第21話 先代

「なるほど……。行方不明の精霊に、精霊王の娘の動きか……」


 赤銅色のロッキングチェアに腰掛けた痩せた老人は、白い顎髭を撫でながら呟く。


 その老人から少し距離を取り、ラウドは無言のまま佇んでいた。


 二人が居るのは、少しひんやりとする小屋の中。

 丸太を組み合わせて建てられたその小屋の中は、自然光が照らすのみ。

 若干薄暗さを感じるものの、ランプを付ける程度ではない。


 老人は顎髭を撫でていた手を止め、小さな目を静かに閉じた。その様子は一見、眠ってしまったようにも見える。


 ラウドの視線は、黙ったままの老人から横に移動した。

 剥き出しの丸太の表皮が剥がれている箇所がある。

 老人同様に、この丸太小屋もかなりの年寄り・・・らしい。


 目を閉じたまま、老人は今しがたラウドから聞いた話に考えを巡らせていた。

 ラウド同様、左頬には土の精霊の証である虎を彷彿とさせる模様がある。


 老人は、先代の精霊王だった。


 現役時代、その手腕は歴代一とうたわれてきた。

 掬い上げるべきところは洩らさず、切り離すべきところは迷わず切り捨てる。


 その王としての判断力、決断力に、多くの精霊達は彼を敬い、そして従ってきた。


 現役時代は『山の精霊』という異名も付いていたほどの大柄な身体は、今はすっかり痩せ細り、背も縮んでいる。

 しかしその小さな身体から、元精霊王としての威厳は消えることなく滲み出ていた。


 精霊界に帰ったラウドは、いの一番に先代の精霊王、今は「長老」と呼ばれているこの老人の元へ向かった。


 ラウドの姿を見た天霊門の見張りは驚いていたが、ラウドは見張りのことは無視してすぐにその場を離れた。


 リーズを連れ戻すために人間界へ向かったラウドが、一人で帰ってきたのだ。

 後で何かと追求されるだろうが、これからラウドが追求しようとしていることより、さして重要でないと考えた。


 ラウドは長老とは初対面だった。

 何しろラウドが生まれる遥か前に、長老は今の精霊王と交代したのだ。


 だが、住んでいる場所は精霊界全ての精霊が知っていた。

『精霊界の端、枯れ木一本さえ生えてない禿山に、かつての偉大なる王在り』と伝えられていたからだ。


 そして長老が隠居生活を送っていた小さな丸太小屋をあっさりと見つけ、早速人間界での出来事や精霊王について、ラウドは相談したのだった。


「あの、長老様。オレこんなことは言いたくないんですけど……。正直、精霊王様に対する不信感は拭えません」

「エンシオの奴、一体どうしてしまったというのか……」


 エンシオというのは、精霊王の名である。

 精霊王のことを名前で呼ぶのは、精霊王に近しい者を除けばこの長老だけである。


 小さく溜息を吐く長老だったが、突如その目だけが入り口へと向けられた。


「……今日は珍しく来客が多い日じゃの」


 そう呟くと同時に、ドアを二回ノックする乾いた音が小屋内に響いた。


「開いておる」


 長老は指先一つ動かすことなく返事をすると、皺で覆われた目元を僅かに細くする。


 ゆっくりと小屋のドアが押し開かれる。


 その瞬間、『客』の気配を察したラウドのひたいから、どっと汗が噴き出した。


 その『客』は小屋へ入るなりラウドの姿を見つけると、感情を抑えた低い声をラウドへと投げた。


「ラウド、なぜお前がここにいる」

「精霊王様……」


 小屋の中へ入って来たその人物を見据えながら、ラウドはギリッと奥歯を噛んだ。


 それはこっちの台詞だ、と喉まで出掛かった声を呑み込むために。

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