変態生物な魔族に生まれた俺の話をしようと思う。
雪颪(ゆきおろし)
第1話 #001.
端的に言おう。俺は元男の転生者である。
前世について覚えていることは僅かで、でも記憶の中の俺は高校生か大学生くらいの平凡な男だったことは確かだ。
まあ、重要なのはそのくらいの年齢の男だった記憶があるという事だけなので、それ以外についてはどうでもいい。
そんな「男」であった記憶と自覚がある俺は、今世では性別がちょっとはっきりしない、魔族と称する変態生物として生を受けている。魔素なる謎物質に適応し、それを魔力として体内に保有し、それ故に生物として妙な方向に進化してしまっている魔族にだ。
妙な進化のひとつとして、魔族は総じて、好きな性別を選ぶことが可能だったりする。気分でころころ変えたりできたりする訳はないが、一族によっては無性や両性も可能なくらいには、その辺は結構自由になる。だから知り合いのおばさんがおじさんになっているなんてことが、普通に起きる。というか、良くある。逆はまずないけど。
ところが、じゃあ自分は男性を選んじゃってもいいかな?と、男を選ぶのは
実は魔族社会、女性優位な社会なのである。
というか、魔力の多少は性別を凌駕してしまう。その身に保有する魔力が多ければ強く、それは小手先の技術ではどうにもならない程に差がつく。華奢な美少女が筋骨隆々の大男を指先ひとつで吹き飛ばすことも可能である。……いや、魔族社会的には普通の光景か。魔力が多いほど整った容姿になるし。強者は女性を選ぶし。
で、女性を選ぶ理由、これが肝心なのだけど、強い子を産むには母体が強いことが望ましいとされる。胎児の時から濃い魔力に包まれていると、産まれてくる子は多くの魔力を保有できるようになるとされる。
つまり、魔力の多い強者はより強い子を産める女性を選び、子の父には屈させて男性とさせ従わせ侍らせる。
お分かりいただけるだろうか。魔族社会が如何に力が全てだということが。強者による逆ハー社会だということが。男性を選ぶということがどれだけ好ましくないことなのかが。
いや、もし俺が力のない魔族であったなら話はまた変わるんだけどね。弱者が自らを庇護してくれる強者に進んで従うのはそうおかしなことじゃないから。もしくは仕えたりすることも。
ところが俺、それなりに力が強かったんだよね。間違っても魔王になれるほどじゃないけどさ、将来的には一族でも上から数えた方がいいくらいにはなるだろうって感じには。だから成人したら女性を選ぶだろうと、当然の様に思われている。力に見合った男を選び、力ある子を産み、一族を繁栄させる存在になって欲しいとも。
魔族として力を持って産まれたんだから、イイ男をたっくさん侍らせてポンポン強い子を産んでやらあ! ……なんて割り切れれば、悩むこともなかったんだろうな。残念ながら生まれ変わっても俺は「男」であることを捨てられなかった。
「どーすっかなー」
里外れの草原に寝転がって、ほけーと空を眺めながら考えてみるが、良い考えは一切浮かんでこない。
そりゃそうだよなぁ、物心ついて今世と前世のあれこれで悩むようになってから考えてはいるが、結論は出せていないんだし。
でも、そろそろ決めないといけない時期に来ている。魔族の中でも獣性を得た部族の習性に、一定の年齢を成人と定め、性別を選択する儀式がある。そうすることで部族の結束と血統を守ってきたらしい。そうしないと、その獣性により細かく分かたれている場合が多く、近しい獣性を持つ部族に呑みこまれてしまうがための知恵なのだという。でもって、俺も疾風狐と呼ばれる風に親和性を持つ獣性を得た部族の一員だ。そして成人となる日はそう遠くない。
男であることを諦めて女性を選んで男を侍らせて生きるか、仕えてもいいと思える
「ほんっと、どーすっかなー」
草原を走る風を感じながら、目を閉じた。
……どっから名案、飛んでこないかな。マジな話。
「テム! やっと見つけた!」
風を感じている内にちょっと寝てしまっていた様で、聞きなれた声と軽い腹への衝撃とで目が覚めた。
「ユジ、どうかしたのか?」
「どうかしたのか、じゃないよ!! なんで風に溶け込んだ状態で寝てるんだよ!」
そこに居たのは俺の幼馴染みのユジで、その顔には疲労と怒りの色がみえた。
もしかしなくてもやらかしてしまったらしい。
本当に風に溶け込むことが出来る訳ではないが、限りなく気配を消して自身を風にでもなったかのうように移ろうことが、俺には出来る。というか、ぼーっと考え事をしている時にはついやってしまう。
まあ、これは疾風狐種の力のひとつで、俺以外でも力の強い者なら出来るし、移ろっている者を捕らえることも出来る。でも、ユジには出来ない。ユジに出来るのは風に乗ることが精々で、捕らえることはまず不可能だ。
「あー、悪い。でも今日の仕事は終えてあったと思うんだけど?」
「確かに終わってたね! そっちは完璧だったよ、ボクが嫉妬しちゃうくらいにはね!」
「じゃあなんでそんなに怒ってるんだ?」
「暴風牙虎から使いが来るから、連絡がとれる場所に居なさいって言われてただろ!」
「……あー、うん」
そういえばそんな事を言われていた気もする。
なんとか続きの言葉は呑み込んだけど、ユジにはばれているようで、感情に合わせて髪から狐の耳が飛び出した。
……感情が
凡庸が人の形をとったようなユジは、あまり力がない。むしろ弱い方になる。同じ時期に生まれた俺と、もうひとりの幼馴染みのリデがむしろ力のある方だったこともあって、使いっ走りをさせられるのはユジだった。
「里長のばっちゃんにみっちり叱ってもらうといいさ! 用があるのはボクじゃなくてばっちゃんだから!」
「うげ」
「ボクは素直に言うからね、テムが言われてたこと忘れて草原で寝てたから探すのに手間取って遅くなりましたーって。
リデの魔力石まで使って探したんだから、リデにも謝るんだよ」
里に向かって歩きながら、ユジが言う。
ユジはこの先どうするのかを、既に決めている。俺が取れなかった、力のある相手に仕えて男として生きる道を選んだ。その相手はリデで、リデも俺が選べなかった女として生きて里を率いる道を選んだ。
リデは俺以上に力が伸びると期待されているヤツで、きっとユジ以外にも男を侍らせることになるんだろう。そして力の弱いユジはリデの一番にはなれない。将来の相手として互いに決めて、睦まじい姿を見てきているのもあって、色々ともどかしい。でもふたりは魔族の在り方に疑問を持っていないし、そういうものだと納得している。
むしろ馴染めていない俺の心配をさせてしまっているのが現状だ。
「テム、聞いている!?」
「……聞いてる。ばっちゃんとリデにしっかり謝るさ」
「うん、しっかり怒られるといいよ」
答えたユジは、ちょっとだけ寂しそうに見えた。
途中でリデのところにユジを置いて、後で顔を出すからと断ってから、ばっちゃんのところに向かった。里の中でも一番風の通りのいい、小高い丘にぽつんとある他よりちょっと大きい家。そこが里長の家。
「お待たせして申し訳ありません」
胡坐で座って、握った手をついて頭をさげる。疾風狐式、目上の人に対する座礼である。
会合で使う広間で、ばっちゃんは俺を待っていた。
品の良いおば様といった風にしか見えないが、ばっちゃんはこの里で一番長く生きている。性別をどっかに捨ててきた魔族は、老化というものも弱り始めるまで忘れておける変態生物でもあった。
体に魔力が充分にある間は、体は最盛期を保ち続ける。つまり、力ある魔族は若く美しいまま長い時を生きる。そして何が原因か知らないが、時が来ると老いが始まり、急激な老いを経て死に至る。
つまりばっちゃんはもう長くない。力ある魔族を基準にすればだけどな。たぶん、あと百年は普通に生きるんじゃないかな。殺しても死にそうにないばっちゃんだし。
「気にしちゃおらんよ、あんたの時間が減っただけのことさ」
外見からは想像のつかない蓮っ葉な言葉が飛んできた。
このばっちゃん、口は悪いし、手は早い。やんちゃをすれば、ばっちゃん直々の鉄拳制裁が待っている。俺も何度も拳骨を貰ってる。
「さて、あんたお城に御奉公に行く気はあるかい?」
「は?」
ちょっと待って、いきなりのことで頭がついて行かない。
この辺りをまとめている暴風牙虎のところならお館って呼ぶんだから、この場合のお城は……。
「魔王様の居城にということですか?」
「そうさ、近々魔王様が代替わりされるだろうってことで、偉い方々が手駒をお城に送り込んでいるのさ。色んな思惑でね。
で、暴風牙虎のとこからも幾人か送り込むそうなんだけどねぇ、ちぃとばかし数が寂しいってんでうちにも声がかかってしまった次第でねぇ」
ばっちゃんがひとつ煙管を吹かし、草原を思わせる草の匂いが広がる。
魔王の代替わりが近いという話は以前の会合で出た話で記憶にある。なんでも当代の魔王はさっさと退位したいそうで、子が全員成人して「姫」になったなら、すぐにでも次を決めるだろうって話だった。
やっとなのか、もうなのか分からないが、その時が来たってことなんだろう。
「恐らく次は火炎大狼の姫だろうって話でねぇ、同じ獣性持ちってことで旨い事傍に侍るか、でなけりゃ先を考えてお城の中に息のかかった手駒を送り込んでおきたいんだそうな。
愚かなことさねぇ」
からからとばっちゃんが笑う。
獣性を持つ魔族だから仕方ないところもあるんだろう。成人で性別を選択する儀式。それが生まれた経緯からも分かるように、縄張りとか上下関係をどうしても意識せざるを得ないのだ。しかも違う親和性持ちともなれば、避けられない。
つまり暴風牙虎は、火炎大狼の姫が魔王になることで起こるだろう不利益に対抗するための手駒を魔王城に送り込もうとしているんだろう。で、疾風狐にも与しろと声をかけたと。
「そういう訳だからねぇ、誰か送らないと行けなくてね。
リデなら無難にお勤めして帰ってくると思って声をかけたんだけどね、あの子、あんたを推挙したのさ。
自分では半年も持たずにお城を辞することになるだろうが、あんたなら適応するだろうってね。アタシもリデの言うことに同意さ。だからリデを行かそうと思ったんだけどねぇ」
そこでばっちゃんはまた煙管を吸い、草の匂いを吐き出した。
「で、あんたお城に御奉公に行く気はあるかい?」
リデが気付いていることは、俺もわかっていた。でもばっちゃんも気付いていたらしい。でもって俺が黙っていて欲しいと思っていたことも。
リデと俺の力は、リデの方が強いことになってる。いや、力を伸ばすことを努力している分、リデの方があるだろう。今は。
でも伸び代は俺の方がある。
男だった記憶があって、力があれば女にならざるを得ない現実と向き合いたくない俺は、リデを超えないように気を付けていた。女性を選んだリデの傍に男性としているという、逃げ道のために。
「別にお城で愚か者の手伝いをしてこいってことじゃないさ。ここに居たら見れない世界を見てくるだけのつもりでいい。諸々のことは、里に戻ってきてからまた考えればいい。
で、どうだい?」
「疾風狐の代表として、御奉公してきたく存じます」
「じゃあ、きまりさね!」
深々と思ってもいないことを言って頭をさげた俺に、ばっちゃんは煙管で灰入れの縁を叩いていい音を鳴らした。
決められない俺の、決断を先延ばしにするだけかも知れない妙案。ひとまずそれに乗ってみるのもいいんじゃないかと、思った次第で。
「ああ、そうだ。使いどのは陽が沈む前に街に戻りたいんだそうだ。
つまりそろそろ発たねばならない時間ってわけだ」
「へ?」
「とっとと荷をまとめてくるんだね」
ばっちゃんは言って、にやりと笑った。
これはアレか! さっきの「俺の時間がどうの」て意味不明な言葉の意味か!
「失礼します!」
叫ぶように言って、俺は里長の家を飛び出した。
リデのところに寄って、こうなることを予想していた幼馴染みふたりを捕まえて、それから家に飛び込んで。
最低限の荷物を鞄に押し込みながら、リデとユジのふたりに謝って。
色々と迷惑をかけてきたのは俺の方だってのにふたりは笑って許してくれて、落ち着いたら手紙を書けよなんて言ってくれたりして。
成人の祝いにふたりには揃いの装飾品を贈ろうと思って、用意だけはしていた魔力石を押し付けて。同じことを考えていたふたりから魔力石を押し付けられて。
そんな感じで、俺は慌ただしく疾風狐の里を旅立つ形になった。
変態生物な魔族に生まれた俺の話をしようと思う。 雪颪(ゆきおろし) @yuki-oroshi
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