Through the Looking-Glass
Through the Looking-Glass
それから。
蓮華は半分だけ真っ白に染まった髪を風になびかせて胡桃を探した。胡桃は庭園の一角で葉っぱの裏にいるアブラムシを素手でプチプチと潰していた。蓮華はうへぇ、と舌を出した。
「きたないわ!」
「……。」
そんな蓮華の言葉をまともに聞いていないというふうに胡桃はアブラムシを潰して殺していた。中途半端に潰すと殺しきれないことに気がついて、全体を指の腹で潰す。
「ねえ、胡桃。あとで写真を撮っていい?兄様に送るの。」
蓮華は隣にしゃがみ込んで胡桃の殺戮を見ていた。
あの日から蓮と蓮華はそれぞれの人生を選び取った。もう、蓮華は蓮のことを鏡だとは思わない。魔力をごっそりと持って行かれた双子の身体の色素は半分ずつ抜けた。身体的な特徴が増えたので、前よりも「似ている。」と言われることが増えたけれどそれに対しては「双子ですから。」と、返すことにした。蓮は蘇った妹を猫可愛がりし、蓮華は蘇った妹の頭を再び割ってしまうのではないかと内心怯えている。そして、胡桃はそんな二人を受け入れることにした。
蓮は全寮制の学園の中等部を選び、家を出た。とても寂しかったけれど、蓮が家を出るとき「頑張ってね。」と、素直に彼女は彼の幸せを願うことができた。蓮は頭がいい。それを羨ましいと思うこともあったけれど、そのうちに嫉妬している自分が馬鹿らしくなってやめた。
双子の兄を鏡の中からきた自分だと思い込んでいた日々は幸せだった。否定されない日々。お人形遊び、柔らかな夜の闇の中の冒険、周りが見えていないあの日々に戻りたいと思うこともある。ただ、蓮が望んでいないなら私はその世界にいられなくてもいい。蓮が幸せな世界の方がずっといい。
「ねえ、胡桃。」
「……なぁに。お姉様。」
だらりと、左手が下された。殺し終わったらしい。その手をハンカチで拭いて、蓮華は胡桃の頭を撫でた。
「あなた、本当は自殺したんでしょう?」
頭蓋が割れる直前の妹の笑顔を思い出す。恍惚と快楽に満ちたあの表情は4歳児とは思えないほど不気味だった。きっと、妹は生まれつき狂っていたのだ。
「そうよ。せっかく、お姉様に殺して頂けて幸せだったのに。蘇らせるだなんて、品がないわ。」
「私は胡桃がいなくなったら寂しいわ。」
「そう?僕はそんなに寂しくなかったよ。」
死にたがっていた幼い妹を延命させたのはエゴだ。彼女はあのまま死なせてやった方が幸せだったのだろう。
「わ」
蓮華はほっぺたをすり寄せて、妹のその小さすぎる身体を抱き寄せた。携帯の画面に二人でくっつきあって写真を撮った。これを送れば蓮は妹の姿を見て喜び、姉と妹の距離が近いことに嫉妬するだろう。送ってやった。蓮はなにをしているのかしら。ねえ、そっちは晴れているかしら?
短い文章、文末に「風邪ひいちゃダメよ。」と打ち込んで、送信ボタンを押した。
「お姉様はお兄様が好き?」
「ええ。……でも、兄様はきっと、胡桃の方が好きね。」
「三角関係?」
「あら、胡桃は私が好き?……全く、この世界は立ち行かないことばかりだわ!」
暖かい生物の体温を持った妹を蓮華は抱きあげた。全く、何もかも思い通りにいかない。永遠の幸せだなんてあり得なかった。それにもっと早く気がつけたら、妹を殺すこともなかったのだろう。それでも、起こってしまったことを巻き戻すのは時間を操る魔法でも難しい。悲劇が起こったその一瞬は、それまでの全てが引き金になって起こったことなのだから。だから今度は、今度こそ、この手に残った温もりだけを大切にしよう。それはきっと、いつか永遠の一部になる。
大きな額の鏡の中、そこには胡桃と蓮華しかいない。そこに映るのは虚像。永遠の中のほんの一部の現在はここにしかないのだ。
少女の物語、最後は夢から覚めるものと相場が決まっている。蓮華はもう、幸せな夢を求めることはなくなったのだから。なんの変哲もない日常ほど語るに値しないものはない。
奇しき双子 ミミ @mimi_mi
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