帰郷

「せんせー! せんせー!! 見えてきたよっ!!!」


「キ、ファ……待って、くだ、さい……」


 僕は、前方で、ぴょんぴょん飛び跳ね、帽子の脇から三つ編みを覗かせている獅子族の少女へ息も絶え絶えに訴えた。

 多少、人馬の足によって踏み鳴らされているとはいえ、『花の谷』へと続く山々は峻嶮そのもの。

 普段、身体をあまり動かさない一介の研究者にして魔法士である僕にとっては、厳しい道なのだ。まして、今は荷物も背負っている。疲れるのも当然。

 誰しもが浮遊魔法なんていう、便利ではあるけれど、制御難易度が異次元な魔法を使えるわけではない。

 対して、僕以上に大きな荷物を背負いながらも、元気一杯な少女が跳びはねながら傍へ。ニヤニヤ。


「……何、ですか? その顔は??」

「ん~べっつにぃ~。でもでもぉ」

「……キファ。言いたいことがあるのなら、はっきりと言ってください」

「なら、遠慮しないね★ せんせー、これくらいの山道でへばっちゃうなんて、やっぱり、お・じ・さ・ん、なんだね♪」

「…………帰りますよ」


 僕は背を向け、登って来た山道を戻るふりをする。

 すると、キファは慌てて止めてきた。


「あーあーあー。う、嘘。嘘だよっ! 折角、ここまで来たんだからっ!! 族長からも『夏季休暇は必ず戻るように。先生も御連れしてな』って書いてあったでしょう?? 『花の谷』にもう一度招かれるなんで、そうそうないことなんだよっ!」

「…………」


 確かにその通り。

 王国西方の秘境である『花の谷』への立ち入り許可は、中々おりない。まして、再度招かれるなんて異例中の異例だ。

 僕は嘆息し、再び山道を登り始める。


「キファ、行きますよ。もう少しです」

「うん! あ、せんせーの荷物、ボクが持つ??」

「……御断りします。僕はまだまだ、若いのでっ」




※※※




 ――事の発端は、遂数日前。


 大学校と王立学校も夏季休暇に入り、普段にもまして、僕の研究室へ入り浸るようになっていた、獅子族の少女宛に手紙が届いたことだった。

 ……この時点で少しおかしい。

 どうして、キファ宛の手紙が僕の研究室へ届くのだろうか?

 手紙の消印には『流星』そして『飛竜』。

 ここ最近、急成長中の例の商会が関与していることまでは分かる。

 けれど、何故……。

 僕は『彼』のことをそれなりに知っているものの、『彼』が僕と直接話したのは二、三度しかない、というのに……。

 僕の疑念を他所に、キファはソファーへ寝転びながら手紙を読み――珍しく、難しい顔をした。

 少女へ尋ねる。


「どうかしましたか?」

「あ……うん……えっと、ね。せんせー」

「はい」

「せんせーは、夏休み中、お出かけするの??」

「何処かへ行きますか? 避暑なら、北が良いですね。南は暑いので……」

「行きたいっ!」


 キファが上半身を起こし、獣耳をピコピコ動かし、尻尾もぱたぱた。分かりやすい。

 けれど、すぐに動きを止めてしまった。

 僕はカップに『花の谷』から持ち帰った薬草茶を注ぎながら、再度質問。


「キファ?」

「あ~……せんせー、あのね。族長が『谷に帰って来い』って」

「ふむ……それは仕方ないですね」


 薬草茶を飲みながら僕は頷く。

 折角の長期休暇なのだ。故郷へ戻るのも悪くない。

 なら、僕はこのまま王都へ残るか。それとも、北都へ――少女がソファーから降りて近づいて来た。


「あのね、あのね。せんせーも一緒に、って!」

「??? ……まさか」

「嘘じゃないよっ! ほらっ!!」


 キファが突き付けた来た手紙を速読。

 ……確かに『先生も御連れして』と書かれ、手紙の最後には『王家』『西方公爵家』『獅子族族長』の印。

 その後には古代語。不覚にも読めない。

 キファの故郷である、王国西方の秘境『花の谷』への立ち入りは厳しく制限されている。

 前回、僕が研究の為、入ることが出来たのも、教授との取引が功を奏したからで、それ以上、それ以下でもない。

 成果は得たものの、代償は相応に高かった……。薬草茶も大分奪われたし。

 なのに、今回は先方から招き? いったい、どういうことなんだろうか?

 僕は首を捻る。

 キファが不安そうにおずおず、と聞いてきた。


「……せんせー、ボクとじゃ嫌?」

「まさか。分かりました。喜んで」

「ほんとっ!? やったぁぁぁ!! あ、なら、早速、御手紙送ってくるねっ!!」

「あ、キファ!」


 獅子族の少女はあっという間に、部屋から出て行った。

 ……『花の谷』へ手紙を送るとなると、それこそ飛竜便になるからお金が凄くかかるのに。大丈夫なんだろうか。

 なお、僕の懸念は杞憂だった。ああ、杞憂だった! 

 まさか、キファが教授の教え子、その双璧たる二人とあそこまで仲良く――。


※※※


「せんせー! 見えてきたよっ!!」

「はぁ……はぁ……」


 息も絶え絶えになりながらも、僕は前方のキファへ手を挙げた。

 どうにかこうにか、山道を登り切る。

 ――視界が一気に広がり、眼下には広大な花畑。

 四年に一度やって来る『花竜』の祝福により、この谷では一年中、花が枯れることはない。獅子族はこの谷を移動しながら生活しているのだ。

 上空から橙色の小鳥が飛んで来て、キファの腕に止まった。獅子族が使っている連絡用の小鳥だ。両足には紙が結ばれている。

 キファはその紙を取ると一読。


「良かった! せんせー、宿営地は近いよっ!! もうちょっと、頑張ろうねっ!!」

「……ええ」 

「あと――はい! これ、せんせー宛だって! 王都から」

「……王都から?」


 僕は訝し気に受け取る。

 こんな秘境まで、僕へわざわざ手紙を送って来るような酔狂な人はそこまで多くは――……額に手を置き、天を仰ぐ。

 その手紙の差出人の名前は知っていた。

 ある意味で――現王国最重要人物と言っても良い。

 そこにはこう書かれていた。


『『花の谷』へ再度招かれたとのこと。真におめでとうございます。フェアチャイルド先生ならば当然、御存知かと思いますし、先日もお話しましたことですが――獅子族にとって『花竜』を見た人物は特別なんです。そして、キファは貴方のことがとにかく大好き。毎回、商会で楽しそうに手紙を書いて送っているみたいですよ? それにしても此度の覚悟をされての再訪……男として尊敬します。ああ、書き忘れました。飛竜便分の薬草茶、楽しみにしていますね』


 以前、彼はこう僕へ言った。


『『『花竜』を見た男女は生涯の伴侶にならなければならないんですよね?』』


 冷や汗が流れる。

 僕は平静を保ちながら、獅子族の少女へ尋ねる。


「…………キファ、王都に届いた手紙。あの最後に書かれていた古代語には、何て書かれていたんですか?」

「え~。ボク、バカだからぁ~分かんないやっ! さ、フレッド、行こっ!!」

「あ、こらっ! 僕の目を見て、見て言ってください」 

「そ、そんなの、言える筈ないでしょっ! せんせー、そういうのは男の人から言うものなんだよっ!!」

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