ディーとダム、そしてハンプティ・ダンプティ

 ディーとダム、そしてハンプティ・ダンプティ



 蓮が蓮華を拒絶してそれが最後だった。精神の紐が張力に耐えきれずにプツリときれた。


「私の味方をしない蓮なんて、いなくなればいいのに!」


 蓮華は背の高いスタンドランプを軽々と振り回した。蓮はそれを躱して、妹をソファーの陰に転移させた。子供とはいえ、魔力持ちの喧嘩は熾烈を極める。魔力は気力だ。気力は感情だ。避け続ける蓮に対する怒りは彼女の怒りを加速させた。


「蓮なんて嫌い!蓮なんて嫌い!」

「どうして!僕は姉様のために、…!」

「私のためだなんて、思ってないくせに!」


 蓮が身体を捻って攻撃を避けると、その先にあった窓ガラスが粉砕された。


「きらい!きらい!!蓮はお人形で遊んでくれない!お話もしてくれない!」

「はぁ…?お人形…?お話し…?姉様、まるでバッカみたい!」

「そうやって、心の底ではずっと私をバカにしてたんでしょ!」


 互いに互いを理解できないと、お互いの意地を振りかざすこの争いは『兄姉喧嘩』と呼ばれるものだった。なんの変哲もない、どこの世界にでもある行動。だけれど、もしそれが普通の人間よりも強い力を持った魔力持ち同士で行う。そして、生まれてはじめての喧嘩だとしたら。手加減などできるはずがなかった。お互いにお互いがどのぐらいで壊れるかを知っている。だけれど、感情のダムが決壊した二人を止める術はない。どちらかが倒れるまで。それは普通の人間なら即死してしまうような攻防だった。


「ほらほら、姉様!全然当たらないよ!」

「うるさい!だまれ!」


 蓮華の怒りをひたすら避け続ける蓮にも、避け続ける蓮を捕捉して力を振るう蓮華にも余裕がなかった。それは互いを止めるための言葉を投げかける余裕。そして、周囲を見る余裕。


 蓮の避けた先に隠れていた、幼い妹の頭をスタンドランプが叩き潰した。笑顔を貼り付けた妹の首がへし折れて、鼻から上の顔全部が崩れていく。


「……ぇ?」


 柔い頭蓋がへし折れて、その中の脳味噌がかき混ざりながらカーペットに溢れた。小さな口からは黄色い胃液のようなものが痙攣するたびに溢れていく。勢いよく溢れる血を見て、蓮華は悲鳴を上げながらも、胡桃の肉体の時間をとめた。


「ひっ、……くるみ…?!」


 頭部が半壊している妹の頭に脳味噌を詰め込んで「いやぁ…っ、…やだ、ぁっ!」と泣き叫ぶ姉を蓮は呆然と見下ろしていた。次に妹を見た。車に轢かれてぐちゃりと潰れたカエルのようになった妹を見て蓮は冷静に「ああ、……死んでる。」と、呟いた。隣におかしくなってる人がいるとやけに冷静になってしまう。救急車を呼んでどうにかなるものでもない。


 しばらくすると悲鳴を聞きつけたメイドが部屋の惨状を見て、悲鳴を上げた。それを聞いた父親や屋敷の使用人が集まってきた。


「蓮、蓮華…、なぜ、どうして…胡桃を…殺したんだ……。」


 父親の声を聞きながら蓮は考えた。これから妹は荼毘に付される。この死体は燃やされて灰となり、塵になるだろう。このままでは妹はこの世から跡形もなく消え去るだろう。それは嫌だ。


「……蘇らせましょう。」

「そんなこと、…。」

「できるのっ?蓮!…私、なんでもするから!」

「……液体の月光、人体の半分、後は魔法の石。人体の半分は胡桃の身体を使います。他は全部、魔法使いの過ごしてきたこの家にはあるはずです。お願いします、皆さんのお力を貸してください。」


 いつか読んだグリモアの魔法陣を床に描く。それを使用人と父も真似て真下の部屋と真上の部屋に描き術式の威力を増幅させた。液体の月光を振り撒き、妹の身体の時間を止めていた魔法を解く。妹の魂を輪廻に還そうとする悪魔の姿を見た。蓮と蓮華はその悪魔を結界で封じ込めた。悪魔が体当たりを繰り返すたびに結界が軋み、魔力が持っていかれる。魔力は気力だ、願いだ。双子は手を繋ぎ直した。


 蓮は悪魔を説得した。妹の魂を持って行かないでくれ。生きてさえいればそれで構わない。お願いだから返してください。僕の宝物なんです。と。


 蓮華は時間の矢を歪めて、妹の身体の時間を戻して戻して、直して。魂を覆うように肉体という殻を配置させる。魂を体に編み込んで繕っていく。


 魔力をごっそりと持って行かれるたびに身体の中ががらんどうになるような感覚に襲われる。恐怖はあった。感覚が削ぎ落とされて、目も、耳も、匂いも、何もかも感じられなくなる。それでもお互いがはぐれないように手だけをしっかりと握って祈り続けた。何も分からなくなって、それでもひたすらに祈り続け、気がつけば二人の世界は真っ白に染まっていた。

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