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 今日の授業が全て終わり、放課後になって一目散に教室から出ていくクラスメイト達。またもや僕と彼女の二人っきりになってしまった。


 そこへ今日は紺の着流し姿の奏様が迎えに来て、彼女は昨日同様奏様に駆け寄っていった。


 彼女の満面の笑みは特定の人にのみ向けられるものと分かっているのか、奏様も見る者を魅了する笑みを浮かべて彼女を抱きあげた。

 ナタンが父親から聞いた話が本当なら敵とみなしたものをミンチにしたそうだが、そんな片鱗は全く見せない。まぁ、普段からそんな素振りを見せようものならそれはただの戦闘狂、狂人にしかならないのだが。



「ねぇ、奏」

「ん?」

「桃太郎に退治されちゃった鬼に家族っていたの?」

「え?」



 突然の彼女の言葉に、奏様は不思議そうに僕の方を見てきた。


 まだ日誌を書いている途中だったけど、元老院への案内役スポンサーからの要望なら応えてあげるべきだろう。

 おしなべて人外の世の中は人の世以上に対価を支払うことを要求される。それが見合ったものや容易たやすいものならどうってことない。


 二人の元に小走りで走って行って奏様と向き合った。



「今日、人間学の教材が昔話の桃太郎だったんです」

「あぁ、なるほど。……そうねぇ、いたかもしれないし、いないかもしれない。でも、鬼は強いから大丈夫よ」

「そっかぁ。でも、もしいたら可哀想」

「そうね。ほら、早く準備していらっしゃい」

「はぁい」



 奏様に両肩を掴んで教室の中の方へクルリと方向転換させられた彼女は、パタパタと上履きの音を立てながら自分の席へ走っていった。


 それを追う形で自分の席に戻ろうとした僕の耳に、奏様の小さな呟き声が入ってきた。



「その鬼退治、果たして本当に成功していたのかしらね?」

「え?」



 思わず振り返ると、奏様が含みのある笑みを浮かべていた。


 せっせと帰り支度をしている彼女にその笑みを見せないようになのか、廊下側を向く形へ身体の向きを変え、教室のドアに背を預けて立っている。



「大江山の酒呑童子の話、知ってるわよね?」

「……えぇ、まぁ」

「アノ時だって、屈強な武士が五人がかりでかかっても討ち漏らしているのよ? 人間一人と動物三匹で倒し尽くせると思う?」

「……」

「もっと言うと、その桃太郎。ちゃんと自分自身が家に帰れたと思う?」

「えっ」



 つまり、それは……いや、うん。考えないでおこう。


 やっぱり鬼は怖い種族だ。



「お待たせしましたっ!」

「ううん。いいのよ」



 パンパンに膨らんだ鞄を持った彼女が走って僕たちの元に戻ってきた。


 奏様は今さっきまで浮かべていた笑みをそんなものなかったかのように自然に消し去っている。


 鬼も怖いが、女も怖い。そう言っていたのは誰の親だっただろうか? きっと恐妻家に違いない。でも、その親の気持ちがよく分かるのが奏様を相手にしている時だ。


 この人は決して怒らせてはいけない。



「バ、バイバイ」

「……また明日」



 クラスの皆より比較的長くいる僕にもまだ慣れてないようで、どもりながらも挨拶をしてくれた。それにヒラヒラと手を振って返す。


 二人は手を繋いで帰っていった。



 そんな皆から慕われながらも恐れられる奏様をお迎え係にする彼女は、もしかしたらとんでもなく大物なのかもしれない。



『今日の人間学:桃太郎はツッコミどころが多すぎて教材には向かない』





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異色版人外よもやま話 in 学園 ~ 実はそういうことだった ~ 綾織 茅 @cerisier

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