この世界が、間違っていると思わないか……? いや、結局はこれも全て言い訳だ。……全て、俺の落ち度だ。責めるなら」

 

——俺を責めてくれ

 

 悲愴な面持ちを浮かべて俺が言う。

 何を隠そう。俺は三年間演劇部に所属していたのだ。

 

「りゅうとさんは悪くありません!」

 

「千里……」

 

 目端に涙を溜めながら彼女は叫んだ。

 

「りゅうとさんが精いっぱい努力した結果、私のために努力してくれた結果が生徒会長で、今の大学なんですよね? それを責めるなんて……私にはできません! ……決めました。私も努力して生徒会長を継ぎ、りゅうとさんと同じ大学に合格してみせます! だから、努力せずに待っていてくださいね?」

 

「安心しろ。大学は四年制なうえに大学院まである」

 

 努力しないとは言わない。

 四年差だから卒業と同時に入学してくるから順当にいけば追いつけないということも言わない。俺は四年制といっただけなのだから。

 

「……あれ? 四年制ってことは結局——」

 

 おっと?

 

「そういえばさっき髪染めた俺をかっこいいって言ってた? 言ってたよね? いやぁ、嬉しいなぁ! この茶髪結構気に入ってるんだよね。まぁ綺麗なロングの黒髪の千里も凄く可愛いと——あら?」

 

 千里はりゅうとさんの馬鹿ー! と叫びながら家を出ていったようだ。

 とまぁ、俺の狙い通りに上手く話を逸らした。

  

☆★☆

 

 そんな会話をしたことを、今鮮明に思い出した。

 なぜ急に思い出したかと言われれば、俺が女性がいかにも怒ってますよ! という雰囲気を醸し出しながら仁王立ちしているからだろう。

 我が高校からの合格者は年に数名いるかどうかの本当に難関大学だったから俺は思わず拍手する。

 未だに続く、数年に一度の恒例行事。

 確かに三年前、大学院に進めば追いつくという会話をした。

 しかし俺は当然の如く大学院には進まずに大学を卒業した。いやだって、大学院に通っても給料上がらないし。

 

「どこかでそうだと思ってましたけど……思ってましたけど……! どうして琉斗さんはいないのですか!」

 

「さすがに大学院までは金が……ね?」

 

「ぐっ……。さすがに反論できません……」

 

 大学院は行くだけで必用な学費が五割増えてしまう。

 そのことを理解しているからこそ俺に反論をできない千里。にしても……。

 

「見ないうちに綺麗になったなぁ……」

 

「なな、なななっっ!?」

 

 視線の先にいた千里の顔がゆでだこのように赤くなっていき、あからさまに狼狽え始めた。

 ふむ、前にも同じ光景を見た覚えがある。これはつまり。

 

「ありゃ? 口に出てたか? でも安心してくれ、俺はお世辞は言わない」

 

「ふ……」

 

「ふ?」

 

「不意打ちは反則ですからあああああ!」

 

 千里はそのまま走り去っていってしまった。

 もしかしたら褒められ慣れていないのかもしれない。

 

☆★☆

 

 そんな会話をしたことを、今鮮明に思い出した。

 なぜ急に思い出したかと言われれば、目の前に顔を真っ赤にした女性が目を潤ませているからだろう。

 もういいだろと言わんばかりの四年に一度の恒例行事。しかし今年は少し違う。

 俺は四年前からとっくに社会人だし、千里も今年から社会人。

 簡単に言ってしまえば千里は遂に俺に追いついた。社会人なら四年の差なんて誤差でしかないのだから。

 そう。もう千里には俺に言う文句は存在しない。つまり千里は俺の家に突撃していない。

 口元に手を当てて、信じられないといった表情で千里は言う。

 

「も、もう一度言ってもらってもいいですか……?」

 

「千里、俺と結婚してほしい。俺の二歩後ろをついてくるんじゃなく、一緒に隣を歩んでくれないか? 俺の通った道を進むんじゃなく、一緒に新しい道に進んでくれないか?」

 

「……嘘……。だって、私じゃ、りゅうくんに釣り合わないよ……?」

 

 確かに信じてもらえなくなるほど詐欺を働いたかもしれない。だけど俺は千里に嘘を吐いたことなんて一度もない。

 それに、俺はお世辞は言わないって言ったのに。

 

「嘘じゃないさ。最初はただ後ろをちょこちょこついてくるだけだったのに、いつの間にか距離を縮めて来て、今じゃ隣にいて欲しいと思ってる。それに、十年前よりも、七年前よりも、四年前よりも綺麗だ。まだ言葉が足りないかい?」

 

 千里は無言で首を横に振る。

 

「言葉にしてくれないかな?」

 

「はい。……琉斗。不束者ですがよろしくお願いします」


 繋がれた手には、きらりと光るおそろいの指輪シルバーリングが嵌められていた。

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四年に一度の四月四日。彼女は俺の部屋へと突撃してくる。 角ウサギ @hedge_hog

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