第8話

「それでイーシア、何しにきたんだ?その髪を見せに来たのか?まぁ、似合ってると思うぞ」

 一度焼かれたのに何事もなかったかのようにシロノアが尋ねる。

「ち、違うわよ!……はいこれ、お弁当。か、勘違いしないで!これは許嫁としての義務で別にあなたの事胃袋から掴もうなんてこれっぽっちも思ってないんだから!」

「おう、悪いな。どうも」

 もうツンデレなのかどうかすら怪しいセリフなのに一切の反応もなく弁当箱を受け取るシロノア。

こいつら大貴族なんだから、結婚後は専属料理人とか雇うもんじゃないのか……?

仮に胃袋掴んだとしてもそれを結婚後に発揮出来るのかどうかは疑問が残る。

 本来この無属性クラスではこのように楽しげに騒ぐ事などあり得ないだろうが、さらに普通ならあり得ない来客が現れた。

「あー、やっぱりここにいた!シア、そろそろ戻らないと!」

「あ、リゼ。うん、今戻るって」

 その姿に、どよめきが起こる。無理もない、このような場所に来るはずもない人物。第四学年次の首席、即ち第五学年の主席候補筆頭、リゼリアが現れたからだ。

 当然の如く彼女も白いネクタイをしている。同じクラスのイーシアを連れ戻しに来たのだろう。

 そんな彼女もこちらに……俺に気づいたようだ。つかつかと歩み寄ってくる。

「そのネクタイは……やっぱり、ここなんだね」

「……まぁ、な」

「ヘインなら本来……そう、あの時の」

「それは言わない約束だろ。俺は俺の実力でここにいるんだ。リゼの責任じゃないっていつも言ってるだろ」

「わかってる、けど……」

「ほら、そろそろ戻らないと朝礼始まるぞ」

「……ねえ、今度、お茶でもしない?」

「考えとく。じゃあな」

「うん……」

 突然そんな会話をした俺たちに周囲が訝しんでいる。

 ちなみに彼女とは同じクラスになった事は一年生の時に一度だけ。それ以来人前では殆ど話した事も無い。貴族の令嬢の彼女とは身分が違うので、そのせいもある。

 なお、イーシアとリゼは学年主席を懸けて切磋琢磨する、親友でありライバルでもある関係にあるのは有名で、結果自然と二人は行動を共にする事が多く、イーシアがシロノアに会いに来る度に顔は合わせている。そのため会う事自体は結構あるのだが、人前でこんなに話したのは初めてだ。

 リゼはぺこりと会釈をしつつ、イーシアはシロノアに何かジェスチャーをしつつ二人が教室を出て行く。

 彼女達が居なくなっても周囲の空気がまだ少し凍ったままだ。クラスメイト達は怪訝な目でこちらを見ている。

「え、何お前、リゼリアとなんかあったの?」

「ま、まさか彼女ですか!?」

 直後にシロノアとカレンが質問してくる。どうしよう、なんて説明しようか。

「ただの幼馴染だよ、言ってなかったけどな」

「幼馴染、ねぇ……。そうだったのか。おいヘイン、今のうちに押し倒しとけ。既成事実作っちまえば逆玉だぜ逆玉。」

「そんなことしたら殺されるって……。リゼの人気、お前も知っているだろ」

「それに失礼ですよ、ヘインさんにもリゼリアさんにも」

 そんな事を言っていると、教室にメリルが戻ってきて、続いて教師が入ってくる。それに気付くと俺達は無言で適当に席に着く。特に決まった席順などはない。メリルも俺達のそばに座った。

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