第4話

久慈くんと性的な関係(とは言っても本番まではしていないが)になってから、俺は悩んでしまっていた。

あの日は結局あのまま妙に甘酸っぱい気持ちを抱きながら何事も無く寝てしまったが、俺と久慈くんは現在どういう関係なのだろうか。

翌朝起きた時に久慈くんはいつもの様子で鍵屋がきたからと言って颯爽と自分の部屋に帰ってしまった。あまりにいつも通り過ぎて前の日の事は全て夢だったのではないかとさえ思う程に。

しかし風呂場を確認しに行ったら確かに脱ぎ散らかされていた二人分の洋服と、かすかに壁にこびり付いているどちらとも分からない乾いた精液がそのままになっていてやはりあの日の事は全て本当なのだと実感した。

俺は彼と恋人同士になったという見解でいいんだろうか。そう思ってしまって大丈夫だろうか。


「おい折山」


もし俺はそう思っていても久慈くんの方がそうは思っていなかったら。好きとは言ってくれたが、付き合うというところまでは至っていなかったら。


「おい!」

「うわっ」


あまりにも真相世界まで入り込んでいたのか、肩を叩かれた衝撃で飛び上がるほど驚いてしまった。

俺の肩を掴んでいたのは同僚の岩本で、その心底疲れ切った顔を見た瞬間に現実世界の喧騒が一気に耳に入ってくる。今の驚きのせいで思わず座っていた椅子から滑り落ちそうになってしまった俺は、慌てて態勢を立て直す。


「お前、何度も呼んだのに全然反応無いからとうとう職場内過労死でもしたのかと思ったよ。大丈夫か」


目の前のパソコン画面を見ると無意識のうちに明日の会議資料を作っていた様だ。体にしみ込んだ習性というものは恐ろしい。


「少し考え事してたんだよ。それより何か用か」

「この書類の7ページ目の修正してほしいんだってさ、俺たちの作った資料じゃないけど作ってた新人が急に休みになったからお鉢が回ってきたみたいだ」

「ああ、そうか。新人君も相当参ってるみたいだったもんな」

「まあそんなに難しい修正じゃないからすぐ終わるだろ。俺も半分やるから、残り半分頼むぞ…ってお前なんか今日機嫌いいな」


手渡された資料に視線を落とせば岩本が不思議そうな顔で俺を見詰める。

機嫌が良いかと聞かれると自分でもよく分かっていないが、確かに今日は胃痛をあまり感じなくなっていたのは確かだった。


「考え事ってもしかして彼女でもできたのか」


岩本はじっとりとした陰険な目で俺を睨んだ。同じ独身の同僚の仲間が裏切った事を恨む目だった。

俺は肯定も否定もせずに気の抜けた「さあ」という返事だけ返してさっさとパソコンの作業に戻ることにする。岩本はわずかな間だけそんな俺を見詰めてから心底深いため息をついて寂しそうに自分のデスクへと帰っていく。

本当に久慈くんは俺の恋人でいいのか。その答えを聞きたいのは俺の方だ。

仕事をしながらも頭に浮かぶのは久慈くんの事ばかりで、仕事を終えるころにはいつもの倍くらいの疲労感に襲われていた。

今日は珍しく面倒な雑務を押し付けられることもなく、残業もたった二時間しかしなくて済んだ。本来ならこの二時間の残業ですら本当はストレスに感じなくてはいけないのかも知れないが、いつもに比べたら早めに帰れる事に浮かれてしまう。

面倒ごとを押し付けられる前にとっとと会社から退散しながら、ふと自宅のトイレットペーパーが切れそうになっていることを思い出す。会社の最寄り駅の近くの大型ドラッグストアに寄ることにした。

店内は明るく目当てのトイレットペーパーは入り口近くに置いてあったため直ぐに見つかった。とりあえず一袋を手に取り、ほかに必要な物がないか店内をいつもより緩い歩調で散策する。

暫く商品をみていると不意にヘルスケア用品のコーナーに目が行く。


『じゃあ、次の機会には続きもしましょうね』


頭の中に反響するのはあの夜の久慈くんの言葉。

続きというのはつまり同性同士のセックスという事だろう。久慈くんの事を意識し始めた後からちゃんとした男同士の性交方法についてネットで調べたが、どうやらそんなに簡単な事ではないらしいというのが分かっただけだった。

消化器、つまり肛門を使うため感染症になる可能性があるからコンドームは絶対とか。まず行為の前に浣腸をして腹の中を綺麗にしなきゃならないとか。しっかり慣らしていないと出血するから拡張するのに時間がかかるとか。挿入までできても最初は気持ちよくないとか。

あまりポジティブな内容の記事はあまり見受けられなかった。

したくないかと言われるとこの前の抜き合いですらめちゃめちゃ興奮したから、できることなら久慈くんとセックスがしたい。

もちろん久慈くんが嫌がることはしたくはないが、彼が気持ちよさそうに善がっている顔が想像以上に興奮をあおるものがあったのも事実。


「…」


俺はしばらくの間そのコーナーの前で立ち止まっていたが、店を出る頃には持っていたレジ袋の中に自然由来の潤滑剤と、ベーシックなコンドームがひと箱入っていた。

自宅に帰ってきてから買い物袋をテーブルに置いてから取り敢えずシャワーを浴びる。

一日の疲れが洗い流される感覚にほうとため息を吐き出す。薄く目を閉じて明日の仕事の事を考えるが以前よりは格段に胃痛が弱くて、本当に久慈くんは俺にとっての特効薬だ。

やさしくて、ふわふわしてて、あたたかくて。


「久慈くん」


シャワーの湯の音がこの前の夜のことを想起させる。女性とは違う白くて柔らかい肌に触れた感触が両手に、濡れたくせっ毛が押し付けられる感覚が胸元に、そして暖かく触れる唇の感触が口元に。

まるくとろけてしまいそうな茶色の瞳を思い出すと、自分の胸の中にしまっていた嗜虐心が唆られる様で頭がクラクラした。

思い出しただけで元気になってくる自分の下半身を見詰めて、心に僅かばかりの罪悪感が目覚める。

確かに俺は久慈くんが好きだが、これでは何だか体目当てみたいで嫌だった。

俺はシャワーの温度を一気に冷水にして、頭の中の煩悩を取り払った。

冷水のせいでせっかく温まった体をタオルで拭き終わった頃に、玄関のインターホンが鳴る。もしかしたら宅急便かもしれないと、スウェットのズボンと半袖のシャツを羽織って玄関の扉を開いた。


「こんばんは」


そこに立っていたのは宅配便の青年ではなく、ジャージ姿の久慈くんだった。

彼ははにかみながら手に大きめの鍋を持っている。どこかで見たことがあると思ったら、以前に久慈くんが俺の部屋に置いてってくれた味噌汁の入っていた鍋だ。


「こんばんは。どうしたの?」

「あの。今日、休みだったのでカレー作ったんですけど良かったら折山さんにもお裾分けをしようかと思って。カレー嫌いじゃなければぜひ」

「わあ、ありがとう。凄く嬉しいよ」


鍋を受け取ると久慈くんは嬉しそうに微笑んだ。幻覚だろうが彼の頭に犬の耳がぴょこぴょこ動いている気がして仕方ない。

そのまま自分の部屋に戻ろうとする久慈くんを引き止める。


「久慈くんは夕飯もう食べたの?」

「いえ、これから食べようかと思ってました」

「それなら一緒に食べようよ。俺も米だけは炊いてあるんだ」


今日、出勤する前に予約炊飯で米を炊いていた自分を褒めてやりたいくらいだった。たまには自炊をしようなんて殊勝な考えを持って正解だ。

その言葉に久慈くんはまた嬉しそうに犬耳を動かして、いそいそと家に上がってきた。

俺は適当に放っていたバスタオルを洗濯機に突っ込んでからキッチンで、二人分の食器の準備をする。あまり客が来ることもないから食器の種類がバラバラだったので、今度ちゃんとしたのを買いに行こうと決心した。

炊飯器から炊き上がった米と久慈くんが作ってくれたカレーをよそう。味噌汁の時も思ったが久慈くんはなかなか料理が得意らしい。

カレーのいい匂いに自分の腹がぐうと情けない音をあげる。ごくりと唾液を飲み込んで、皿を持ってリビングに行けば何やら神妙な顔をしている久慈くんが座って待っていた。


「どうかした?」

「えっ、あ!いやなんでもないです」


なんでもない割には随分と狼狽えた様子だったが、次の瞬間にその意味が分かった。

テーブルにカレーの皿を置いたすぐ横に、今日買ってきてそのまま放置したコンドームとローションの袋が置いてあった。


「あ」


俺は瞬間的にその袋を凪払おうとしたが、目の前の久慈くんと視線があって動きを止める。彼の目にはまたあの夜と同じどろりとした期待の色が浮かんでいた。

ごくりと先程の空腹感とは違う意味で自分の喉が鳴る。


「久慈くん、明日は仕事?」

「ええ。日勤です。折山さんも仕事ですか?」

「うん」


2人の視線がシンクロしたように部屋に掛かっていた時計に移る。午後八時。いつもならまだ会社で意識も朦朧になりながら山になった仕事と戦っているところだろう。


「少し話をしようか」


俺の声に久慈くんは微妙な、俺の意図を測り兼ねる様な表情をした。

彼の目を見れば何を期待しているのかは何となく分かったが、このままなし崩しというのも自分の中で落ち着かない気がしたからだ。


「あ、カレー食べようか。ゆっくり飯食って、ゆっくり話そう」

「そ、そうですね。そうしましょう」


机に乗ったままだった薬局の袋も下ろし、正面に座りながらまだ暖かな湯気を立ち昇らせているカレーを一口。ゴロゴロと大きめの野菜が入ったカレーは昔ながらの濃いめの味付けで、懐かしい気持ちになる。


「口に合いませんでしたか?」


思わず込み上げてくる懐かしさに浸っていると不安そうな声が聞こえて、俺は首が取れそうな程横に振った。


「いやいや!凄いな。久慈くんって料理が上手いんだね」

「昔から母さんが仕事から帰ってくると一緒に晩御飯作る手伝いをしてたから。それでも簡単なものしか作れないんですけど」

「お母さん、仕事もしてたのか」

「ええ。看護師なんです。いつも忙しそうだけど笑顔で頑張ってる姿ってかっこいいなーって思ってて俺も看護師になったんです」


その話を聞いて素直に久慈くんと久慈くんの母親は似ていると感じる。ストレスで頭痛にまで苛まれながらも人に接する時には、そんな素振り微塵も見えない。


「折山さんは、どうして今の会社に入ったんですか?」

「ん?んー、そうだな。俺が働いてるのは、文具系の広告担当部署なんだけど。久慈くんみたいな素敵な志望理由があった訳じゃないんだ。大学卒業して何社か応募したらたまたま受かったのが今の会社だったんだよ」

「そうなんですか」

「でも入職したら思ったよりもブラック企業でね」


自然と視線が遠くなるのを感じる。


「でも今ではこの会社に入って良かったって思ってるんだ。連日の残業のせいで胃痛にならなかったら、きっと久慈くんとこんなに仲良くはなってなかったかもしれないから」


カレーを一口食べてから自分の言ったことが少しばかりキザったらしい事に恥ずかしくなった。

「折山さんはいつもそうやって僕が喜ぶ言葉をくれますね」

「嫌、だったかな?」

「僕は折山さんのこと好きなので、そう言って貰えると本当に嬉しいです・・・ただ」


久慈くんは僅かに視線を残ったカレーに落としてから、意を決したように俺に視線を戻した。


「僕は人と付き合ったことがないので、本当にどうやったら折山さんに気持ちを使えるか分からないんです。折山さんが本当に俺の事好きって思ってくれているのは伝わるんですが、上手くその気持ちに答えられてるか心配で」

「何だか久慈くんの中で、俺はとんでもなく経験豊富なやり手の男に見られてるみたいだけど」

「…」

「俺もさ、今まで恋愛経験はあったけど本当に相手のことが好きだったかって聞かれると即答はできないんだよね」


あまり自分の恋愛遍歴を語ることなんてないため、なんと形容すればいいか難しいが。

元カノと別れた時のことを思い出す。彼女が言うように俺は彼女に対して執着心とか、興味とかが殆ど無かったのだろうと感じる。

そういえばどちらから好きになったのだろうかとか、どういうきっかけで付き合い始めたのかとか、朧気にしか覚えてないのだから本当に興味がなかったのだろう。その頃は彼女が居て、安定した会社で仕事をしている『まともな自分』を保つことが大切だったのだ。


「俺は久慈くんが思っているより、よっぽど自分勝手な人間なんだよ」


久慈くんは何も答えずにじっと俺を見つめる。

時折彼に感じる罪悪感はこれのせいなのだろうか。久慈くんは人の目をまっすぐ見つめる癖がある。彼に見つめられるたびに自分の頭の中を全て見透かされているのではないかという気持ちになってしまうのだ。

だから彼のことを天使だなんだと聖人化して、体良く心の拠り所にしようとしている事さえもきっと彼にはすべて見えているのではないかなんて思ってしまう。

また俺は自分のためだけに彼を好きになってしまっているのではないか。


「人を好きになるのは全て利己的なものです」

「え?」


久慈くんはそのまま俺の目を見て、いつものほわんとした柔らかい微笑みを浮かべたまま口を開いた。


「好きという感情は常に一方的ですし、お互いが愛し合っていても結局はお互いに一方的な愛を注ぎあっているだけ・・・と僕は思うんです。だから、折山さんの恋愛を僕は身勝手だなんて思いません」


俺は思わずその真っ直ぐな言葉に笑いが込み上げる。

彼は視線だけでなく、言葉までも真っ直ぐだ。


「ははは!久慈くんって恋愛したことないって口癖みたいに言うのに、恋愛マスターみたいな考えしてるね!!・・・・・・でもそうか。何だか君に言われると俺の恋愛の悩みなんてちっぽけだななんて感じてしまうよ」


笑い始めた俺に久慈くんはぽかんと呆気にとられた表情のまま固まって、その後すぐに慌てて下を向いた。


「すみません!知ったような口を聞いて」


本当は彼女に言われたことがずっと胸に引っかかっていた。本当に自分は他人を好きになれないのでは無いかと。

こんないい歳になったオッサンの考えでは無いかもしれないが、実は自分の恋愛観のコンプレックスになっていたのだ。

本当に人を好きになれるのか。


「本当に久慈くんのこと大好きになっちゃったよ」


もちろん今までも好きだったけど、と付け加えればまた彼は耳を少しだけ赤らめて視線を逸らした。

「いまさらこんなことを言うのは順序がおかしい気もするんだけど」


こほんと咳払いをひとつ。


「俺と恋人になってください」


好きという言葉に流されて先に手を出してしまった事の負い目から、何だか視線が合わせづらく自然とこうべを垂れる形になる。


「顔上げてください。僕も同じことを言おうとしてたんです。実はなし崩しにそういう雰囲気になってしまう曖昧な関係っていうのが凄くむず痒がったんです」

「うん。俺も」


視線を上げて久慈くんを見つめた途端に安心感で口元が緩んだ。ずっと距離を測りかねていたのはきっと俺だけでは無かったのだろう。久慈くんの顔も先程よりも柔らかい表情で、僅かに見えていた緊張感が綺麗に消え去ったようだった。

男同士の恋愛がどれ程世間から阻害されるかとか、親に何て紹介しようだとか、頭の片隅で考えていたことが彼のその表情のお陰で何処かにふきとんでしまう。


「折山さんが俺の事好きになってくれて良かったです」


心底嬉しそうな声が聞こえて、それはこっちのセリフだとツッコミを入れたくなる。

なんだか気恥ずかしくなって、俺たちはしばらくの間放置され冷め始めてしまったカレーを慌てて食べてから、キッチンに並んでふたりで洗い物を片付けた。時折久慈くんと視線が合う度にどきり、と胸が強く高鳴る。

本当に恋に落ちたと自覚すると、彼に寄せる想いは一際大きくなってしまった様だ。


「あの」

「えっ!?どうかした?」


洗い物を終えて食器乾燥機のスイッチを入れた瞬間に、久慈くんが俺の服の裾を軽く引っ張った。

もしかしてもう部屋に帰ってしまうのだろうかと時計を気にすると、時刻はちょうど二十一時を指している。もう少しだけ引き止めて一緒に過ごしたい自分と、明日も互いに仕事があるから素直に返してあげた方が良い理性的な自分が頭の中で戦争を起こす。

相当微妙な表情をしてしまっていたのだろう。久慈くんが俺を心配そうに見つめながら、聞こえるか聞こえないかという程小さな声で声を発した。


「もう少しだけ、一緒に居てもいいですか」


至近距離に居て本当に良かったと、脳内戦争をしていた俺の複製が肩を組んで酒を飲み交わしはじめる。


「もちろんだよ。あっ。この前のビールの残りまだ何本かあるんだけど一緒に…」


キッチンの隅にあるダンボール箱から缶ビールを出そうとすると、掴まれていた裾が先程よりも強く引かれて動きを止める。

久慈くんは何も言わなかったが、明らかに引き止められていることはわかった。

ここまで来て何も分からない振りをするほど意地が悪いつもりも、ましてや本当にこの意味が分からないなんてことも無い。ゆっくりと久慈くんへ視線を戻すと、またあの瞳と視線がかちあう。

これは俺の理性をいとも簡単に叩き切る瞳だ。


「折山さん、僕…」


久慈くんの何かを紡ごうとした唇に吸い寄せられるように、自分の唇をくっつける。

最初口付けた瞬間だけ先程食べたカレー味がしたが、余りの唇の柔らかさと多幸感に何度も唇を合わせては離してを繰り返す。何度かそうするうちに互いに許しを得る様に唇の隙間から、舌を出して絡ませる。

おずおずと控えめだったのは最初だけで、徐々に口内が痺れる様な感覚に貪る口付けへと変わっていく。


「ん、んんっ」

「ふ…」


鼻にかかる甘ったるい声が互いから盛れ始めたら、もう完全に頭は霞がかかったようにぼやけてしまう。

唇同士が擦れ、舌の粘膜を味わい、唾液を交換する。

なんて幸せで愛しい時間だろう。しばらくそうしてから、先に息が続かなくなった久慈くんが顔を離した。


「机にあったコンドームとかってもしかして」

「…ん。恥ずかしい話だけど、この前久慈くんが言ってくれた言葉鵜呑みにして買ってきちゃったんだ。本当に年甲斐もなく恥ずかしいよね」

「僕も、その、勉強してきたんです。男同士のセックスの仕方。だからおあいこです」


「えーと、その久慈くんはどっちがいいの」

「どっちというのは、つまり。女性側か男性側かって事ですよね」


久慈くんは少し悩んでから以外にも恥ずかしがる様子もなく口を開いた。


「折山さんとなら、どっちでも大丈夫です。折山さんはどっちがいいですか?」

「年上なのに我儘を言っていいなら、俺は久慈くんを抱きたいんだけれど」

「ふふ」

「どうしたの?」


急に可笑しそうに声を漏らした久慈くんをまじまじと見詰める。そんなに面白いことを言っただろうか。


「いえ、どっちでもいいって言ったんですけど、実はネットで調べた時には自分が女の子側で想像していたんです。だからイメージ通りだなって思って」


男として自分に抱かれるイメージを持って心の準備をしていたと言われると、信じられないくらい嬉しさが胸に溢れてくる。

思わず久慈くんの体を両腕で抱き込んで、肩口にグリグリと頭を埋めた。胸が締め付けられる程の愛しさに、泣けてきそうなくらいだ。


「女性役は体の負担が大きいっていうから、なるべくゆっくりしていくけど…辛かったら直ぐに言ってね」

「はい。でも大丈夫です。僕は折山さんにされる事なら辛いなんて思いませんから」


穏やかな声に反して、触れ合った体は僅かに強ばっていて緊張しているのを隠しているのは透けて見えるようだった。

こんなにも相手のことを気遣いながら性行為に及ぼうとするのは人生で初めてで、彼を閉じ込めている腕の力も同じように強ばる。


「ん」


久慈くんが俺の方に顔を向けて来たので、また唇を合わせるだけの口付けを交わす。触れるだけで擽ったさに鼻から抜ける声を漏らす久慈くんに誘われる様に、何度も唇を触れさせる。

視線を合わせながら行うその口付けは、頭の芯をぼやけさせる甘い感覚を覚えさせた。

もっと触れたい、と思った瞬間に俺は久慈くんの僅かに開いた口の隙間に舌を潜り込ませる。

互いの粘膜を擦り合わせながら、上顎を撫でるように味わう。


「ふ、ぅ」

「ん…久慈くん。ベッド行こう」


一旦顔を離すと、久慈くんは軽く息を荒らげながら俺の手を掴む。その手を引いてゆっくりとベッドに腰掛けると、二人分の体重を乗せたスプリングが軋みをあげた。

二人で隣合う様にベッドに座り、もう一度深い口付けを交わす。

生暖かい口腔内を味わいながら彼のジャージをたくしあげながら、すべすべと触り心地の良い腹を撫でる。この前も思ったが柔らかい肌は、癖になりそうなほど気持ちのいい感触だ。


「上、脱ごうか」

「は、はい」


子供の服を脱がせる時みたいに久慈くんの上半身を露にさせる。まだ脱いでいるのは久慈くんだけなのに、彼の方が目のやり場に困っているように視線を彷徨わせている。

自分も着ていたシャツを脱いでベッドの下へと放り投げた。


「はは、緊張してるね」

「それはもう。心臓口から飛び出しそうなくらいです」

「そうか。それじゃあ俺と一緒だ」


久慈くんの手をとって自分の胸へそっと触れさせる。部屋の暖房は効いていたが冷たい指先に、本当に緊張してることが伝わった。

自分の鼓動も触れれば分かるほどに早鐘を打っていて、冷たい手のひらを伝って久慈くんもそれに気が付いたのかようやくこちらに視線を向ける。


「折山さんも緊張するんですね」

「そりゃあ、本当に好きな子と抱き合おうっていうんだから緊張しないほうがおかしいよ」


久慈くんと一緒にいる時はいつもドキドキしていて、もしかしたら早死してしまうかもなんて思ってしまう程だ。ただ、そう思いながらもこの心地よい鼓動の中なら死んでしまっても良いかもとさえ考えてしまう。

ゆっくりと久慈くんを抱き寄せると互いの肌がなんの隔たりもなく密着する。互いの肌が体温を交換し合う感覚が、何とも言えず気持ちが良く目を閉じた。


「折山さんの体、暖かくて気持ちいいです」

「久慈くんも」


二人とも鼓動が早いせいか、触れ合った体ではもうどちらの心臓の音かすら分からない。ただ心地よい感覚だけが体を支配する。

久慈くんの首筋に鼻先を埋めると、微かに自分とは違うシャンプーの香りがした。誘われるように舌でその柔らかな皮膚をなぞる。

ひくりと動いた久慈くんの肩が震えるのを視界の端で捉えながら、そのまま少し強めの力を入れて吸い上げた。痕が残らない程度の力で吸い付いたが、うっすらと赤みを帯びていく。

首筋からの口付けを徐々に下げていく。鎖骨に歯を立てながら久慈くんを見上げると、バッチリと視線があってしまった。

食い入るように見つめられていた事に気が付いて、視線を逸らされる前に今度は明らかに痕が付く様に皮膚を吸い上げる。


「ん」


頭の上で息を詰めた声が聞こえて酷く興奮した。

久慈くんの手を取ってベッドに横たえると、彼も力を抜いてじっとこちらを見つめてくる。


「ここ、舐めていい?」

「あっ」


指先で久慈くんの乳首をそっと押し付ける。

俺の目を見つめて久慈くんが、ゆっくりと首を縦に振る。


「一応聞くけど、自分で触ったことはある?」

「それはっ…」


今まで合っていた視線が気まずそうに逸らされる。そんな反応をしたら答えは一目瞭然だったが、彼はモゴモゴと口の中で言い訳を念仏みたいに唱えていた。思わず吹き出しそうなるが、真っ赤になっている姿に面白さより自虐心がくすぐられる。

いじめたいという気持ちと、初めてなのだから優しくしたい気持ちがせめぎ合っている中で俺は大きく深呼吸をひとつ。

その様子に久慈くんは戸惑ったような小さな声で「少しだけ」と呟く。


「…痛かったらすぐ言って」


自分の声が思ったよりも掠れていて、それを隠すように小さな突起に舌をなぞらせる。

なるべく優しく撫でるように。慣れていない人間にとっての乳首の愛撫は、あまり強くすると痛いとか、逆にただ触られている感覚だけで気持ちよくないとか聞いたことがある。


「ん」


徐々に硬くなってきた乳首を今までより少し強めに吸い上げると、後頭部に暖かい感触が触れる。


「い、痛かったかな」

「あっいえ!痛くはないんですが・・・その。折山さんが俺の胸吸ってるの見たらめちゃくちゃ興奮しちゃって」


頭にそっと添えられた久慈くんの手は、無自覚なのか優しく俺の髪の毛を撫でている。暖かく懐かしい様な感触に和みそうになる気持ちと、久慈くんの言葉の破壊力にこっちの方が興奮しそうになる複雑な感情を味わう。

堪えていないと久慈くんの可愛さを大声で叫んでしまいそうな衝動を押さえ込み、久慈くんのズボンの上からテントを張り始めている部分を撫でる。

その瞬間に髪に絡んでいた手が僅かに震えた。


「本当だ。気持ちよさそうでよかった」


そのまま揉み込むように手を動かすと、その度に髪にかかる手に力が入る。


「あまり、虐めないでください」

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