2
(……これからどうなるんだろう)
貴族の罪人向けに用意された
申し訳程度につけられている小さな窓からは外の様子があまり
当然ながら、紅華もこのような場所が宮殿の内部にあることを初めて知った。……できれば一生知りたくはなかったけれど。
それにしても、そのまま連れてこられ、大した反論も許されずこの牢の中にいるわけだが、一緒にいた父親はどうなったのだろうか。
紅華が連れて来られてからだいぶ経つというのにここで会えないということは、別の場所に連れていかれたか、父親は放免となったのか。できれば後者の方がいいとは思うけれど、実際に決めるのは皇帝陛下であり、皇太子殿下だ。家名の存続だけは許されるように願うのみだが、それすらも危ういかもしれない。
これからのことを考え、紅華が
「ご機嫌よう」
姿を見せたのは、例の毒殺されかけた令嬢だった。
皇太子の背に隠れ、おどおどとしていた様子は今は
「貴女は……確か、従二品の
「あら。皇太子殿下の
令嬢は持っていた
とはいえ、こちらも実際には記憶の残りカス程度の小説からの知識。それがなければ正直言って全く興味がなかったから覚えてもいなかっただろう。
あえて多くは語らないでおいたのも、ボロが出ないようにするためである。それが功を奏したのか、勝手に勘違いしてくれたのだから万々歳だ。
ただ、牢の鉄格子の向こう側で令嬢が顔をにやけさせているのをずっと見ているのもなんだか
不機嫌そうな顔を作り、そっぽを向いた。
「何の用かしら?」
「別に? 貴女が今、どんな顔をしているか見たかっただけよ。どう? 今の気分は」
「見て分からない? 身に覚えのない罪でこんなところに入れられて、最悪よ。貴女こそ、毒を盛られかけたっていうのに、やけに元気そうね」
「うふふ。まぁね」
この令嬢は小説の中ではヒロインポジションだった。高位貴族であるにも関わらず
父親が皇帝陛下と懇意であるという最強のコネを使って皇太子と婚約を結ばせた令嬢――つまり、紅華のことであるが――よりも断然人気があったのは確かだ。
ただ、それは
紅華にとって、婚約の件は完全に寝耳に水で、皇太子のことを想ってもいなければ、今日だって最終的には菓子に釣られたクチだ。
そして、それは目の前に立つ令嬢にも言えることだろう。令嬢が浮かべている笑みは、心優しき主人公が浮かべていいソレではない。
紅華がどうやってこの場をやり過ごすか考えていると、向こうから話を切り出してきた。
「ねぇ、ここから出してあげましょうか」
「……え?」
まさかすぎる言葉に、紅華は耳を疑った。思わず令嬢の方を向いてしまい、令嬢はしてやったりという感じでにんまりと唇で弧を描いた。
どこの世界に自分を毒殺しようとした令嬢を牢から出そうとする令嬢がいるだろうか。
それに、牢に送り込んだのは皇太子だ。一令嬢が勝手に決めていいことでは当然ない。もし、逃がしたことがバレれば即処断もあり得るくらいには重罪となる。
それとも、この件に関しては特別に皇帝陛下から許可をもらっているとでも言うのだろうか。そんな素振りは全く見せないけれども。
紅華が最終的には
「私の言うことを聞いてくれるのならね」
「……なに?」
「この国から出て行って。殿下の前に二度と姿を現さないで」
「そんなことでいいの?」
この国から出ていくということはつまり、この大陸から出ていくということと同義だ。合法非合法にかかわらず、残していかなければならない家族のことを考えると、紅華の一存で決めることは難しい。
紅華が答えを出しきれずに
「今夜、また来るわ。その時までに決めておいてくれる?」
「……えぇ、分かったわ」
「それじゃあ、いい返事を期待しているわね」
令嬢は
日が入ってくる向きから考えて、あと数刻で夜になる。
それまでに答えがでるかは
(……ほんと、なんでこんなことになっちゃったんだろう?)
この世界に神様がいるとしたら、それは随分と意地悪なのかもしれない。
紅華は頭を抱え、前世を含め、今までで一番今後について考える時間を設けることになったのは言うまでもない。
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