鏡映


 魔法使いの名門、双咲家。この双咲の血筋には双子が生まれやすい。その中でも生まれつき高い能力を持った当代の御双子は周りの全てに愛されていた。父、母、使用人、市民。後継者としての期待だけではなく、もちろんこの世に生を受けた存在として愛されていた。父親は男児に『蓮』、女児に『蓮華』という名前を与えた。どんな時も互いを思いやり、互いの存在を忘れない、そんな双子に育ってほしいと。




 まったく同じ色の黒い髪に蓮華はブラシを通していく、蓮は静かに黙っていた。蓮の肩を抱き、鏡に向かって蓮華が微笑めば、蓮も同時にほほ笑む。


「そっくりね。」

「そうだね、ねえさま。」

「ええ、にいさま。」


 大きな違いといえば、下に履いているのがスカートかズボンか。その程度だった。蓮華は同じ大きさの彼の手をつないで、真夜中の屋敷の廊下へ駆け出した。お屋敷の冒険は最近の蓮と蓮華のお気に入りの遊びだった。数多の魔法使いが過ごしてきたこの大きな屋敷には魔法がかけられていた。外から見るより広かったり、どこまで行っても果てがないのに戻るのは一瞬だったり。階段から落ちた先にベッドがあったり。それは家の中の小さな冒険だったけれど、まるで絵本のように楽しいものだった。


「きょうはみぎのかいだんにいくの!」

「はい、ねえさま。」

「きっとおたからがあるはずね。ぼうけんだもの!」

「ええ、ねえさま。」


 木でできた階段をゆっくりと上がる。黴臭い、みしみしと音を立てる螺子状の階段。だんだんと闇が視界を奪ってゆき、それでも指先に灯した明かりだけで蓮華は進んでいく、体温の高い兄の手を握り直して。ぱっと振り向くと蓮に向かってとびきりの笑顔を見せる。


「もしおっきなおばけがでてきても、にいさまは、ねえさまがまもってあげるの!」

「ありがとう、ねえさま。」


 階段を登りきるとがらんとした部屋があった。窓のほかには何もなく、埃が隅にたまっていて、蓮は思わずこんこんと咳をした。しかし、彼はすぐに窓の外に目を向けると満面の笑顔を見せる。


「ねえさま、みて、ほしがきれいだよ。」

「あら、おほしさまね。」

「あれはアルクトゥルスっていうんだよ。」

「おほしさまよ?」

「……そうだね。おほしさまだね。」


 それっきり何も言わなくなった蓮のほうを見ることもなく、蓮華は「なんにもないわね!つまんなあい!」と、埃を足で散らした。もうもうと埃が舞い散る。蓮は数度、せき込み、胸元を抑える。しばらくそうしていたが階下から聞こえた微かな音に二人はしんと、静まり返った。


 突如、階段を駆け上がってくる大人の足音に蓮と蓮華はびくっと背筋を伸ばす。父親がベッドを抜け出したことに気が付いて二人を探しに来たのだ。父は眼鏡の奥の赤い瞳で二人を交互に見つめると叱りつけた。


「二人とも!何してるのさ!もう寝なさい!明日も学校に行かなきゃいけないんだからね?」

「ぼうけんなの……。」

「けほ……。」

「……あぁ……。蓮、ぜんそく出てる。苦しいだろう?」


 ポケットから吸入器を取り出し、優は蓮に吸わせた。咳がおさまったのを確認すると、小さな背中をなでて、蓮を抱き上げた。


「あ、そのぷしゅってするくすり、きらい!」

「蓮華にはやらないよ。ほら、早く寝ようよ。ね。」

「はぁい!」


 父の腕に抱え上げられ、蓮華は「おとうさま、おとうさま……。」と夢見心地になりながら頬を摺り寄せた。電灯の灯りに照らされた階段を少し降りて、子供部屋のベッドに蓮華を寝かせる。そのころには彼女は眠りに落ちていた。幸せな夢を見ているような顔をしている幼子に布団をかける。優は、おとなしくしがみつく蓮の頭をなでる。


「蓮はうがいしてから寝ようね。おくすり使ったからね。」

「はい。」

「おとなしいなあ……。」


 この大人しい息子のことが優は心配だった。おとなしくて、手のかからない、いい子。自我というものがあるのか。心配になるほど、蓮は何も話さない。


「……ぼくはなぜいきているのでしょうか?」

「ん?どういうこと?」

「にいさまはねえさまといっしょにいる。たまに、ぼくがどこにいるのか、わからなくなるのです。」


 珍しく口を開いた蓮に驚きながら、抱き上げたまま頭をなでて優は考え込むような顔をした。


「哲学的な……、蓮は蓮だよ。」

「れん……。」

「蓮だよ。蓮。賢くてかわいい僕の息子。」

「んー……。」


 納得していないような。照れているような声を上げて、父の肩口に蓮はぐりぐりと頭を押し付けて甘えた。


「いいんだよぅ、たくさんお父さんに甘えてね。」


 父からタバコの臭いが消えて随分経つ。それはきっと自分の為だろうと考えて、蓮は嬉しくなった。喘鳴が治れば、深く息を吐いて、蓮は微笑んだ。

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