出ちゃった

柔井肉球

僕はこれを賢者タイムに書いている

 夢精した。

 3年と364日我慢した日の朝だった。

 

 僕は今年、五歳になる。

 ああ、勘違いしないでほしい。小学校に入学もしていない身空でオナ禁なんてするわけがない。

 二月二九日生まれの五歳……、年数でいけば二〇年生きている。


 思い返せば四歳の誕生日。

 あの頃は僕も若かった。セックスを覚えたてのガキが猿のように夢中になるが如く、自慰行為にのめり込んだ。

 野原で、公園で、トンネルで、通学路で、教室で、屋上で、プールで、電車で、バスで、幼馴染の家で。この地上で凡そ行うことが可能である全ての場所で、僕は僕を慰めた。

 オカズも次元を問わなかった。二次元と三次元を楽しみ尽くしたと悟った僕は四次元にすらチャレンジした。

 四次元でオナニーとは、と不思議に思う方もいらっしゃるかもしれないので簡単に説明する。二次元の住人、三次元の住人で抜くことを「オカズにする」と定義するのであれば、四次元で抜くには……?

 聡い方ならお気づきになられたかもしれない。

 そう。ブル〇ンである。知らない方はグー〇ル先生に聞いてみるといい。

 詳細は割愛するとして、四次元での絶頂へ達する道のりは困難を極めた。

 当然だ。何しろ〇ルトンである。

 女性の柔らかい乳房、すらりとした長い脚、たわわに実ったお尻に魅了されていた当時の未熟な僕には、高度すぎるオカズであった。

 結果的に、ネットで購入したフィギュアを菊門に捧げるという、ある種邪道な手段で、事なきを得たのである。

 

 余談であった。

 話を戻そう。

 様々な場所、様々なオカズ、様々なシチュエーションを試した僕が、最終的に自分を律する行為に嵌っていったのは自明の理であるが、何故……寸止めではなくオナ禁と結論づけたかをはっきりとさせておきたい。

 まず断っておきたいのは、僕は寸止行為を否定したいわけではないということだ。

 寸止めは、絶頂に達する刹那を見極める、言わば自身への挑戦である。

 陸上の短距離選手がコンマ一秒を削るために全てを賭けるような、崇高な行いであると思う。

 挑戦を終える瞬間のオルガスムスの強度は、まさにそれまでの人生の積み重ね。

 耐えねば耐えねながらえば……と詠んだ偉大な歌人のように、耐えてしまえ! もう一度、さぁ耐えてしまえ! と、手を伸ばしつつも達したくない、終わりたくないという相反する気持ちがせめぎ合うのだ。

 そう誘惑とは、刃に似ている。

 しかし、寸止め行為を試し続けた結果、僕は強くなりすぎてしまったらしい。

 レベル最大まで上げて挑む、RPGのラスボスのように、僕の右手は僕にダメージを与えられなくなっていた。

 オルガスムスがどんどん遠のいていったのである。

 ネットサーフィンの日々が始まった。

 朝起きては「遅漏」「治し方」でググり、学校から帰ってきて寝るだけの生活。

 疲弊する体、荒んでいく心、黒ずんでいく息子。

 曰く、愛するパートナーとのセックスをイメージしながら、手で掛ける力を出来る限り優しくして、刺激ではなくイメージで射精することを心がけてください。

 綺麗事としか思えなかった。

 大好きな幼馴染の女の子(僕が部屋で自慰をして出禁を食らったあの子のことだ)が付き合い始めたサッカー部の先輩と、部室でセックスしている所を想像する方が、よっぽど興奮出来る気がした。


 僕がやっていたのはセックスではない。自慰なのだ。

 イきたい、と望む心に体がついてこず悲鳴を上げる。

 最早、僕には方法が一つしか残されていなかった。

 つまり、水道の蛇口を緩めるのではなく、水源をパンクさせるのである。

 まず三日、我慢した。次に一週間。一カ月。

 徐々に自分のペースが掴めてくる。

 絶頂の機会が少なくなることで、それまでのオカズも鮮度を増した。

 ついに自分の適性を悟った瞬間である。僕は短距離選手ではなくマラソンランナーだったのだ。

 そして、来たる四歳の誕生日。

 僕はある決意を胸に、自慰行為に励んだ。

 オカズは満員バスの中で繰りかえされる痴漢行為に身も心も蕩けて、付き合い始めた先輩の前で他の男に犯されイってしまう大好きな幼馴染(僕が部屋で略)である。

 大興奮だった。

 そして、四歳最後の射精を終えた僕は誓った。

 オルガスムスよ。次に会うのは五歳になる時だ。

 それまで僕は自分を律し続ける、と。

 

 最初の一年間は本当に辛かった。

 電車で女性と肩が触れ合っただけで、股ぐらがいきり立った。

 いっそ、楽になってしまおう……そう考えたのも一度や二度ではない。だが、僕は耐えた。

 

 耐えねば耐えね ながらえば

 

 過去の偉人達が僕の背を支える。

 これまでの経験も味方した。

 鍛え抜かれ、少しの刺激ならば苦も無く跳ね返すようになった息子は、タートルネックの隙間からちょこんと顔を出すと、その逞しい体躯とは似ても似つかないあどけない笑みを浮かべて僕を勇気づけた。

 また、幸いにも自慰にのめり込むあまり、僕の周りには親しい女性がいなくなっていた。

 そうして、一日また一日と階段を少しずつ、だが着実に登っていく。

 

 三年が過ぎた頃、僕は五歳になる自分を確実にイメージ出来るようになっていた。

 そろそろ準備を始めねばならない。

 そう。オカズの選定である。

 何しろ四年ぶりの再会だ。生半可なオカズでは、オルガスムスに申し訳が立たない。

 大好きだった幼馴染は、大学でテニスサークルに入ると、少し髪を染め、毎日大学の先輩の車で帰宅するようになっていた。

 諸行無常。新雪もこうして踏みにじられるのだ。

 僕は幼馴染に見切りをつけ、まだ足跡のない雪景色を求めた。

 実は、彼女には五つ下の妹がいたのである。

 高校に入っても尚、女友達と下校し続けている妹が!

 あの子しかいない。僕の思いのたけを受け入れてくれるのは、もうあの子しか。

 

 僕は彼女を尾行した。

 題材が決まれば、あとはシチュエーションである。

 下校途中、変質者に股間を見せつけられ悲鳴を上げるも、家に帰ると初めて見た男根にえも言われぬ興奮を覚え、ベッドの上で初めて自分で自分を慰めてしまう幼馴染妹。

 教室で思いを寄せる男性教師と二人きりになり、気を惹くつもりで誘惑するも押し倒され、半ば無理矢理処女を失ってしまう幼馴染妹。

 ……ダメだ!

 僕は絶望する。

 この三年で、僕のイマジネーションも錆びついてしまったのだろうか、と。

 それまでの長く苦しい毎日が嘘のように、解禁の期日は刻一刻と近づいてくる。

 どうすればいい……、どうすれば。

 

 だが、神は僕を見捨ててはいなかったのである。

 忘れもしない。

 誕生日まで一週間を切った、二月二五日。

 幼馴染の家の前に、一台の車が止まっているのを目にする。

 赤のBMW、Z4。奴だ。毎日のように幼馴染を家まで送る、奴の車だった。

 僕は電信柱の影からその光景をじっと見つめる。

 楽しそうに玄関から出てくる幼馴染。男は後姿しか見えないが、身長は一八〇センチといったところ。幼馴染に向かって軽く手を挙げる。

 彼女の顔が綻ぶのが分かる。親の顔より想像した光景。

 ところが、その日は違った。

 彼女の後ろから、遠慮がちに顔を出す幼馴染妹。男に向かって深々と頭を下げると、その頬が傍目でも分かるくらいに真っ赤に染まる。

 明らかに牝の顔だった。

 僕は瞠目する。

 

 朝、学校へ遅れそうになっている妹に、今から彼氏が迎えに来るから一緒に乗っていくか? と姉が声をかける。最初は二人の邪魔したら悪いと遠慮するも、そんなに小さい男じゃないから大丈夫と笑う姉。

 いざ挨拶すると、スポーツカーに乗って颯爽と現れた姉の彼氏は、妹にとって同級生とは比べものにならないくらい、かっこよく洗練されて見えた。

 遠慮がちに車に乗り込むと、狭くない? と聞いてくる姉カレ。

 こんな彼氏欲しいなぁと妹は思うが、三人の乗りこんだ車の向かった先は、姉の大学でも自分の学校でもなく、HOTELであった。

 

 これだ。

 僕は最高の誕生日を確信する。

 後は残された時間でネタを練り上げるのみ。僕は机に向かい、いざという時にイメージしやすいように、脚本を書いた。

 部屋の間取りから、流れるBGMにいたるまで。

 姉と姉カレが風呂に入り、それをベッドに座って、というより硬直して待つ妹を想像した時は二年ぶりに我慢汁が漏れそうになった。

 そうして、書き上がったのが二七日……誕生日の前々日の深夜。

 三度読み直し、誤字脱字が無いのを確認すると、僕は一つ息をついた。

 完璧だ。

 これで、明後日は最高の誕生日が待っている。気持ちのいい眠気が僕を襲った。

 明日も学校がある。そろそろ床につかなければ。

 自慰にもコンディショニングは必要なのだ。

 僕は心地よい疲労と共にベッドに潜り込んだ。

 

 寝苦しさを覚え、僕は目を開ける。

 赤や緑、黄色の光がオーロラのように揺らめいている。

 体は動かず、声も出ない。

 僕は恐怖した。

 これは夢だ。そうに違いない。

 早く目覚めろ。僕には輝かしい誕生日が待っているんだ!

 願えども祈れども、体は動かない。目も覚める気配は無かった。

 やがて、状況に慣れてきたころ、奇妙な耳鳴りと共に、遥か遠くから何かが近づいてくるのが分かる。

 僕は目を凝らし……その正体に気づく。

 金平糖のような凹凸のある、特徴的な体。プルプルと小刻みに揺れる体躯。

 ブル〇ンだった。

 幾度となく挑み、跳ね返された宿敵。四次元の住人。

 僕は懐かしさに涙がこみあげる。

 奴も、僕を祝うために次元の壁を越えてやってきたのだ。

 〇ルトンは僕の目の前でやってくると、その硬そうな見た目とは裏腹に、獲れたての海の幸のような張り艶のある体をくねらせる。

 ちょっと待て。

 僕は奴がやっていることに気づく。気づいてしまう。

 四年の禁欲の果てに、その存在の行為と魅力に気づいてしまったのだ。

 奴は僕は誘惑していたのである。

 ふざけるな。僕にはもう脚本がある。

 選び抜き、磨き抜いたオカズがあるのだ。お前の出番はない。

 やめろ。来るな。

 来ないで。

 ああ。

 ダメ。

 そっちはだめ。

 そっちは鍛えてないの。

 あ

 あ

 アッーーーー!

 

 お久しぶりですね、こんにちは。

 どうみても精子です。本当にありがとうございました。

 

 了

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出ちゃった 柔井肉球 @meat_nine_ball

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