第24話 琴の秘密

二十四 〈 琴の秘密 〉


 見慣れない顔ぶれが増えていた。ベリナスが部下を数名連れてきた。どの面構えを見ても、そこそこに腕は立ちそうだ。いかにも、屈強そうな顔をしている。

 外に一人、見張りを立てた。怪しまれないよう、漁師の姿に身を変えていた。

 夜の闇が、景色を飲み込み、辺りを暗蒼に包み込んでいる。波の音が時折泣いているように聞こえた。

小屋といっても、数名が寝泊まりできるほど余裕があった。四角い金属の器に、暖をとるための炭を並べて囲む。一人だけ、身の軽いビオランは梁の上に登って、そこから全員を見下ろしていた。

 「さて、と。仕切らせてもらうぜ」

 ベリナスが口を開いた。

 「何をすべきか、俺も、今日一日、こいつらと話をしたり、考えてみたりした。単刀直入に言う。やるべきことは二つある」

 全員の顔を見回す。デリーンが期待を込めた顔で頷いた。

 「一つ目は、ラディナス卿の救出だ」

 炭が小さな音を立てた。

「円卓にまで名を連ねた騎士様を、無実の罪で殺させるわけにはいかねえ。それに、このお嬢様を泣かせたとあっては、俺たちの名も廃るってもんよ、そうだな」

 リネットを見て、歯を見せた。彼女は恐縮そうに肩をすくめた。ベリナスの部下も、他意はなさそうな様子だった。

 「二つ目は、サヌードって奴が王位に就くのを、食い止める。そして、出来る事なら奴の手からモルガンを名乗る娘を奪う」

 ベリナスはあえて、「グリンガレット」とは言わなかった。キリアムを見る。彼は険しい顔をしていた。

 癖の強い髪が彼の顔に陰影を落としている。

 「まあ、簡単に言ったが、どちらにしても、かなり危ない橋だ。正直言って、成功する見込みは薄い。だいたいにして、どうやるかは全く未定だからな」

 それは、全員が自覚していた。自然と緊張した面持ちになる。デリーンだけが、いつもと変わらない調子で、不満げに腕を組んだ。

 「そうは言っても、少しくらいは計画があるんだろう。それも無いってのかい」

 「まあ、無いとは言わん。だが、果たしてそれが正しいかはわからん」

 ベリナスはキリアムに体を向けて、彼を正面に見据えた。

 「キリアム、貴公は、死ぬ覚悟ができているか」

 真剣な問いだった。周囲に、微かな戦慄が走った。

 キリアムは、迷わず頷いた。

 「そうか。それなら話が早い」

 デリーンが何か言いかける。制して、ベリナスは続けた。

 「二つの目的を果たすためには、俺たちも二つに分かれなければならん。何故なら、時間が無いからだ」

 「時間が?」

 「ああ、死刑の執行は、新月の日と定められている。つまり、王の儀式が行われる、、まさにその日だ。そして慣例どおりにいけば、ほぼ同じ時刻になるらしい」

 ため息ともつかない音が、誰からというわけでもなく漏れた。

「調べたところ、ラディナス卿が入っている牢はかなりの堅固だ。牢破りは不可能に近い。助ける機会があるとしたら、僅かな隙を狙って。刑場を襲うのが一番だ」

 二の城内の様子を聞きだすのに、大分手間と金がかかった。地の利が殆どないのは、今回の大きな障害だ。リスクもあったが、幾人かの商人や、少し前まで城に出入りしていたという男と知己を結んだ。それでも、情報はまだまだ足りていない。

 「だが、幸か不幸か、そのおかげで、城兵や騎士どもは儀式の行われる広場に集中する。したがって、刑場は手薄になる。上手くいけば、俺たちの人数でも、何とかなる」

 ベリナスは言いながら、残された期間の短さを恨んだ。もしあと半月もあれば、砦から一人でも多くの仲間を呼べたかもしれない。だが、今からでは、もはや遅すぎる。

 「上手くいかなかったら?」

 梁の上から、ビオランが訊いた。

 「騒ぎを長引かせれば、逆に、普段以上に敵が多くなる。そうなれば、最悪は全滅だな」

 ごくり、とつばを飲み込む音がした。

 「だから、二手に分かれる必要がある。ラディナス卿を助ける組と、王の儀式に出向いて騒ぎを起こす奴とだ」

 「騒ぎを起こすなんて、それだけかい? 彼女を助ける役割だろう」

 「そいつはな、期待できん」

 「何だって?」

 デリーンの顔が紅潮した。ベリナスを睨みつける。ベリナスは、仕方なさげに首を振った。

 「どう考えてもな、二つの目的を同時に果たすのは無理だ。だから、優先順位を決めなければならん」

 「だからって、あの子が後回しかよ」

 「ラディナス卿はな、しくじりゃそこで終わりだ。死罪だからな。だが、そっちの娘は、殺されはせん。まだ、機会があるだろう」

 「それは、・・・そうだけどさ」

 言葉に詰まって、デリーンはリネットを見た。

 彼女は、俯いたまま、暗い顔をしていた。

自分自身に責任があると、そう思っているのに違いない。彼女には何の罪もないのに。

彼女はまだ若い娘だ。少女の域を、ようやく出たばかりだ。それなのに、随分と疲れた顔をしている。覚えてしまった深い影は、そう簡単には消えないだろう。

 グリンガレットとリネットは似ている。

 誰かの責任を、決して他人事には出来ない心の持ち主だ。それはある意味では心の強さと言ってもいい。だが、その強さは、時に彼女達を苦しめる。

 彼女の心情にはあえて触れずに、デリーンはベリナスに向き直った。

 「それで、どんな風に分かれるんだ? あたしは勿論、広場で騒ぎを起こす方だよね」

 ベリナスは、首を横に振った。

 「お前は、俺と一緒だ。ラディナス卿を救う・・・いや」

 言いかけた言葉を制したのはキリアムだった。

 キリアムは静かに、不思議な程、穏やかな表情で皆を見た。

 「彼女の方は、私一人で十分だ」

 ベリナスが、目を閉じた。

 「王の儀式には私が行く。他の全員は、ラディナス卿を、頼む」

 「一人でって、あんた正気なの?」

 「無論、正気だ。ベリナス殿は、私に機会をくれるのだ。私が、・・・私の誇りと名誉を取り戻すための、たった一つの舞台をな」

 キリアムの眼には清々しい程の決意が宿っていた。

 「蒼天に恥じる行いを、私は犯していない。だからこそ、正々堂々と乗り込む。たとえ、この身を引き裂かれようともな」

 頷いたのは、たった一人だった。

ベリナスは、キリアムがそう言うだろうと思っていた。彼は真の騎士だ。時代がもっと早ければ、彼は円卓にも恥じない名声を得ていただろう。生まれた時代が遅すぎたのか、いずれにせよ、彼が身を任せるだろう運命を思うと、胸が詰まる。

それでも、感傷を僅かにも見せることなく、ベリナスは炭を火箸で反した。

 「ああ、それしかないだろう。それが、騎士ってもんだ」

 「馬鹿なこと、言ってんじゃないよ」

 デリーンが、たまらず声をあげた。

 「何が誇りだよ死んじまったら元も子もないだろ。なにか、もっといい方法がある筈だ。 例えばさ、あんたの疑いを一発で張らせるような」

 今まで押し黙っていたリネットも、さすがに泣きそうな声で訴えた。。

 「そうです、いくら騎士道と言っても、相手がそれを汚すような輩なのです。キリアム様がいかに正しくとも、信じていただけなければ、どうにもなりません」

 キリアムは、静かに微笑んだ。

 「信じていただけるとは、思ってなどおりませぬ、それでも、私は、我が道を貫くのみ。それが、騎士の生き方なのです」

 彼の意志は揺るぎそうになかった。デリーンもリネットも、真剣な彼の眼差しに見つめられると、それ以上の言葉が見つからなかった。

 「なあ、証拠ってやつだけどさ」

 突然、ビオランが口を挟んだ。

 「王様を殺した矢ってのが、兄さんのじゃないって、証明できればいいんじゃないのか」

 はっとしたように、デリーンはビオランを見上げた。

 「兄さん言ってたろ、気乗りがしなかったから、矢は全部空射ちしたって。だったらさ、森を探して、撃った矢を全部集めて来ればいいんだよ」

 「確かにそれなら」

 思わぬ発想に、リネットの顔も、ぱっと明らんだ。しかし。

 「やめておけ」

 ベリナスの低い声が、水を差した。

 「余計なことだ。証拠などいくら集めても、誰がそれを信じるかよ。下手な弁明は、かえって、怪しまれるだけだ」

 キリアムも、その意見に同意した。

 「ビオランの気持ちは嬉しい。だが、それは私のやり方ではない。私は、この身一つで挑んで見せる。それが」

 ・・・私が彼女に、応えられる全てだ。

 グリンガレットを想った。

 彼女を護るという誓いを、守れなかった自分の贖罪だ。

 「納得しろとは言わねえ。だが、それが俺たちにできる選択だ」

 ベリナスはデリーンに向けて言った。

 彼女は唇を噛んでいた。

悔しいのは、誰も一緒だ。だが、ベリナスはそういう顔をするわけにはいかない。

それよりも、どこまでも冷静に、一つずつ計画を組み立てなければならない時だ。

「最大の問題は、どうやってそこまで辿り着くかだ。そして、どうやって逃げ出すか。一番肝心なところが、まだ何の策もない」

ベリナスは天を仰いだ。

城内の様子を聞き出すだけでも一苦労だった。どこに何があるか、どこに刑場があり、どこを通れるか。方角だけでは、話にならない。

「中の様子を知っている奴がいればな。なるべく詳しくて、協力してくれる奴だ」

「そんな知り合いなんて・・・」

居るわけがない、と言いかけて、デリーンは彼の姿を思い浮かべた。

「もしかして、あの人なら・・・」

「ん、誰か思い当たるのか?」

ベリナスが、意外そうに彼女を見た。

「あたしが城を抜け出す時に、手助けしてくれた男がいるんだ。え、と、名前は何て言ったかな。背の小さい男でさ、だけど、妙に憎めない奴なんだ。・・・ほら、あんたらも知ってる筈だろ」

デリーンはリネットに振った。

彼女は、すぐに思い当たる顔をした。隣に座るセヴィアと顔を向かい合わせる。

「もしかして、ルウメさんですか?」

「ああ!、そうそう、ルウメだ」

二人はやっぱり、という顔をした。デリーンは一瞬嬉々とした顔になったが、すぐに沈んだ表情に戻った。

「だけど、・・・居場所が分からないし、どうしようもないか」

「あの方でしたら」

セヴィアが言った。

「会えるかもしれません。いつも二日に一度は、街に酒を買いに来ますから。わたし、市場に行くと、よく会うんです」

 その話を聞いて、ベリナスが頷いた。

 「決まりだな、そのルウメって奴を探そう。セヴィア殿、頼めるか」

 「勿論です」

 セヴィアは、役に立てることが嬉しそうに頷いた。

 「じゃあ俺らも行くよ、この街は、一人じゃ危ないからね」

 ビオランが言った。

 ベリナスは、まあいいだろうという顔をした。

 デリーンはキリアムに視線を向けた。

 彼は、じっと炭火に目を向けていた。

 黒い木片の内側が、爆ぜるたびに赤々と揺らめく。広がることの無い炎だが、確かにそれは燃え続けていた。


 

 漆黒の階段を、松明の灯りだけが照らしている。

 先を進むサヌードの背を見つめながら、グリンガレットは足元に纏わりつく只ならぬ気配を無視した。

 塔の螺旋階段は、東の物とはまるで違っていた。かなり古い石組みで、幅も十分にある。それなのに、少しでも気を緩めると、奈落の底に引きずり込まれるような錯覚が起こる。

 一段登るごとに、不快さが増した。

一言で表現するなら、禍々しい。この気分の悪さは異常だ。

「ここだ」

サヌードが振り向いた。

その顔は、覚悟は良いか、と聞いていた。

木製の扉には、金属の厚い板が格子型に張り付けられていた。何かを封じるような形にも見えた。

「私なら、大丈夫です」

彼女が応えると、サヌードは太い鍵を出して、扉を開いた。

松明の火が消えた。

一瞬、視界を失う。しかし、一歩室内に足を踏み入れた時、グリンガレットは息をのんだ。

青白い光が、彼女を迎えた。

それは美しく、ある意味では優雅で繊細、そして、限りなく醜悪だった。そのおぞましい光景を目にして、彼女はその場から動けなくなった。全身を恐怖という名の甘美な戦慄が走った。

それは、既に琴では無かった。

もとは竪琴であったものが、中央に鎮座していた。

草や木の装飾で覆われた持ち手は折れ、弦が四方へと飛び散っている。異常なのは、その先だった。何本もの弦が、輝きながら天井まで伸びていた。そこで屈折し、部屋中を蜘蛛の糸のように覆っている。

弦はまるでそれ自体が生き物のように、部屋中を埋め尽くし、あちこちで震えた音を放っていた。その弦の数本が、サヌードの体に吸い寄せられている。彼は、まるで舞踏を踊るようにその輝きと戯れていた。

「これは、・・・貴方はどこでこれを」

グリンガレットの問いかけに、彼は一瞬何も応じなかった。そこにグリンガレットを招いた事すら忘れていたように見えた。しばらくして、彼はようやく彼女を振り向いた。

「最初からここにあったのだ。ただし、小さな箱に隠れて、ひっそりとな」

彼は部屋の隅を指さした。

木箱が空いていた。子供の遊具を入れるような物に見えた。誰の物かは想像がついた。

「私は、それを開けた。我々にしか、開くことのできぬものだった」

 その時の事を思い出しているのか、彼の顔が恍惚に歪んでいた。

「貴方は、呪いと知って、これを開いたのですか?」

「これは、祝福だグリンガレット。我らの魂を鼓舞し、讃え、勝利を導く琴の音だ」

「愚かな」

グリンガレットは顔をしかめた。

傷が、裂けるように痛い。この力に抗おうとしているのだ。

「傲慢と、慢心、そして破滅への衝動。貴方にはそれが分からぬのですか」

「そなたこそ、この調べの素晴らしさが、理解できぬと見えるな」

「この調べ? これは琴の慟哭です。壊れてしまった想いの」

この力は危険すぎる。溢れているだけで、閉じる術が失われている。

サヌードは笑った。彼女が知っている彼の表情ではない。

「この力は、人を操る力だ。この力がある限り、私の言葉には真実が宿る」

彼は本気でそう思っているのだろうか。いや、愚問だろう。彼はもはや、疑うことすら出来ない程に、この力に飲まれている。

「このようなもの、人の心の弱さを、煽るだけの力です」

彼女のつぶやきは、自らにも語りかけていた。これは、やはり自分と同じ力だ。

ただ違うのは、琴は既に暴走を始めている。

サヌードの狂気を煽り、また、サヌードの意志を取り込んで膨れ上がっている。今は内側から溢れる力で本体を震わせているだけだが、もし、彼がその力の解放を望むなら、この琴の魔力はルグヴァリウムの全てを飲み込む事だろう。

おそらく、草木は毒され、獣は死に絶える。人は人でいられなくなる。これは、それ程の力だ。

そして。

いずれ、緑の革帯にも、・・・私自身にも訪れるかもしれない姿だ。

だとすれば、同じ構図がある。緑の革帯が私を必要とするように、この琴の力には源となる者が要る。それは、サヌードか。

「もう、十分です」

グリンガレットは言った。

ゆっくりと。足元にまで張り巡らされた琴の弦を、間違っても揺らすことの無いように慎重に、彼女は扉の外に出た。

サヌードが追ってきた。

部屋の外に出ると、彼は先ほどまでの狂気が嘘のように、いつもの冷徹な顔に戻っていた。

「どうだ、気は済んだか」

「ええ、吐き気がするほどに」

サヌードは彼女が怯えていると感じた。足元を照らすため、松明に火をともす。

だが、グリンガレットは震えてはいなかった。

その眼はサヌードを通り越して、扉を睨みつけていた。

やるべき事が一つ増えた。残されてしまった力を、そこに気付いたからには、放っておくわけにはいかない。

「少々疲れました。・・・お約束通り、明日には剣の真実をお見せしましょう。ですが、今日は休ませてください」

湧き上がる思いを堪え、彼女は囁くような声で言った。



翌朝、セヴィアとビオランは市場に立っていた。

ビオランはセヴィアの祖父の服を借りていた。幾らなんでも、森の民とすぐに解る風体では目立ちすぎると思ったからだ。大きすぎて腹や手足を紐でくくったのだが、あまりにも不格好に思えて、ビオランは不機嫌な様子だった。

もっとも、セヴィアはその姿を可愛いと喜んでいた。

ルウメは、昼過ぎになっても姿を見せなかった。

海辺に比べると、風が渇いて感じられた。街特有の臭気が鼻を突いて、ここに住む者の気が知れないと、ビオランは思った。

いつもなら、この時分になれば、ルウメはどこからともなくふらふらと現れた。お決まりの革袋をもって、酒売りの男に向かって、いっぱいに詰めてくれと猫なで声を出す。そんな姿を、セヴィアはいつも苦笑して見ていた。

「もう、今日は来ないんじゃない」

退屈そうにビオランが呟いた。

「そうですね」

セヴィアも肩を落とした。さすがにこの時間で来ないなら、今日は他に用事でもあるのだろう。諦めて、帰路に就こうとした時だった。

路地の方から、派手な音がした。

喧嘩の音だ。何かが割れ、倒れる音がした。怒号のような声も聞こえた。

気付いた街の人たちは、そそくさと離れ始めた。巻き込まれでもしたら大変だ、そんな様子だった。

セヴィアもビオランの手を掴んで、市場の隅にある小道具やのテントの陰に隠れた。

暫くして、小さな人影が、よろよろと市場に入ってきた。

広場の手前で、足がもつれて、転ぶ。追ってきた数名の男達が、そんな彼に対して、殴る蹴るの暴行に出た。どうやら、どちらも城兵の様だった。

「あいつら!」

飛び出しかけるビオランを、セヴィアは必死で抑えた。

「セヴィアさん、だってあいつら」

「行っては駄目です、相手は兵士です。私たちも何をされるか」

「だけどよ」

ビオランの顔が怒りで真っ赤になった。それでも、セヴィアは彼を放さなかった。

程なくして、男が気を失ったように見えた。

城兵たちは、口々に罵りながら、その場を去っていった。

彼らの姿が遠ざかって見えなくなると、二人は倒れた男に走り寄った。

男はルウメだった。

「ルウメさん、ルウメさん!」

セヴィアが揺り動かすと、呻きながら、彼は細目を開けた。

自分を助け起こす姿を見とめて。

「へへ、こりゃ、セヴィアのお嬢・・・」

口を半開きにする。

「これは、一体何があったのです?」

ビオランが水を汲んできた。セヴィアは服の袖を破ると、浸して、彼の傷を拭いた。

「あんときの奴らでさ」

ルウメはそれでも強気に笑顔を見せた。

「お嬢様を、助けた時のやつら。俺が、三の割札を取り上げられたのを知って、仕返しに来やがった」

「それじゃあ、私達のせいで」

「へへ、こんなの、いつもの事さね」

笑いながら、再び気を失った。どこか痛めているかもしれない。骨など折っていなければいいと思うが、見た目では分からない。

「任せて、俺らが担ぐよ」

「いくらルウメさんでも、一人じゃ無理です」

セヴィアはルウメの肩の下の体を入れて、ゆっくりと起こす。反対を、ビオランが支えた。

「ルウメさん、少しだけ、辛抱してください」

二人がかりで、市場を後にする。

街の人々は遠回りにその様子を見ていたが、誰一人、手助けしようとはしなかった。むしろ、助けるセヴィアとビオランに、おかしなものでも見るような目を向ける。ビオランは、噛みつくような視線を瞼に隠して、しっかりとルウメを担いだ。



日差しは眩しかった。

見上げるあの塔の中で、琴は蠢き続けている。

翌朝、グリンガレットは、自分に何が出来るのか、ずっと考え続けていた。

まずは、ガラティンを取り戻さなければならない。それが、最優先だ。

サヌードに対抗しうる力が要る。彼女が思いつく限り、それはガラティンを置いて他には無い。

もはや、味方は居ない。一人で立ち向かわなければならない時が来た。だが、これまでだってそうだった。特に、今始まった事では無い。

果たしてサヌードは、もし自分が彼を王にしたならば、本当に約束を守るだろうか。キリアムを、言葉通りに許すだろうか。

今は、私を操るために、生かしている。だけど、私自身の価値が、そこまで必要とされなくなったなら。

彼だけではない、自分自身にも、何の保証もないのだ。

小さな内庭には、背の高い木は一本もなかった。

塀のすぐ側には野ばらが垣を作って、季節外れの黄色い花を幾つかつけていた。ローズヒップの実が鮮やかな緑色に輝いて、丸く膨らみかけていた。

もし、これが幽閉されているのではなかったら。ここにテーブルを置いて、昼下がりにお茶会などを開いてはどうだろう。

ふいに、そんな思いがよぎった。

さぞかし優雅な気分になるに違いない。

甘いお菓子を作って、集まってくれた人々に振るまう。

差し出した騎士の顔に、優しく微笑む黒騎士の相貌を重ねて、彼女は慌ててその妄想をふり払った。

子供ではないのだから。

馬鹿なことを考えるものではないと、自分を戒める。だが、彼の顔を思い出した瞬間から、なぜか体がほんのりと暖かくなった。

私は、彼に会いたいのだろうか。

彼と一緒に居た時は、何も意識しなった。多分。

私は彼を試し、彼が信頼に足る人間であると認めた。好ましい人柄であったのは確かだし、彼の近くで眠った時は安心できた。だからこそ、彼を自分の運命に巻き込んだことを、後悔している。ただ、それだけの筈ではなかったか。

なのに、彼の命を盾に取られて、私はあまりにも動揺してしまった。

取り返しのつかないことをしてしまったと、思った。

そして、彼が困ったように自分を見つめる顔を、もう一度見たくなった。

何だか悔しい。

もしかしたら、デリーンの言う通りなのかもしれない。だが、それを認めてしまっては、もっと辛くなる。だから、これまで以上に強くならなければならない。

暗い室内に戻った。

戸を閉めてしまうと、昼か夜かもわからない空間が待っていた。

椅子に腰かけ、爪を触り始める。

割れた姿見はそのままにしてあった。あまり見ないようにした。

ノックをする音が聞こえた。

両の扉を開いて、サヌードが顔を出した。今日はケルンナッハも一緒だった。

ケルンナッハが見覚えのある大きさの、長い包みを抱えていた。

「約束通り、今度はそなたの番だ」

「勿論、そのつもりです」

受け取り、彼女は包みを開いた。

幾年もの間、彼女の側にあり続けていた剣を、久しぶりに眼前にした。

尊くもあり、やはり、美しい。そして、グァルヒメイン卿の面影が浮かぶ。

感慨にも似た感情を胸に募らせながら、その柄をそっと握りしめた。ゆっくりと持ち上げると、幅広の剣の重さが、彼女の両腕に懐かしい負荷をもたらした。

鞘を外し、直後、あまりの変わりように顔を顰めた。

「それが、ガラティンなのか」

疑わしげに、サヌードが訊いた。

「いかにも、ガラティンです。貴方も、晩餐会の夜に目にしたはずです」

剣を逆手に持ち替え、左手を刃に添える。

「ガラティンや、偉大なる王の剣は、意志を持っております」

失われた輝きを見つめて、グリンガレットは言った。

「真の力を蘇らせるは、剣がそれと認めた主のみ。力ずくで奪ったとしても、このように自らを封じてしまいます」

「それでは、奴を、・・・キリアムを認めているというのか、この剣は」

グリンガレットは首を縦には振らなかった。

「この剣は、まだ、誰も認めては居りません。鞘としての役割を預かった、この私の力に応じて、一時的に我が殿に帯びられていたにすぎませぬ」

「鞘の役割とな?」

「剣には鞘がございます。鞘を司るは、古来より乙女と定められております。かつて、偉大なる王のカリバーンもそうであったように」

「その話なら、私も聞いたことがある」

サヌードが頷いた。だが、まだ完全に信用している目ではなかった。

「私には、僅かながら古き力がございます。新しき神が奇跡と呼ぶ聖なる力も、今では悪しき力とされる古き力も、その根源には、同じ力が流れております。ですから、私はこの剣の鞘ともなれるのです」

グァルヒメイン卿は、だからこそ、この剣を彼女に託せたのだ。でなければ、偉大なる王の剣カリバーンと同様、古き契約にのっとり、この世ならざる地へ返す事を望んだはずだ。

死の縁にあってすら、彼女の宿命の行く末を思い、残される人々の世を案じた彼だからこそ、この剣を次の世代へと引き継ぐことを選んだのだ。

その責任は重い。

グリンガレットは刀身を三度撫でた。

それから、両手に持ちなおして、そっと息を吹きかける。

サヌードには聞き取ることのできない言葉を呟き、その誓いを剣に委ねた。

光が生まれた。

彼女の手の中で、ガラティンが再び鋭麗な輝きを取り戻していく。

あまりにも眩い輝きだった。ケルンナッハは、あまりの神聖さに袖で顔を覆い、部屋の外に逃れたほどだった。

呻きのような声を洩らして、サヌードは剣に指を伸ばした。

「なりませぬ!」

グリンガレットが制した。

「今ふれては、また、輝きを失いまする」

グリンガレットは慎重に剣を鞘に戻して、再び幾重にも布をかぶせた。

「触れられぬだと、それでは、何の役にもたたぬのではないか」

「王の儀式まで、お待ちください。さすれば、真の輝きをお見せしましょう」

「それまで、預けよと申すか」

グリンガレットは頷いた。

サヌードは思案顔になった。

もはや、彼女が比類なき剣の使い手であることは知っている。その彼女に剣を与える事の危険性を図っているのだろう。

「よかろう」

と、彼は言った。

グリンガレットは、キリアムが彼の手によって捕えられていると信じている。その嘘を暴く手段を、彼女は持っていない。だからこそ、、彼女にこの剣を渡す余裕が、彼の嘘を隠し通し、真実に仕立て上げる。

そして、彼女が見せた剣の輝きが真実ならば、その栄光は、近い将来、自らに与えられるものだ。

「儀式の日には、この剣によって、王を選びましょう。全ての騎士の前で、一人一人に掲げ剣に問いかけます。剣が応えれば、それが、王の資格を得た証拠になります」

「面白い趣向だが、まことに剣が選ぶのか」

一抹の不安がよぎった。森で彼が手にした時、剣は輝きを失った。同じことが、また起きるのではないだろうか。

「ご心配はいりません」

グリンガレットは、視線を包みに落としたまま、白い相貌に影を落とした。

「真実の答えは、私の中にあります。この剣は、貴方に捧げましょう」

言葉に偽りはない。筈だった。

彼女の心に、その瞬間、恐ろしい考えが浮かんだ。

・・・もし、他に打つ手が、何もないのなら。

・・・この剣を、貴方の、その首に向けて振るうことも出来る。

衆人の目が集まる中で、彼を誅する。。

血塗られた行為、・・・おぞましき死の粛清だ。それを、私は選べるだろうか。

鏡の中のモルガンの姿が、、再びグリンガレットの脳裏に浮かんだ。

これは、彼女の名を選ぶという選択だ。モルガンとして王位を簒奪し、自らがモルガンの名を、永遠に名乗り続ける事を意味する。

・・・だが、それでも私はグリンガレットだ。モルガンの名を名乗り続けても、この心を、失わなければいい。それが、今の私には、残された道だ。

「良い心掛けだグリンガレット。その時を、楽しみにしているぞ」

サヌードは笑った。

慢心が、彼を支配している。最後に笑うのは彼ではない。そうであってはならない。

彼女は静かに頭を下げ、次なる王に従順な礼を捧げた。



思った程は、ルウメの怪我は酷くなかった。

それでも全身に打撲や、擦り傷があって、意識はもうろうとしていた。右のくるぶしと、、左手の小指がかなり腫れて、添え木が必要だった。

セヴィアは手際が良かった。無意識に治療を嫌がるルウメの服を脱がし、リネットが熱いお湯を用意すると、全身を拭いてから湿布と包帯をきれいに巻いた。

熱い湯に何度も手を潜らせたせいで、セヴィアの手は真っ赤になっていた。

デリーンは薬草を選んで煎じた。

飲ませると、あまりの苦さに一度は吐き出しそうになった。デリーンは半ば力ずくで、押さえつけて飲ませた。

殴られた時以上に辛そうなルウメの悲鳴を聞いて、ベリナスは肩をすくめてキリアムと顔を見合わせた。

女性たちの手厚い看護が丸一日続いて、ルウメがまともに話を出来るようになったのは翌朝の事だった。

ルウメはまだ横になっていたが、服も洗われて、大分こざっぱりとした様子になっていた。

染みついた酒の匂いも消えて、少し若くなったようにさえ見える。

ベリナスやキリアムが姿を見せた時は、彼は半身を起こしてリネットと話をしていた。

見慣れぬ騎士と、馬小屋で会ったオークニーの王の姿を見て、彼は驚きとともに、緊張した面持ちになった。

特に、キリアムの姿を見たときには、驚きで眼をいつも以上にくるくると回した。

「よかった、元気になったみたいだね」

良いながら、デリーンが後ろから顔をのぞかせた。

「あ、あんたはデリーンのお嬢様。じゃあ、昨日のはやっぱり夢じゃなかったので」

ルウメが頓狂な声をあげた。彼は名前を憶えていた。それは良いが。

「お嬢さま、だとよ」

ベリナスが笑いをこらえる。デリーンは無言でわき腹を小突いた。

「あんたには助けられたよ。ありがとう」

デリーンが腰をかがめると、ルウメは顔を赤くした。

「よくご無事で、あの後。近衛騎士の連中が出て行ったから、内心、心配してたんでさ」

 「キリアムに助けられたんだ」

 側に立つ、黒衣の騎士を指す。キリアムは相好を崩した。

 「以前、お会いしましたね。貴公がルウメ殿でしたか」

彼もまた、ルウメの隣に片膝をついた。

馬小屋で会った時の事を、はっきりと覚えていた。彼がデリーンを救い、グリンガレットを救おうとしてくれた人だ。そう思うと、心から感謝の念が湧いた。

「酷い目にあいましたね」

「いやあ、俺はこんななりだからね。ちいとばかり怪我をするのは、いつもの事で、慣れたもんでさ」

照れたように言いながら、訝し気に見下ろすベリナスの姿に気付いた。

ルウメの表情が、僅かに固まった。何かを察した様子だった。

「それにしても」

ルウメは周囲を見回した。

「俺なんかに、これだけ手厚くなさってくれるのは、何が目的でもあるので?」

ベリナスは屈まなかった。

「話が早いな。なるほど、抜け目はなさそうだ」

言って、デリーンの肩を引いた。

「折り入って、頼みがある。このデリーンが、お前さんならって、勧めてくれた。こう見えて、こいつが人を見る目は確かだ。だから、ここに連れてきた」

ルウメはデリーンの表情を伺った。彼女は頷いて、彼は信用できると訴えていた。

「今から、ちと込み入った話をする。だが、聞く以上は仲間になって欲しい。無理なら、今すぐ帰っても良い。口封じなどはしたくないからな」

ベリナスの声は、淡々としていた。それだけに、真実味があった。ごくりと唾を嚥下して、ルウメは思案した。

なんとなく、想像は出来る。

あの姫様の事か、オヴェウスの事か、もしくはラディナス卿の事だ。リネットが同席しているという事は、おそらくは後者だろうか。

ケルンナッハの姿が脳裏に浮かんだ。

あの抜け目のない老人は、ルウメが二人を逃がしたことを、もしかしたら見抜いたかもしれなかった。だが、何も言わなかった。ただ、彼に与えていた割符を取り上げた。

彼らに、何かしらの協力をするのは良い。だが、自分が既に目を付けられているなら、それは今度こそ、自分も命取りになるかもしれない。

殴られるくらいなら、堪えればいい。だが、殺されるのは嫌だ。

自分は城に仕えている身分だ。ルグヴァリウムに仕える事で、僅かばかりの金を貰って、飲んで、それで生きている。そうしなければ、飢えて死ぬ。それは、怖い。

キリアムと目が合った。

深い濃茶色の眼が、怖い程に自分を見ていた。嘘も偽りもない、ただ、自分に何かを願っている。それは、何だろう。

デリーンも同じだ、彼女の美しい瞳も、自分に何かを求めている。

それは、期待だ。・・・彼らは自分に期待をしている。

微かな衝撃が、心臓の奥で疼いた。この小さな体の俺が、誰かの期待を受けている。それも、限りなく純粋な思いを込めて。

俺は、何のために生きているのだろう。ふと、そんな考えが頭をよぎった。

同じ城兵に殴られ、それでも笑って。

ガリアに居た時もそうだった。だからブリトン島に逃げてきた。だが、結局は何も変わらなかった。

「俺はさ」

彼は、ぽつりと答えた。

「死ぬのはどうしても怖いんだ。だから、なるべくなら、嫌だなあ」

デリーンが落胆の色を浮かべた。ベリナスは表情を崩さなかった。

「そうか、それなら仕方ない。ま、それが当たり前・・・」

ルウメは首を振った。

「だからさ、死んでもいい、と思うくらいの理由があるなら、・・・それなら、話を、聞いてもいいかなあ」

「ルウメ、あんた・・・」

デリーンが震える声を洩らした。

照れたように、ルウメは頭を掻いた。

「なるほど、死ねるほどの理由か。・・・こいつは参ったな、俺よりも騎士みてえな事をいいやがる」

なるほど、人は見た目ではないとは、よく言ったものだ。

感心を隠しつつ、ようやくベリナスは彼と目線を合わせた。片膝をつき、騎士の礼をする。

「二の城内に入る方法を知りたい。そして、刑場までの道筋と、逃げ道についてもだ」

ルウメはやっぱりという顔をした。

ルウメは決意を込めた顔をして、続きを促した。

ベリナスは、彼らが集う理由と、これから為す事の意味を彼に伝えた。

全ての話を聞き終えると、ルウメは、難しい顔になって暫く黙りこんだ。

彼は大きくため息を漏らした。

申し訳の無い様子で目をきょろりと回し、最初にデリーンを見る。次にキリアム、最後にベリナスへと顔を向けてから、口を開いた。

「入るだけなら、方法はあるさね。・・・だけど、問題が一つある」

「入れるのか?」

「へえ、輸送用の水路を使えば、なんとか」

「水路、そんなもんがあるのか?」

ルウメはセヴィアを見た。

「セヴィアお嬢さんの爺さんなら、、もっと詳しいでさ。城の厨房に、魚を仕入れるための水路がある筈で。ほら、昔は大きい鮫とかを、直接生きたまま運んだりしたからね」

そういった酒宴を、道化をしていたころに、見た記憶があった。おそらく今も、使われているに違いない。

ベリナスが納得した顔になった。

「王の儀式があるから、貴族どもが祝宴を開くって噂だ。二の城内に運ぶ食材が必要になってるって聞くよ。なあ、爺さん言ってなかったかい?」

セヴィアが顔を上げた。

「そう言えば、結構な仕事が入ったって、言っていました。若い人たちが北に行っちゃったから、人手が足りないって」

「なるほど、漁師に化けて、水路から侵入するか。いい手かもしれんな」

だが、ルウメは、悲しげな顔になった。

「だけどよ、一つ問題があるんで」

「言ってたな。何だ?」

「漁師に化けて潜り込むまでは良いさ。だけど、武器が持ち込めないが、良いかね」

「船には隠せんか?」

「城兵も、そこまで馬鹿じゃない。・・・荷物は全部見せないと無理だね」

「でかい魚の腹に仕込むとか」

デリーンが思い付きで呟く。

「そんな大物が何匹もいるかよ」

ベリナスは再び難しい顔になった。

武器が持ち込めない。これは致命的だ。

 いや、武器だけではない、防具すら持ち込めない事になる。だとしたら、どうやって戦えばいいい。

 奪うか、盗むか、どちらにせよ、城内で調達しなければならない。だが、そんな隙が本当にあるだろうか。

 キリアムもまた、難しい顔になっていた。

 自分の戦いに武器はいらない。だから、最悪は丸腰でも構わない。だが、ベリナス達は、刑場の守護兵や騎士を打ち倒さなければ、ラディナス卿を救い出せない。

 十名以上の仲間の武具を、どうやって城内で揃えられる?

 ・・・ラディナス?

 キリアムの脳裏に、あの日見た光景が蘇った。

 方法はある。武器は・・・ある!

 「ベリナス卿」

 キリアムは声をあげた。。

 「武器はある。・・・確実ではないが、二の城内の中でも、十分に揃えられる」

 「本当かキリアム」

 皆が一斉にキリアムを見た。

 キリアムは、リネットに向かって、深々と頭を下げた。

 「お父上の武具を・・・、あの邸宅に収集されていた武器を、お貸し願いたい」

 リネットは驚いた顔をしたが、すぐに大きく頷いた。

 「勿論です。喜んで、ぜひお使いください。・・・その、残っていればですけど」

 「それなら、多分残ってまさあ」

 ルウメが言った。

 「お嬢様のお家は、ダリウス卿がすぐに守らせたって話でさ」

 「ダリウス卿が」

 「へえ、あの方は唯一、お父上の無実を訴えておいでで」

 リネットが嬉しそうに両手の指を組んだ。

 「そうと決まれば」

 ベリナスはセヴィアに声をかけた。

 「爺さんと話をさせてくれ、世話になりっぱなしで申し訳ないが、もう一つ頼まれてくれないか、とな」

 セヴィアは了承すると、すぐに走りだしていった。

 これで、少しずつ、計画が出来てきた。あとは、漏れないように気を付けて、実行に移すだけだ。

 ルウメと目が合った。

 小さな彼の表情に、ほんの少し不安げな色が浮かんでいた。大きな計画に身を投じる興奮よりも、今のこの生活を失う可能性と、怖さが勝っているのだろう。当然だ、いくら勇敢でも、彼は騎士では無いし、生粋の戦士ではない。だが、そんな彼だからこそ、この決断は賞賛に値する。

 ルウメは、立派な男だと、ベリナスは思った。

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