1時間目―桃太郎―
1
●月××日
『人間学』
人間に伝わる昔話などを通して人間のことをより知ろうというのがこの授業の内容だ。
正直、人間嫌いな人外も少なからずいるので、この授業の時間は結構荒れたりする。僕達はまだ荒れるといっても人間に対して思ったことをそのまま口から垂れ流す奴らがいるくらいで済む。ただ、これが上級生にもなるとそうもいかないらしい。意見が割れたクラスメイト同士で喧嘩する、教室内の備品が壊れるといったことはザラだと聞いたことがある。
しかし、今日からは元とはいえ人間だった彼女がいる。そこを分かった上で授業が進むかどうか、普段のこの時間の様子を見ていて多いに不安が残っていた。
「桃太郎とイヌとサルとキジは、鬼から取り上げた宝物を持って元気よく家に帰りました。家で待っていた二人は、桃太郎の無事な姿を見て大喜びです。そして三人は、宝物のおかげで幸せに暮らしましたとさ。おしまい。……以上が日本昔話の桃太郎というお話です」
学年が低いうちは全ての教科を担任が受け持つことになっている兼ね合いで、この人間学も蜜緒先生が授業をしている。
いつも散々なものになるせいで蜜緒先生も頭を
「……これ、桃太郎も悪いよな?」
「だよなー。だって、鬼達が村から盗んだ宝物、持ち帰って自分達のものにしてるし」
一人が言い出すと、それに同調するものが当然のように出てくる。ウンウンと頷き、口々に自分の考えを好き勝手に話始めた。もちろん、完全に悪役イコール桃太郎の図式だ。
人間達が本来書きたかっただろう悪役が同情される被害者へと立場がすっかり様変わりしてしまっている。
「……ま、まぁ、とにかく! このお話で人間達が学ぶのは、困っている人を助けなさいという精神と、何事にも立ち向かう勇気と、協力して対処するという行動力が大事だということです。さ、これに関して皆さんはどう思いますか?」
蜜緒先生もこうなることは想像できていたからか、すかさず軌道修正を挟んできた。最初のうちは僕達が好き勝手に話すもんだからグルグル目を回してばかりだったというのにすごく進歩したもんだ。
「そもそもの話、俺たちだって鬼には勝てないのに、イヌサルキジを連れていく辺り、そのなんだっけ? ドーブツアイゴダンタイ? そいつらが騒がないのか?」
「それな。鬼に力で対抗しよったって無理無理」
確かに、鬼に力では敵わないっていうのは僕もそう思う。根本的に身体の造りが違う。それを考えだすと話として成立しないとも思うけど、それにしたって明らかに供の数は無謀さを極めている。本来なら退治しに行くんじゃなくって、始末されに行くと言っても過言じゃない。
この話を作った人間は完全に鬼をナメてかかっているとしか考えられない。よくもまぁ、鬼の者達が黙って広めさせたものだと一周半回って感心さえ覚えてくるものだから不思議な感じがする。
「それに、鬼退治の対価がきび団子一つってなんだそれって感じだよなー」
「もし俺らがこれで鬼退治にって言われたらどうする?」
「いらんわって言う」
「言う。絶対言う」
「だよなー。対価低すぎ」
これも間違いない。きび団子だろうと、とう団子だろうと全く関係ない。
ほんの僅かにお腹が膨れるもので命を張れるのはよっぽどの飢餓状態にある時だけだ。
「しかも、最後幸せになったの三人って、イヌサルキジはどうなったよ?」
「……喋れる動物。……見世物小屋」
「うげっ。最悪」
「そうだ! こないだ間違って人間の前で話しちゃった時、化け物って言われたー。私達の何倍も数がいる人間達の方が数の化け物だってのによ? 失礼しちゃうわ」
「えっ! 酷ぉい!」
「ねー!」
普段はあまり喋らない
ああ、やっぱり今日も収拾がつかなくなってきた。
これが時間いっぱい続くのかと思うと、数学や歴史をやっていた方が断然マシだ。どうしてこの学科を通年の学科にしたのかと少しだけ学園長を恨んだ。
ちなみにここの学園長は元老院長で、普段は好々爺としていて、僕達生徒の間ではおじいちゃんと呼ばれている。元老院に勤めている親がいる所の子もそうなのだから、きっと親は気が気じゃないだろう。
もちろん、大人社会のしがらみなんて僕達の知ったことではないからと、知らんぷりを通すことに何か問題があったかなと微笑み返すにとどめておきたい。
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