花の種

「ふっふ~ん♪」


 獅子族の少女――キファが鼻唄を歌いながら、研究室の窓近くに置かれた植木鉢に水をやっている。

 植木鉢には、大陸西方の秘境『花の谷』から特別に持ち帰った花の種が植えられ、元気に育っている。

 僕は獅子族族長との会話を思い出す。


『実はここ最近、花が枯れる時期が早まっているのだ。我々も原因を色々探ってみたのだが――分からぬ。我等が育てようとしても、枯れてしまってな。そこで、だ。この種子をお前に託したい。どうか、枯れる原因を見つけてほしいのだ。それと、だ――……王都で我が娘、キファに手を出したのなら……』


 背筋が震える。……あの目は本気だった。

 まったく。信用されているのか、されていないのか分かったもんじゃない。

 第一、キファはまだ十五歳の子供――目の前に少女の顔。


「せんせー? どうしたの?? 変な顔してるよ???」

「…………僕は昔からこういう顔です」


 誤魔化し、机の上に置いてある硝子瓶を手に取る。

 そこに入っているのは、花の種。

 王都に戻って来、様々な文献に当たり、魔法でも探ってみたものの……原因は依然として不明。

 しかも、族長は『自分達で育てると枯れる』と言っていた。

 僕は植木鉢に目を向ける。

 どう見ても陽を浴び、元気に成長中。

 ……どういうことだ?


「せんせー、せんせー」

「……何ですか? お菓子なら何時もの場所にありますよ」

「ほんとっ!? わ~い――……じゃなくてっ! まだ、お花のことで悩んでるの?? 元気に育ってるよ? せんせーと私の花☆」

「…………キファ、その台詞、間違っても王立学校で言わないでくださいね? 僕は裁判所に出廷したくありません」

「???」


 少女は意味が分からなかったようで、首を傾げる。

 頭を掻き、思考を巡らす。

 ――『花の谷』において、異変が起きている種子が、ここ王都では一見、問題なく育っている。環境的には『花の谷』が良い筈なのに、だ。

 では、いったいなにが作用して…………僕は、身体をソファーに投げ出す。

 すぐさま、キファが隣に寝転がり、ぴたっ、とくっついてくる。

 『花の谷』から帰って来て以来、キファは前にも増して、くっついてくるようになった。


「……分かりませんね。所詮、僕は植物には詳しくありませんし。こうなったら、他の研究者に渡して試してもらうしかないかもしれません」

「ん~――……植物に詳しい人? せんせーの知り合いにいるの??」

「…………」


 キファが僕の顔を覗き込む。可愛い。

 脳裏に大学校内の研究者達を思い浮かべ――返答。


「いませんね。いえ……専門ではなくとも、どうにかするだろう人はいますが」

「が?」

「……正直、関わり合いたくありません。一人は、根がねじ曲がり過ぎて、何を要求されるか分かったもんじゃありませんし。もう一人は…………」


 若くして『星魔』の称号を持ち、昨今では教授をも超える名声と悪名、異名を大陸全土に轟かせている魔女っ娘の顔を思い出す。

 ……あの子に渡すと、物事は際限なく大事になる可能性は極めて高い。教授とも繋がっているわけだし。

 キファが僕の腕を枕にしながら、提案してきた。


「なら――ボクの先輩に聞いてみようか?」

「君の、ですか? つまり、王立学校の生徒に??」

「うん! 植物にすっっごく詳しい先輩がいるんだ♪ いい子だから、頼めば力になってくれると思う!」

「ふむ……」


 種子の拡散はあまり誉められた行為ではないかもしれないが……。

 じーっと、見て来る少女に頷く。


「分かりました。キファが信頼出来る子ならば、大丈夫でしょう。ただし、少数に。あと、何処が出所かを言ってはいけません」

「うん! 分かった!! えへへ~。フレッド、大好き♪」

「あ、こ、こらっ! 抱き着くなんて、はしたないですよっ!!」


 ――なお、キファの言う薄蒼髪の『先輩』はその後、あっさりと原因――特定の魔力不足――を探り当てることになる。

 それどころか、育てた花や葉、種子から様々な薬品を作り出した挙句、研究室へキファと、ブロンド髪のメイドさん、赤髪の公女殿下と一緒にやって来て、僕へこう言った。


『権利はそちら持ちでいいですよ。でも……私の可愛い後輩さんを不幸せにしたら怒りますからっ! あと、先生が近々お話したいことがあるって、言ってました。商会関係だそうです』


 ……人生とは、何処で何が起こる分からず、また、どういう風に繋がっているかも分からないのだ。

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