年の始まりはあたたかく

ちかえ

年の始まりはあたたかく

 一年は春から始まる。


 一月は三十日あり、一つの季節が三月ごとに分けられる。季節は春夏秋冬と四つあるので合計十二ヶ月になる。


 だが、一年は三百六十五日である。三十日ずつでは五日分が余ってしまう。なので、晩冬の月と初春の月の間に『年末の五日間』という期間があるのだ。


 基本的に、この期間は家で静かに過ごすものだ。

 お店はみんな閉まっているし、食事もいつもとは違うシンプルな薫製肉入りのスープとパンだけ。でも、これは国王も含む全員がそうなので文句は言えない。今、読んでいる世界の年末に関する本には、他国ではスープの材料は野菜だけと書いてあったので、この国はまだいい方なのだろう。


 それにしても数日野菜料理だけで不満が出ないなんて人間はすごいと思う。自分たち魔族なら一日で根をあげるだろう。魔族は基本肉食寄りなのだ。野菜も食べるが、肉や魚の方がいい。だから自分たちのスープには薫製肉が入っているのだ。


 去年は、『年末』直前——まさに晩冬の月の三十日——に国王が人間の少女と結婚し、国中がお祝いムードにあふれていたので、静かに過ごすなんて事は出来なかったのだが、あんな事はめったにない。


 それまでは前国王が何年も何年も城に籠っていたので、——病気という噂もあった——国中がほぼ重苦しい空気にあった。新国王は新しい年にその陰鬱な空気を持ち越したくなかったのだろう。


 もちろん国民もそれを分かっていたので、思い切り歓迎した。年末と年始に二度も王都で国王夫妻のパレードがあるのは悪い事ではない。むしろ嬉しい。


 こんな事は例外なので問題はない。問題があるとすれば去年がうるう年の前の年だった事か。


「はぁ。まだ一日あるんだぁ。つまんない」


 絵本を読むのに飽きたらしい娘がベッドに転がってふてくされている。私は苦笑した。


「あとたった一日なんだから」

「でもいつもなら今日はお祭りなのに。去年は年末もお祭りだったのに……」


 なだめてみたが効果はないようでぶーぶーと文句を言っている。去年が楽しすぎたぶん、反動が来てしまっているのだ。


 でもそれも無理はないのかもしれない。今年は年末が六日になる年なのだ。これは四年に一度巡ってくる。暦を正確にするために必要な事なのだと言っても納得はできないのだろう。


「今年はあの『ちっこい王妃様』来ないの?」


 自分は彼女よりさらに『ちっこい』のにそんな事を言っている。これは間違いなく夫の影響だろう。


 大体、王妃は背が低くて、娘より少ない年数しか生きていないとは言っても大人である。子供である娘が言う事ではない。これは人間が魔族とは年の取り方が違うので仕方がない事である。そもそも不敬だ。


 娘に注意してから、変な事を教えた夫を横目で睨んでおく。夫は読んでいた本で顔を隠した。


「明日来るからね」

「ぶー」


 娘はまだ不満そうな声を出している。


「たった一日なんだから我慢しなさい」

「ガマンしたら何かいいことある? 王様からごほーびとか」

「ありません」


 私の返答に娘が落ち込んだ。でも、これに関しては仕方がない事だ。

 この暦は世界中どこでも同じなのだ。この国だけではない。国王も『普通の事』として認識しているだろう。


 他国では、うるう年の次の新年に王族が『いつもより長い年末を乗り越えた後の特別な春』としてという魔法と似たようなもので何かするようだが、あれは人間の風習である。という


「だったら明日のお昼は美味しいものを思い切り食べようか?」

「やったぁ! わたしチキンレッグのローストがいい!」

「いいよ。帰りにキャンディの詰め合わせも買おうか」

「わーい!」


 夫と二人で必死になだめて娘の機嫌を直す。でも、結局はこの『ご褒美』は自分たちも望んでいる事なのだ。それにお互い同時に気づいて笑い合った。


 やっぱり私たちにとっても年末は退屈で、そしてちょっとだけ寂しいのだ。



***


 なんだかあたたかい。朝、目が覚めて一番最初に思った事はそれだった。


 春が近づき暖かくなっているとはいえ、朝方はまだ少しだけ寒いのだ。なのに今朝はその寒さがない。魔法で温度調節は出来るが、それは起きてからである。寝ている間に暖かくなるなんて事はない。


「……ん?」


 夫も私の隣で不思議そうにしている。


「おまえ、なにかした?」

「ううん」


 首を振る。私は何もしていない。

 でも、周りをめぐる暖かい空気は消えたりはしなかった。


「これは……?」


 小さな声でつぶやく。こんな事は今までにはなかった。


「ママ!」


 子供部屋で眠っているはずの娘が飛び込んで来た。目はきらきらと輝き、頬は興奮のためか少しだけ上気している。

 だが、可愛いとほのぼのしている場合ではない。


「どうしたの?」

「お花! お花が! お外にお花がいっぱいあるの!」

「お花?」


 よく分からない。困った顔で娘を見ていると、じれったくなったのか私の手を引いて来た。そのまま廊下の大きな窓の所へ連れて行かれる。夫も後ろからついて来た。

 そうしてそこから見える光景に息を飲んだ。


 確かにそれは花だった。咲いているわけではなく浮かんでいるので本物ではない事が分かる。それでも空に漂っているそれらはとても神秘的に見えた。少し花が輝いて見えるからだろうか。


「これは……誰の魔法かしら?」


 つぶやきながら窓を開ける。外にいる人達のざわめきが聞こえて来た。みんなこの現象が何なのか分からず戸惑っている。魔力がちょっと違う、という声まで聞こえて来る。


 しばらく見ていると花が動き、ゆっくり何かを形作った。

 それは文字だった。『新年おめでとう』と書いている。そうしてその下には王家を示す模様があった。


 それを見て、これが何なのか分かった。だから私は嬉しさを隠さずに娘に向き直った。


「よかったわね、カリン」

「え?」

「これはきっと妃殿下からのプレゼントだわ」

「ひでんか?」

「『ちっこい王妃様』だよ」

「あなた!」


 夫がまた変な事を言い出したので慌てて怒る。窓が開いているのだ。王妃に聞かれてもこの花が消える事はないだろうが、そんな事は言わないで欲しい。こんな素敵な事をしてくれた王家の者達に失礼だ。


 きっとこれは人間の世界でうるう年の次の年の最初に王家がくれるささやかな贈り物なのだ。私たち魔族と魔力の種類が違うように感じるのは人間の魔力でやっている魔術だからなのだろう。きっと国内の別の地域でも同じような現象が起こっているに違いない。そして、外国の都市でもその国の王族が似たような事をしているのだろう。


 人間の風習も悪くない。私は心の中だけでそうつぶやく。


 その花は午前中ずっとそこにあり、私たちの目を楽しませてくれた。


 午後のパレードで私たちが思い切り王家の方々を歓迎したのは言うまでもないだろう。

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年の始まりはあたたかく ちかえ @ChikaeK

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