第7話 陰謀

七 〈 陰謀 〉


 キリアムはしばらくの間、城に滞在し客将として扱われることになった。

 王侯に準ずる身分を認められた。部屋は例の迎賓館の一室を使うことになり、グリンガレットはその地下に使用人の部屋を割り当てられた。

 もっとも、その部屋にグリンガレットが向かう事はなかった。

 キリアムが身の回りの事もあるので、どうしても側にと言い出したのである。グリンガレットにとってはどちらでも良かったが、結局はキリアムの申し出が通った。

 晩餐会を終え、部屋に戻るころには大分夜も更けていた。

 キリアムは高級なワインを大分飲んだが、全く酔った気がしなかった。グリンガレットは少しのパンと肉、果物を幾つか分け与えられ、部屋に戻った。

 例の使用人の男は、普段は王殿に居るらしく、この建物は警護の兵を除けば無人かと思う程に静かだった。振る舞いや物腰は丁寧だが、時折見せる表情や言葉には、確かな誇りを感じる。もしかすると、使用人というよりは、もう少し高い身分にある人物なのかもしれない。

 グリンガレットの足音が低く、それでいて確かに響いた。

 部屋の立派な調度品も、燭台の明かりばかりになると、白地の壁に揺らいだ影を無数に作り上げ、一瞬、部屋中に昨夜の亡霊が溢れるような錯覚を覚えさせた。

 古めかしいソファにキリアムは腰を下ろし、グリンガレットは一通り室内を見回してから、毛足の長いカーペットに直接、座り込んだ。

 パンを二つに割り、大きい方にナイフで切れ目を入れ、上手に肉を挟む。そのまま食べるのかと思ったら、そちらはキリアムに差し出した。

 「先ほどのご様子では、食べた気もしなかったのではありませんか」

 「お前こそ、何も食べていないのだろう」

 「私の分は、このくらいあれば十分です」

 グリンガレットは残った方を食べ始めた。キリアムもつられて口に運ぶ。思った以上に芳醇な小麦の匂いがして、肉の旨味が口いっぱいに広がった。先ほども食べたはずなのに、こうも違って感じるものかと、驚くほどだった。

 「なあグリンガレット。私は上手くやれたのかな」

 一気にパンを平らげてしまうと、キリアムは訊いた。

 「上出来だと思います。分かったこと、分からぬことがありますが。こうして居をいただけた以上は、急ぐことでもありますまい」

 「そう言うが、私には少し整理する時間が必要なようだ。恥ずかしい話だが」

 「どちらから話しますか?」

 「何がだ」

 「分かったことと、分からぬことにございます」

 「ああ、そうか」

 キリアムは自分が随分と頭の悪い男に思えてきた。酔っているのかもしれない。そう思えば少し気が楽だった。

 「分かったことから、教えてくれ」

 グリンガレットは頷いた。

 「まず一つ目は、真偽はともかく、王はなにがしかの緑の革帯を持っております」

 「そうだな、そう言っていた」

 「はい。それに、王は野心家で、どうもサクソンとの早い開戦を望んでおります」

 キリアムも同感だった。こんな国の窮状を顧みもせず、王は戦を求めている。

 「それに同調しているのが、サヌード卿とオヴェウス卿。それに宰相のアブハス様。ラディナス様一人が反戦派ですね。ダリウス卿は・・・すみません良く分かりませんでした」

 「ラディナス卿は冷静だな。さすがに元円卓の騎士だ」

 「それと、これもまた真偽は別にして、この城にはタリエシン様を名乗る詩人が滞在しています。我が殿は、タリエシン様とお会いになられたことは?」

 「面識という程ではないが、一度だけ目にした事はある。父の友をしてキャメロットに行った時だ。背の高い方だった。何か、吟じていたような気がする」

 「私は少しだけ話しをしたことがあります。殿方ですが、とてもお美しい方でした。もし本当にタリエシン様なら、お会いしたいものです」

 グリンガレットの言う美しいとはどんな意味なのだろうか。キリアムの記憶にはその詩人の顔が印象に残っていなかった。

 「他に分かったことは」

 「最後にそうですね。殿はあまり歓迎されてはおりません。むしろ、煙たがられてしまいましたね」

 「それは私が一番よく分かったよ」

 キリアムは肩をすくめた。

 「それでは我が殿も、全てご理解されております」

 「そうなるのか? それが全てではあるまい」

 グリンガレットは申し訳なさそうな表情で、果物を切り分けた。やはり、キリアムの分を先に差し出した。

 遠慮なくたいらげると、果物の酸味が胸の重みを、少しだけ軽くしてくれた。ふと、グリンガレットの口元に目がいった。白く細い指が、果汁に濡れている。それを何気なくぺろりとなめとる仕草が妙に艶めかしく、キリアムは背徳を犯しているような気分になって目を背けた。

 そんなキリアムの心を知らず、グリンガレットは話を続けた。

 「分からなかったのは、王やその側近たちの自信の源です。この国の窮状を目にしておきながら、何故あそこまで戦を起こすことに自信があるのか。はじめは緑の革帯のせいかとも思いましたが、サヌード卿といい、アブハス様といい、皆がそれに同調している事がどうも気にかかります」

 「革帯の力とは、また違うと?」

 「そんな気がするのです。それに、タリエシン様の事も不思議です。話が本当であれば、なぜあの方はこの城に来られたのでしょうか。それに、ラディナス様。あのお方もこのような城に身を置く方とは思えませぬ。何か理由があるのではないでしょうか」

 グリンガレットの言葉は、一つ一つがもっともだった。

 しかしながら、キリアムにはそれ以上に疑問に思った事があった。

 目の前のグリンガレット、その人の事である。話を聞きながら、彼女はなぜそこまでにこの国や城の事を考えているのかと不思議になった。革帯の事もあるのだろうが、それをさておいても、彼女はこの街の現状を憂いている。

 そんな疑問を抑えて、キリアムは訊いた。

 「教えて欲しい事がある。この後、私は何をすれば良いのだ。つまりは、どう誰と接し、どう演じればよいのか、という意味だが。王は私に敵意を抱いているように思えるし、グリンガレット、お前は、もっと私に話せることがあるのではないか」

 グリンガレットは少し困ったように見えた。

 おそらくまだ、彼女は隠していることがある。しかも、一つや二つでは無いのかもしれない。それは同時に、キリアムが、まだ彼女の騎士として、信頼を完全には得ていないという意味だ。

 キリアムは答えを待った。

 グリンガレットはしばらくの間、悩ましげに視線を伏せていたが、あきらめたように口を開いた。

 「エイノール王が、我が殿を敵視する理由は、知っております」

 彼女はガラティンを見た。ガラティンを通して、かつての主を思い起こしているのはすぐに分かった。

 「エイノール王にとって、グァルヒメイン様は仇になるのです。王の義兄、先の城主ユーウェイン卿の命を奪ったのですから」

 「な・・・」

 キリアムは言葉を失った。

 何かの聞き違いではないのだろうか、二人は同じ円卓の騎士で、親友だったと聞いていた。現にユーウェイン卿はグァルヒメイン卿に敬意を表し、緑の革帯を持っていたと、当のエイノール王本人も言っていたではないか。

 「聖杯探索の折です。二人は霧の魔法に惑わされ、互いを化物と思い込み、お互いと気付かず戦ったのです」

 グリンガレットは静かに語った。

 「不幸な出来事でした。聖杯の探索は騎士の本分とは異なるものだという事を、その時の誰もが気付きませんでした。

武勇を誇る者は、その武勇によって身を亡ぼし、情愛にふける者はその情欲によって、気品を尊ぶ者はその尊厳が故に、皆、志の半ばで傷つき、絶望と挫折に苛まれました。

グァルヒメイン様もユーウェイン様も、誰よりも自らの武が秀でていると信じておりました。その心を、霧の魔法によって利用されたのです」

 「それで、二人が殺し合い、グァルヒメイン卿が勝ったと」

 「いえ、実際には勝負は引き分けでした。互いの剣で互いの胸を刺し貫いたところで、魔法が解け、二人はその過ちに気が付きました。普通であれば、二人とも即死でございましたでしょう。ただ、違っていたのは、グァルヒメイン様が本物の緑の革帯を身に着けておられたことにございます」

 「革帯の魔法に守られた。そういう事か」

 グリンガレットは頷いた。

 その事は、グァルヒメイン卿を後々までに苦しめた。

 友を殺してしまったグァルヒメイン卿は、罪の意識に聖杯探索を諦め、キャメロット城に戻った。その後の孤独を思えば、グァルヒメイン卿が緑の革帯の魔力を恐れ遠ざけた事も、その負い目が一つのきっかけになったのだと、彼女は思っていた。

 卿は豪胆な性格で知られているが、繊細な心根の持ち主でもあった。特に自分が身内と思った相手に対する親愛の情は、驚くほど深かった。

 偉大なる王は博愛を好んでいたが、グァルヒメイン卿は万人に対する博愛よりも、心に決めた者に対して深く情愛を注ぐ人だった。

 「ユーウェイン卿の最後については、偉大なる王がその真実を知り、グァルヒメイン様の罪は許されました。ですが、エイノール王にとって、グァルヒメイン様が、義兄の仇であることには違いないのです」

 「なんという事だ」

 キリアムはそれだけ言うのがやっとだった。

 知らされた事実に対することも驚きながら、それを知っていながらキリアムにそれを教えず、グァルヒメイン卿の継承者を名乗らせるグリンガレットの真意が見えなかった。

 キリアムの相貌に疑心の色が浮かんだのを、彼女は敏く察した。

 「その方が良いと思ったのです。もしこのことを先に知っておりましたら、我が殿はエイノール王に会われるのを躊躇いましたでしょう。先ほどの様に豪胆に話も出来なかったかもしれませぬ・・・」

 言いながらグリンガレットは、自分は何と嫌な女なのだろうと思った。

 自らの目的のために、自分に好意を寄せた騎士をこうまで利用しながら、心の底からその相手を信用しようとはしない。断片的にしか真実を明らかにせず、言葉巧みに都合よく操ろうとしている。

 グリンガレットは、今自分がどんな顔をしているのだろうかと不安になった。

 タペストリーに刺繍された、血の気の無い女の顔が脳裏に浮かぶ。

 これが自分の本性なのだ、という気がした。自嘲めいた思いが胸の奥から沸き上がり、まるで水面に墨を流したように、全身に広まっていった。

 所詮騎士ではない、自分は、言うならば魔女だ。

 「私は、それほど弱くみえるか」

 キリアムが言った。少しだけ感情的になった声だった。

 「いいえ」

 グリンガレットは首を振った。それは本当だった。キリアムに対する心象が、少しずつ確実なものに変わってきている。彼は頼りになり、おそらくはこれ以上ないほど誠実だ。

 それでも彼に対して秘密を作ってしまうのは、むしろ彼女自身の意固地さと弱さのためかもしれない。

 彼が強く、立派であればある程、グリンガレットはかすかな嫉妬と悔しさを覚える。それが理不尽な感情であることは確かだが、その理由を自覚しながらも、彼女はまだそれを認めたくはなかった。

 「これからは、もっと先にお話しします」

 グリンガレットは言ったが、嘘になりそうな気がした。

 「一度誓ったのだ、子細はお前が語れるときにのみ聞こう。けれど、一つだけ約束してほしいことがある」

 「なんでしょう」

 「私を信用してくれ。試すのではなく、信じて私にそれをさせてくれ」

 キリアムは跪き、グリンガレットの手を取った。

 彼女の手は思った以上に冷たくなっていた。

 微かに震えている。その手の甲を持ち上げ、再びそこに誓いの口づけをしたとき、グリンガレットは体の奥に痺れのような感覚が走るのを感じた。

 「信じます、我が殿。ですが、我が殿もどうか信じ下さい。私の言葉や行い、それら全ての理由は、蒼天に恥じるものではないという事を」

 「私も信じるとも」

 キリアムは、急に目の前のグリンガレットが、小さな乙女に思えた。

 言動ほどは、強くはないのかもしれない。むしろ、守ってやらなければ、本当に壊れそうなほどの危うさが、一瞬垣間見えた。

 純粋なものほど、強く、脆い。

 今の自分が、ゴドディンの安寧よりも、もっと違うものを欲していることに、キリアムはその時気付いた。

 「明日よりは、我が殿は普段通りになさいませ」

 グリンガレットは言った。

 「我が殿の動きは、衆人が注目しましょう、先にもお話しした通り、堂々となさって下さるのが一番です。その代わり、私は少し調べ物をいたします」

 「危険なことはないのか」

 「私のような小物を、誰も気にはしますまい。大丈夫です」

 素直には納得できなかったが、キリアムが何を言っても、彼女が彼女の思う通りにしか動かない事はわかっていた。それに、自分には、まだ彼女の使命に対して踏み込めない部分が残っている。

 キリアムはもう一度ガラティンを見た。

 グァルヒメイン卿の遺した使命。なぜ、グリンガレットのような娘を、彼は従者に選んだのだろうか。そして、どのような思いを持って接し、その最後に剣を託したというのだろう。

 もう少し深く、彼女を知りたい。キリアムはただ、そう思った。


 色あせた肖像画が見下ろしていた。

 王の間に入ると、そこが自分の居場所であるにもかかわらず、エイノール王はいつも心が乱れるのを覚えていた。

 最も新しい肖像画は、ウリエンス王とその妃モルガン・ル・フェイを描いたものだ。その次の場所には、本来であればユーウェイン卿が入るはずだった。

 だが、ユーウェイン卿が王位を継いでいる間、彼自身が王座に座る事はなかった。

 ウリエンス王の死後、エイノール王がこの城を継ぐまでの間、その数年は、実際はモルガン王妃の時代だった。ユーウェイン郷は国に戻らず、やむを得ず、モルガン王妃が夫の跡を継いだ。

 決して良王ではなかったが、ウリエンス王は生涯を、国を治めることに費やした。それが野心家であったモルガン王妃の不満を膨れさせ、様々な不幸の種を生んだ。そして、その鬱憤を晴らすように、モルガンは王権を手にすると、欲望のままに勝手を行った。

 それでも、民は彼らを憎む事はなかった。

 事実、エイノールが王位につくまでの間、モルガンが行った治世は正しいものではなかったが、その僅かな期間でさえも、民衆は王制を支持していた。

 では、今はどうだ。

 エイノールは見上げた。

 ウリエンス王の眼差しは、エイノールに何かを糾しているように見えた。その理由が分かったならば、エイノールの苛立ちも少しは治まるのかもしれない。

 夜も更けたせいか、琴の音が止んでいる。その事もまた、エイノールの底知れぬ不安を掻きたてていた。あの音色が響いていると、彼は自分の行いが正しいものという自信を持つことが出来る。王のタリエシンが、自分を選んだという、身に余る光栄を受け入れることが出来る。王の王たる資格が、自分には備わっていると、そう感じる。

 しかし今は、この静けさの中にあっては、彼はその自信にすら不安を覚えていた。

 サヌード卿が静かに姿を見せた。

 若く痩身のこの騎士は、エイノールにとって最も信頼のおける一人だった。

 「アブハス殿は政殿の方へお帰りになりました」

 サヌードはいつもの感情を抑えた静かな声で言った。

 「商人のアイソンというのは、どうした」

 「明日の朝一番で、再訪されるとのことです。アブハス殿が上手くなさるでしょう」

 「ローマとのつながりをないがしろにはできぬ」

 頷きながら、サヌードは別の思いを抱いていた。

 ローマからの商人を大事にするのは、偉大なる王が重んじたやり方だ。それはそれで悪くはないが、ブリトン島とローマではあまりにも距離がありすぎる。アイソンも言っていたように、今はガリアの騎士が交易ルートを守っている。それとしても、いつ何時途絶えるかわからないのが現実だろう。

 それよりは海を隔てて交易できるルートを大切にするべきと思う。だが、それを説いたところで、今のエイノール王にその道理が通らない事は目に見えている。

 そもそも国の大事を軽々しく語るのは近衛騎士の仕事ではない。ラディナスのように何にでも意見をするのも、彼の思う騎士の有り様ではなかった。

 「キリアムをどう思う」

 王が訊いた。

 サヌードは片眉を少し上げて王の顔色を見た。

 「とんだペテン師にございます。しかしながら、あの剣を持つ以上、無視は出来ますまい」

 「そうなのだ。・・・奴め、この国に何をしに参ったものか」

 「我が国に助力を、とは申しておりますが、その本心は計り兼ねます。まず、何かしらの下心はあるかとは思います故、よく見極めるつもりです。・・・陛下、何かご懸念でも?」

 「そなたなら、分かるであろう」

 不機嫌そうに王が膝をたたいた。

 確かに、サヌードには察しがついていた。

 王がキリアムの登場を快く思わない理由はいくつかある。彼があのグァルヒメイン卿の継承者であることが最大の理由だ。何よりも、他国とはいえ王位継承権を持つものが身を寄せた事は、王の予測の範囲外だったのに違いない。

 領地の事ではない。

 ノヴァンタエ領はエイノール王の領地だ。それは揺るがない。しかしながら、王がそれ以上を望むとすれば、キリアムの存在は小さな棘のようなものだ。

 偉大なる王がゴドディンのみならず、ブリトン島唯一の王を宣言した時にも、十一人の王がそれに反旗を掲げた。彼らを説得し、時には戦い制し、または懐柔する事が偉大なる王の最初の試練だった。

 そして今も四人の王が残っている。

 ゴドディンを奪還し、ブリトン島全土を再びブリトン人の手に取り戻すことを考えるのなら、全ての王の結束が必要になってくる。だがもし、キリアムのような王権を持つものが他にもいるとしたら、彼らはブリトン統一の助けにもなれば、逆に障害になる可能性をも秘めている。

 結束のためには、誰か、新しい偉大なる王が必要だ。

 サヌードは目の前のエイノール王を見た。

 「陛下の偉業にとって、味方となれば良いのですが。敵ともなれば厄介ですな」

 エイノールは立ち上がり、厳しい表情のままにサヌードの側に寄った。

 「どうであろう、留め置くべきか」

 「迷うところです。いずれにしても、長くは捨て置けぬでしょう。あの剣の事も、噂に広まるのは時間の問題かと。アイソン殿の口は、大分お軽いようにお見受けいたしました」

 サヌードはエイノール王が、四王の頂点を欲していることを知っていた。それと同時に、王の中の王を名乗る為には、どうしても足りない物がある事も知っていた。

 「ガラティンか」

 苦々しげにエイノールが呟いた。

 そうだ。ガラティンだ。

 サヌードはその名が意味する事に気付いていた。

 王の王たる所以は、大義、正統、祝福、そして蒼天がそれと認めたる証だ。

 大義、つまり戦う理由はある。祝福は、タリエシンの琴の音がもたらすだろう。しかし、正統性と、蒼天の証はどうか。

 偉大なる王の時は、聖剣カリバーンがそれを担った。魔術師マーリンが導き、剣が王の証となる先例を作り上げた。

 だからこそ、エイノール王は剣を求めている。

 「ガラティンは、かのカリバーンの姉妹剣。陛下のもとに現れたというのは、もしや天の導きかもしれませぬ」

 サヌードは氷のような瞳でエイノールを見た。

 エイノールの唇が、一瞬何かを言いかけて止まった。指先をサヌードに向けて、小さく震わせる。

 「陛下。私に考えがございます」

 「言ってみよ」

 「ガラティンを、我がものとするのです」

 その言葉をエイノールは待っていた。が、その思いを必死に隠し、横に首を振った。

 「ならぬ。いかに素性の不確かな相手とはいえ、客将の剣を奪ったとなれば、我が汚名となる。もしその事が広まりでもすれば、我が国の信用は地に落ちるぞ」

 「キリアムに、その資格がないとわからせれば良いのです。色々と手は御座います」

 ごくりと、エイノールは唾をのんだ。

 サヌードが微笑を湛えている。この男が笑うのは滅多にない。

 サヌードは、エイノール王の王位が危うさを秘めていることを知っている。エイノールはユーウェイン卿の義弟だ。つまり、卿の妻ロディーヌの弟である。その点において、ウリエンス王やモルガン妃の血筋ではない。彼が頼みとする正統性は、ユーウェイン卿が存命時、王位を継承済みであり、彼の死の際に緑の革帯を受け継いだことによって、王位を譲渡された事を主張したからである。

 だが、肝心の王位継承の儀式を、ユーウェイン卿は行っていない。

 更に、モルガン妃には、他にも多くの子息があった。その殆どは先の大戦で偉大なる王とともにこの世を去ったが、行方の知れぬ者もいる。

 加えれば、ウリエンス王にも庶子があったという噂がある。

 それらの存在が、いつこのルグヴァリウム城に姿を見せぬとも限らない。

 キリアムの出現は、そんな未来を予感させる。

 彼のような存在を認めてしまうことは、エイノールにとって、ひいてはこの国にとっても、良い先例とはならないのではあるまいか。

 「そなたに、任せれば良いと申すか」

 絞り出された言葉に、サヌードは我が意を得たとばかりに頷いた。

 「御意」

 エイノールが手を一振りした。

 下がれ、の合図だ。それはつまり、全てを自分に委ねたことを意味する。

 「陛下に蒼天の祝福があらん事を」

 サヌードは恭しく頭を垂れ、さっと踵を返した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る