建国祭

「ねーねーねー! せんせー!! これ、見て! 見て見て!!!」

「…………キファ、何ですか? 僕は昨日、徹夜だったんですが。それと、降りてください。はしたないです」


 僕は、僕に跨り目を輝かせている獅子族の少女に注意。

 どうやら、王立学校からそのまま研究室へ来たらしく、制帽を被り、制服姿だ。

 そんな僕の注意も聞かず、キファは紙を突き付けて来る。


「せんせー! 私、これ、行ってみたい!!」

「? 何ですか――……ああ、建国祭ですか。もう、そんな季節なんですねぇ……」


 キファが突き付けてきたのは、『建国祭』を報せる用紙だった。

 僕は頭を掻き


「でも、行くのは嫌です」

「え~~~~~!!!!!!」

「…………キファ、もう少し、静かに。頭に響きます。それと、研究室の外に聞こえてしまいますからね」

「何でっ! 何でぇっ!! 行こうよぉ!!! ボク、こういう大きなお祭り初めてなんだよっ!?」

「学校の友達と一緒に行きなさい。僕はこういう人混みが集まるところはそこまで好きじゃないんですよ。第一ですね……」

「??? せんせー?? どうしたの?」


 きょとん、と少女が僕の顔を覗きこんでくる。

 ……言えない。

 

『二十八歳にもなる男が、十五歳の女の子を連れ回すのは恥ずかしいだなんて』


 バレたら、キファはずっと僕をからかい続けるだろう。

 ただでさえ、故郷である王国西方の秘境『花の谷』から、王都へ出て来て以来、この少女は、僕の研究室へ入り浸っているのだ。

 大学校内でも認知されてしまい、半ば公認扱いされてしまっている。

 ……特にあの意地が悪い教授や、その研究室の子達は虎視眈々と僕をからかう機会をうかがっているのだ。

 ここらへんで少し距離を置かないと、おかしなことに――少女が珍しく、しゅんとする。


「…………せんせーは、ボクと一緒に、お祭り行くの、嫌なの? ボクが女の子っぽくないから?? それとも、獣人の女の子だから??」

「…………はぁぁぁ。分かりました。一緒に行きましょう」

「ほんとっ! わ~い!! フレッド、好き!!! 大好きっ!!!」

「こ、こらっ! 抱きしめないでくださいっ!!」


※※※


 王都の建国祭の規模は、正直言って度を超している。

 三日間に渡る祭の期間中、無数の露店が出て、行事も延々と朝から晩まで続く。

 それだけで、とんでもない額の金貨が動いているのは素人でも分かる。

 教授曰く


『全部、王家の私費だよ。国費は一枚の銅貨も使われていない』


 ……正直、王国民であることに感謝をしたのは内緒だ。

『大陸最高にして最大のお祭り』という称号に嘘偽りはないのだ。 

 この一行事だけで、王国の発展ぶりが嫌でも分かってしまう。

 おそらくは、他列強にそれを見せつける目論見も――口元に甘いお菓子が差し出された。


「はい♪ せんせー、あ~ん☆」

「……自分で食べられます。僕はいい大人ですから」

「え~。せんせー、こういう時は喜んで食べなきゃダメだよっ! それとも、もうおじさんだから、甘い物を食べるの止めてるの??」

「違います! 僕はまだ二十八歳。まだまだ、若いんです」

「うん♪ だから、あ~ん☆」

「…………」


 最近、この獅子族の少女にいいように転がされているような気がする。今日は、珍しく、淡い橙色のワンピース姿だ。

 大人しく焼き菓子を齧り、周囲を見渡す。

 無数の人々が楽しそうに王都の大通りを歩いている。祭の期間中は馬車や車の往来は、夜間だけに限定される為、この期間でしか見ることが出来ない光景だ。

 キファが僕の腕に抱き着いて来た。


「えへへ♪ ねね、せんせー」

「なんですか? お昼なら、さっき食べましたよね?」

「違うもんっ! ボク、そんな子じゃないからねっ!?」

「……キファ、僕の目を見て、それが言えますか?」

「…………てへ☆」

「はぁ……まったく。ああ、そうでした」

「? なーに?」


 少女がきょとん、とする。

 僕は視線を逸らし、呟く。


「――今日の服、似合っています。可愛いですね」

「!?!!!!」


 少女が突然、立ち止まる。

 怪訝に思い向き直ると、キファは俯いていた。


「キファ?」

「…………フレッド、はズルいよね。うん、やっぱり、ズルいよ。でもでも、ボクは、貴方と一緒なら、何時何時だって……」


 小さく呟く。そして、顔を上げ美しく微笑んだ。

 ぎゅーっと腕を抱きしめてくる。


「えへへ♪ ありがとう☆ せんせーとの初デートで忘れられない、最高の思い出が出来ちゃった♪」

「!? は、初デート!?!! い、いや、これはデートではなくて」

「あ! せんせー!! あの屋台のお肉美味しそうだよっ!! 行こうっ!!!」

「キファ!? だから、もう、お昼は食べたでしょう!?」

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