第2話「その時魔物は」

 


 なんてこった。




 『痴漢やろう』『ひとでなし』『エロ魔導士』を経て、『おこさま魔導士』のぴーちゃんになった魔導士界のエリートが、ついにストーカーに成り果てた。


 誘い出した裏路地で、胸ぐらを引っ掴んでぶん投げた時、その相手を確認したシズルは、その変態メタモルフォーゼスピードの速さに愕然とした。 






 最近、使い魔のザカリはテッセラと仲良くなり、シズルから離れる時間が増えた。シズルは自分の自由時間が増えたのでこれ幸いと、雇い主ジークハルトに外出の許可を貰うべく、執務室へと足を運んだ。


 ジークハルトは案の定、シズルがひとりで外出するのを渋ったので、あの手この手でアプローチする。



「なんでですか? 領民にもしてくれたのにまだ信用がないんですか? やっぱり私が魔物だからですかっ」



 シズルがやや大袈裟に、わっと顔を覆うと、



「・・・! シズルそんなことはない!」



 、同席していたジークハルトの側近兼護衛騎士で、シズルの同僚のシルベスタがしまった。

 思わず舌打ちしそうになったのを、シズルはぐっと我慢した。



「お前はっ。魔物を免罪符いいわけに使うなと何度言えばわかるんだ。このあいだの、ギネカとの『騒動』を忘れたとは言わせんぞ! 凶悪凶暴な問題児のお前をひとりで街に放つなどできるかっ!」



 ギネカというのは、表向きは商会長だが実際は、この辺境の街の裏側アンダーグラウンドを仕切っているマフィアの首魁ドンのような男だった。非合法スレスレな商売のたぐいを一手に纏めるわば必要悪のような存在で、ジークハルトも余程のことがない限りはその存在を黙認していた。 



 やはり一癖ある領主さまは騙されてはくれなかったようで、あっさりとシズルの嘘泣きを見破ってしまった。ジークハルトは手強かった。

 だがは、シズルに言わせれば『不可抗力』の人助けで、何故ここまで叱責されるのか理不尽な気持ちで一杯だった。


 まあ確かに少しかもしれなかったが、とにかくシズルは次の手を考えた。



「酷い! 相変わらず酷い! そもそも領民に監視をつけるなんて、立派なプライバシーの侵害ですよ。この異世界まで監視社会だったなんてがっかりです!」



「お前の言ってることは相変わらずさっぱりだが、とにかく駄目だ」



「・・・言いつけてやる」



「何?」



「お姉さんに言いつけてやる。邸にって、王妃オルタンシア様に言いつけてやる!」




 間違いではない。確かに外出を禁じられ、結構頻繁に拳骨や鷲掴みアイアンクローという体罰を受けている。

 を省いただけだ。



 シズルは、とてつもなく卑怯な手を使った。



 効果は抜群だった。

 シスコンのジークハルトは敗北した。






 シズルはそうやってジークハルトから勝ちもぎ取った外出許可で、おひとりさまを堪能中だった。


 シズルがぶらついているこの街は、何もないのにやたら広い領地の中でも伯爵邸がある中心部ということもあって、辺境の割には賑わっている。

 いろいろ差っ引かれた給金を持って、シズルはぶらぶらと街を散策していた。 



 が、街に出てから後頭部にチリチリと視線が刺さっているのを感じる。

 だがそれは決して喧嘩を売られる前のような嫌な感じものではなく、しかし何やら悪寒のするようなものでもあり、シズルは今まで経験したことのない感覚を味わっていた。



 最近はシズルのことを知っている街の人も多く、彼女が華奢な見かけとは裏腹に、ジークハルトの護衛官で領兵たちにも一目置かれるような存在であることを知っている人もいる。そんなシズルに絡んでくるような街の人は滅多におらず、特にギネカとの一件を知っているものとは、すぐさま喧嘩バトルに発展するようなことはなかった。


 しかしこの感じはどこかで体験したようなそんな気がして、シズルは歩きながらずっとその感覚の正体を探っていた。



「あ! 思い出した」



 ここに来た最初の幽閉塔で、今は同僚のシルベスタにをされたことを思い出した。

 なるほど、そうつぶやいてシズルはどんどん人気ひとけのない場所に歩いて行った。



 そうしてのこのこと裏路地に誘き出された、五段階変化でストーカーになったぴーちゃんこと、デュオをとっ捕まえてぶん投げたのだった。






 シズルは因縁浅からぬ、目の前のこの魔導士デュオに思うところが全くないわけではないが、根っからの悪人ではなさそうなことは理解していた。



 この男はただ、自由で自分勝手で我儘で、残酷な子どもおこさまなのだ。



 しかしまさか本当に、自分よりも年下だとは夢にも思わなかったシズルだったが、そうと分かればなんてことはない。そもそも男というのは女より精神年齢が低いものが多いというし、デュオもどうやらその手の男のようだ。

 彼も、王太子ルーデリック同様自分の行いを悔いて、なんとかシズルの機嫌を取ろうとしているのだろう。実にわかりやすい。



 いい加減そうに見えて、意外と真面目な人間だったのかもしれないとシズルは考えた。



 もういい、と言ったのにそれでもなお謝罪がしたくて、わざわざ城を出て自分の後をつけてくるとは。

 それほどまでに罪悪感を抱えて思いつめていて、それが辛くて仕方なくシズルの機嫌をとっているのなら、その謝罪の気持ちをしっかりと受け止めてあげないと不憫だ。しかも奢ってくれるというのだ、それならありがたくその心意気を受け止めてあげようではないか。


 それでデュオの罪悪感が薄れ、シズルの腹が満たされるのであれば、まさしくではなかろうか。


 いつまでも罪悪感のご機嫌取りで付きまとわれるのも面倒くさいし、これでチャラになるなら安いもんだ。




 と手前勝手な理屈を捏ね回し、シズルは次の獲物メニューを物色しながら呑気にそう考えていた。



 だがしかし、デュオがいくら気前よく奢ってくれてもドレスの着用は断固拒否だ。



 あんな、で、『補填』しないと着られないような恥ずかしい代物をどうして人目に晒せようか。自分で言うのもなんだが、ニューハーフどころかどう見ても中途半端な女装のオカマにしか見えないのに。

 そこは絶対に譲れない。



 シズルは王城での夕餉の時の屈辱を思い出して渋い顔になった。







 この異世界に来てからというもの、女性扱いを受けてこなかったシズルは、デュオが『罪悪感以外の感情』で彼女に付きまとっているということなど、全く考えつきもしなかったのだった。








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