第4話 魔剣

四 〈 魔剣 〉


 昨夜の事があってから、グリンガレットは言葉数が減った。

 二人は、朝早くから城門を目指した。

 キリアムは老馬に乗り、グリンガレットは従者らしく手綱をひいて歩いた。

 こうしてみると、キリアムはますます立派な騎士に見えた。これに家名を示す盾があればなお見栄えが良かったのだが、改めてしつらえるほどの余裕はなかった。

 城門が近づくにつれ、通りには人の数が少なくなった。

 ルグヴァリウム城は二重の城壁で仕切られている。市街地を抜け、かけ橋を備えた内門をくぐると、王の居城が見えてくる。

 川の支流を引き込んで町の南側を東西に走る水路が、門の周囲で堀を形作っている。勢いが弱まるせいか、堀の水は水路に比べて緑色に淀んでおり、どこか生臭い異臭を生んでいた。

 堀の手前には小屋や馬屋がいくつか見られた。

城勤めをしている城兵の宿舎なども並んでいる。先の街並みに比べれば、屋根もしっかりとした家が多い。

 幾人かの兵士が、キリアムを見て、何かしらひそひそと話しているのが見えた。

 見上げると、キリアムは唇を引き結んで、少し眉根を寄せていた。

 「知っているのだ」

 キリアムは低い声で言った。

 「この城の騎士に腕試しを挑んで、敗れた男と知って笑っているのだ」

 「剣を折られ、馬を殺されたのでしたね」

 「ああ」

 悔しげに顔をしかめる。

 「では、その恥を注ぐと致しましょう」

 グリンガレットは足を止め、キリアムに寄った。

 顰めた声で、

 「我が殿が敗れたことは、皆が知る事実。であれば、隠し立てせず、もう一度挑戦しに参ったと堂々と仰せられませ。おそらくはたかを括り、最初は相手にもされぬでしょう。もし、そうなった時は私が話をいたします。決して悪いようにはなりませぬ。・・・しかしながら」

 グリンガレットは言葉を区切った。

 「我が殿はもう一度闘わねばなりませぬ。そのお覚悟はおありですか」

 キリアムは少しだけ唇を震わせたが、厳しい表情のまま頷いた。言葉が出ないのは、自信が無いのだろうとグリンガレットは思った。

 「私は城に入りたいのです。王に会うためには、勝たねばなりませぬ」

 「お前の言う通りだが。・・・私にやれるか」

 不安は当然の事だ。先の不名誉な対決の後、キリアム自身が変わったわけではない。むしろ、今は盾も失い、腰の剣は安物の数打ちだ。それでも。

 「やり遂げていただけねば困ります」

 グリンガレットはきっぱりと言った。

 「簡単に言う。私にも名誉はある。しかし、もし勝てなければと、考えてしまう」

 「私の名誉も、我が殿に賭けておるのです」

 彼女は視線を愛馬に移し、艶のある首筋を撫でた。

 「この子は、最高の友です。我が殿を必ずお守りいたします。信じ下さいませ」

 ぶるる、と、馬が頷いたように見えた。老いてはいるが、その四肢にはまだ力がみなぎっている。キリアムの体重は軽くもないが、それをも感じさせない足取りだ。

 「賢い馬なのだな」

 「ええ、とても賢く、驚くほどに強靭です。相手がどのような馬であろうとも、決して引けを取りませぬ。我が殿は身を任せればよろしいのです」

 「見事な毛並みだ。よほどの死線を潜り抜けた名馬なのだろう」

 「数え切れぬほどの、戦いを生き抜きました」

 グリンガレットの言葉は、まるで老馬に伝わっているようだった。老馬の身震いが、キリアムの体に伝わり、何ともいえない高揚感が伝わってきた。

 「まだ、勝てる自信は湧きませぬか」

 グリンガレットは再び訊いた。

 「自信があるとは、正直言いきれぬ。しかしながら、やるだけの事はやろう」

 「我が殿ならば、必ずやれます」

 「随分な自信だな。その自信はどこからくるのだ」

 グリンガレットは微かに笑った。

 主従の言葉遣いが自然になってきた。キリアムも役割を演じてくれている。

 「殿は私が主と決めたお方ですから、当然のことです。腕前も信じております。あの橋の上で、私を倒された方なのですから」

 「それは、少し違うのだが」

 本当は逆なのだ、と自分に言い聞かせた。グリンガレットの言葉を聞いていると、まるで本当に自分が主人で彼女が従者のように感じてしまう。

 まるで魔法だ。

 キリアムは心の奥で覚悟が決まるのを感じた。

 自分が無様な姿を晒せば、その従者であるグリンガレットも嘲笑の対象になる。裏を返せば、キリアムは自分が主人と認めた相手を貶めることになる。

 彼女の名誉を守るのは、自分にとっての使命なのだ。

 「そこまで信じてくれるのなら、お前のために戦う。それで良いか、グリンガレット」

 今度は、はっきりとした言葉になった。

 その表情を見て、グリンガレットは嬉しそうに「はい」と答えた。

 キリアムはかけ橋の前に立って声をあげた。

 「わが名はキリアム・グレダヴ・コホなり。王にお目通りをお願いしたく参上した」

 城兵がどっと笑うのが分かった。

 城門の上から、誰かが答えた。

 「覚えているぞ、南の黒騎士。勝負に敗れ、おめおめと逃げ帰ったのは、そう昔の事ではあるまい。もし忘れたとでも言うのなら、なんとも面の皮の厚い御仁と言わねばならぬ。悪いことは申さぬ、恥の上塗りはその辺にして帰るがよい。我らも、我が王も、貴公のような軟弱者に関わっている程、暇ではないのだ」

 軟弱者という言葉を聞いて、キリアムの顔色が変わった。屈辱と怒りに我を失いかけたが、諭すように触れたグリンガレットの掌を感じて、どうにか昂る思いを抑えた。

 「左様。先日は私の完敗であった。貴公らの腕前は誠に見事である。それゆえに、今度はこちらも身を整え、改めて出直して参った。もし、再度試練を下さるというのならば、喜んで挑戦致そう」

 「なんとも分からぬ御仁よ。貴公の腕はもはや見極めておる。我が城には相応しからぬと申しておろう。帰られよ」

 城兵の言葉には、取りつくしまが無いように感じた。キリアムは困ったようにグリンガレットをちらりと見た。グリンガレットは頷いて、一歩進みでた。

 「わからぬのは、そちらの方であろう」

 グリンガレットの凛とした声は、一瞬にして、その場の空気を引き裂いた。

 麗々とした声の主は誰なのか、好奇と戸惑いが周囲に渦巻き、兵士たちが一人、二人と、顔をのぞかせはじめた。

 周囲をふてぶてしく一瞥して、グリンガレットは続けた。

 「我が殿が、そちらの名誉を守らんがため、あえて一度敗れて見せ、こうして出直してきたことも分からぬか」

 「なんと申すか、我らの名誉だと」

 皆の注目が、若く美しい従者の少年へと注がれた。

 不敵な笑みを浮かべてみせて、グリンガレットは城兵を注意深く観察した。近くには騎士風の姿はない。答えているのは塀の上に立った男のみだ。キリアムと戦った男かと目を凝らしたが、どうもそれらしい風貌ではなかった。

 「いかにも」

 グリンガレットは声を一層張り上げた。

 「貴公らはこの地を治めしノヴァンタエ王の騎士であろう。だとすれば、同じブリトンの民である。我らは決して敵ではない。先だっての訪問の折も、我が殿は諍いをしに参ったわけではない。むしろ、貴公らに助力いたすべく、お考えになられて参ったのだ」

 「助力とはなんとも大口をたたくものよ。・・・そのような未熟な腕で、わが王のお役に立つとでも思ったか。身の程知らずとは貴公達の事だ」

 城兵が罵った。

 再び嘲笑が起こったが、制してグリンガレットは続けた。

 「片腹痛し。いたずらに血を流し、王の威を汚さんがため、はじめは貴公らを立てたにすぎぬ。さもなければ、誉れ高き騎士である我が殿が、どうして自らそしりを受け、恥を重ねるような行いをしてまで、この城に戻り来るものか」

 嘲笑がざわめきに変わる。

 キリアムもまた、グリンガレットの口上に感心をせずにはいられなかった。

 グリンガレットは先日のやり取りを見たわけでもない。それでも彼女の言葉を聞けば、なるほど、先日の事はそういう訳があったのかと思いたくもなる。

 自分自身の恥が薄れ、少しずつ形を変え始めたのを感じて、キリアムは熱いものを覚えた。

 「考えてもみよ。我が殿がはじめから勝とうものなら、この城は殿に優る勇者なき城にて、我が慎み深き殿はその身を置くに相応しからぬことになるであろう」

 グリンガレットの声はますます勢いを増していた。

 「一度敗れ、日を改めておればこそ、今日、貴公らに勝ったとて一勝一敗、これならば互いの顔も立つというもの。我が殿は礼に厚く、思慮、海のごとく深き御方ゆえ、その意は申し語らず。しかれども、我は従者にして、我が主人が言われ無き辱めを受くることは耐えがたし。我が言を偽りと思うならば、誰ぞ、いざ我が殿と勝負されたし」

 一気にまくしたてると、城兵はついに沈黙した。

 従者にして、この堂々とした物言いは、確かに並の騎士とは思えない。嘲りに満ちていた表情は、いつしか不安と警戒心に満ちたものへと変わっていた。

 しばらくの間、グリンガレットの迫力に気圧された城兵たちの中に、進み出て罵るものは居なかった。塀の上の城兵も、もはや言葉を失っていた。

 どうするものかと、用心深く様子を見ていると、しばらくして、かけ橋の奥の方が騒がしくなり、数名の城兵が左右に走り整列するのが見えた。

 野太い、耳障りの悪いかすれた声が響いた。

 「俺様に敗れた田舎騎士が、今更何をほざいておるのだ」

 馬上姿の騎士が、ゆっくりとその姿を見せた。

 いや、グリンガレットは直感的に、相手が騎士である事を認めなかった。理由は簡単だ、騎士の持つべき品位と風格を、その男は持ち合わせていなかった。

 巨躯の男だった。

 両肩の幅が異様に広く、筋肉の張り出しが見て取れる。首回りも丸太のようで、帷子を着ているが、少し動けば鎖も弾けて切れてしまうのではないかと思わせた。

 盾は見たことの無い竜の紋だ。やはり大柄の馬に乗り、赤い鐙が血の色のように目立っている。

 濃い金色の髪を後ろへと撫でつけていたが、汗ばんだ広い額に幾筋かべったりと張り付いていた。その視線には残忍さと凶暴さを内包した輝きがあり、まるで蛇の眼のように乾いた色を浮かべていた。

 生理的に嫌悪感を抱くのは、グリンガレットにとっても珍しい事だ。

 「そこまで言うのなら、もう一度相手をするぞ田舎騎士」

 男が腰の剣を抜いた。

 その剣の持つ輝きに、グリンガレットは目を見張った。

 到底、その男には似つかわしくない剣だった。見るからに名刀。いや、名刀というよりも魔剣とでも言うべきだろう。一目見ただけで、キリアムが剣を折られたことの納得がいった。

 「わが名はオヴェウス。オヴェウス・ゲオレイド・サバージュ。田舎騎士め、今度は生きて帰れるとは思うな。我が名を冥土の土産にするといい」

 男が名乗った。

 サバージュ卿? いや、違う。

 グリンガレットにはその名に覚えがあった。しかし、目の前に立つ巨躯の騎士と、遠い記憶の中にあるサバージュという名の響きには、どうしても拭えない違和感があった。

 「我が殿」

 グリンガレットはキリアムを見上げた。

 蒼天の下にキリアムの精悍な表情があった。一瞬、僅かに躊躇する。しかし、唇をきっと結びなおして、グリンガレットはその胸の内に用意していた言葉を吐露した。

 「お預けいたします。我が命と、魂にございます」

 片時も離さない剣を、うやうやしく掲げ、目を伏せる。

 驚きと喜びを隠せず、震えるキリアムの手がその柄を握った。鞘から刀身を抜き放ち、蒼天に向ける。

掌の中の重みが急に失われた瞬間に、グリンガレットが思わず浮かべた表情を彼は見逃した。残った鞘を、再び大事そうに胸元に抱き寄せる。

 刀身が日を浴びて、微かに赤く光ったように見えた。

 「オヴェウス卿よ、いざ参る」

 キリアムは高らかに叫んだ。

 架け橋を舞台に、二人の騎士が互いに馬を走らせた。

 オヴェウスの魔剣と、今はキリアムの物となった名剣が吸い寄せられるように、激しい剣劇を生んだ。

 激しい戦いになった。はじめは騒ぎ立てていた城兵の声が、次第に固唾をのむ溜息へと変わって、次第に馬の荒い息と、剣が宙を切るうねりが場を支配した。

 グリンガレットもまた、静かに戦いの行方を見た。

 キリアムの剣の腕、技の巧みさは疑いようがなく見事だった。

 やはり馬上に身を置いてこそ冴える剣技は、改めて戦慄さえも覚える。盾を失ってはいたが、無駄のない体さばきでしっかりと相手の勢いのある攻めを流し、むしろその方が彼の戦いに合っている様にも思えた。

 自分も馬上戦を得意とするグリンガレットだが、もし改めてキリアムと戦う事になれば、今度はどんな結果になるのだろうか。

 もっとも、あれは自分の負けだったのだ。改めて思い直し、グリンガレットは自分に言い聞かせた。剣を奪って勝ちと思った自分の甘さ、その甘さは、まだそのままに残っている。

 しかし、そんなキリアムの技量を持ってすら、簡単には決着を見ない程、相手もまた強敵だった。

 オヴェウスの剣は技ではなかった。

 一見すれば闇雲に振り回している様にしか見えない。縦に、横に、ただ相手の姿を追って、力任せに剣を振るっている。怪力と魔剣の切れ味は、うかつに剣で受ければ、真っ二つに折られてしまうのも理解できた。

 それにしても、あれ程に責め続ければ、少しは疲れて隙が生じそうなものだが、全くそのそぶりが見えない。嵐のような猛攻をかける表情に微かな狂気が浮かんで、見開かれた両眼が不気味な影を孕んでいる。

 そう、気味が悪い。

 この城の前に立って以来、グリンガレットは全身を不快な感覚、まるで冷たく濡れた革布を素肌に押し付けられているような違和感を覚えていた。

 その正体もわからぬまま、再びグリンガレットは戦場に自分を置き換えた。

 オヴェウスは強敵である。しかしそれでも、修練の末に身につけた技量が恐れるほどではないと感じた。

 例え、対峙したのが自分であっても、キリアムと同じか、それ以上に剣技を交える自信があった。もっとも、長期戦になればわからない。残念ながら、自分には満足できるほどの持久力がない事を自覚している。勝負をかけるとしたら、一瞬の隙につけ入る事になる。初見で対決していれば、かなり厳しいことになっただろうが、こうしてじっくりと観察すれば、その技量には限界が見えてきた。

 それに対して、やはり、このキリアムという騎士は強い。

 改めてグリンガレットは感じた。剣と馬が、キリアムの力をどこまでも引き出している。その姿に、不思議と心のどこかで、悔しいような思いがした。


 勝負は意外な形で終わった。

 剣での攻めが難しいと感じたオヴェウスが馬を立てた。四肢を伸ばし、前足でキリアムの馬を狙った。以前、キリアムの馬を殺した時の戦法だった。

 対して、キリアム以上に老馬の反応が早かった。

瞬間的に方向を変え、横飛びに離れた。

勝負を見守る人々は、老馬の背に目に見えぬ翼があるかと思っただろう。

 オヴェウスの馬は標的を失って、前足を空回りさせたまま前方に崩れた。オヴェウス自身の体重も加わって、嫌な音を立てて馬の脚が折れた。巨体が地面へと投げ出される姿を目にすると、周囲からは歓声ともため息ともつかない声が漏れた。

 キリアムは剣先を相手に向け、馬を止めた。

 オヴェウスが悪鬼のような表情で立ち上がり、それでも剣を振り上げた。

 「勝負はあった、オヴェウス卿よ」

 「何を、今のはただ馬が転んだだけよ、組手でゆくぞ」

 オヴェウスが吼えた。キリアムは躊躇したように、後退した。

 このまま組手になれば不利になる。グリンガレットは潮時かと身を乗り出した。その時、聞き覚えの無い男の声が、凶暴な騎士を止めた。

「剣を納めよ。そなたの負けだ、オヴェウス卿」

「く、ラディナス卿か」

オヴェウスが呻くように言った。

橋の向こうに、もう一人の騎士が立っていた。

一目見て、グリンガレットは直感した。

この方は、本当の「騎士」である。偉大なる王の下に集った、輝ける栄光の色。「騎士」と呼ばれる者だけが持つ、清廉な風を、そこに感じた。

 騎士は壮年であった。堂々たる威厳を身に着け、それでいて相手に安らぎを感じさせる優しい目をしていた。

 ラディナスの名をグリンガレットは知っていた。

 ラディナス・ギルバーン。またの名を「森の騎士」。

 かつてベンウィックのバン王(円卓の騎士の中でも最高の騎士といわれたランスロット卿の父。自らも円卓にその名を刻まれている)の側近を務め、いざ戦いとなれば鬼神の如き働きから「フォレスト・ソヴァージュ」の異名を受けた騎士である。

 バン王が偉大なる王に随身した際、彼もまたその名を円卓に刻み、しばらくの間キャメロット城に仕えていた。

 とはいえ、それは、偉大なる王を破滅へと導いた、あの忌まわしき一件までである。

 グリンガレットの記憶の中に、はっきりと刻まれている破局への始まり。

 主君の子ランスロットが偉大なる王への反逆を起こし、王妃を奪い去った。その時、運命の悪戯か、王妃を警護していた一人が、このラディナスだった。

 「主君の子」に対し、卿は剣を抜くことが出来なかった。

 彼を責めるには辛いものがある。二君を仰ぐことへの迷いがあったのは、彼の立場にしてみれば当然の事である。それでも、任務を全うできなかった失態を恥じ、彼は円卓を辞した。

 目の前に立つラディナスは、まさに円卓の騎士の栄光をその背に負うかのようだった。

 「見事です。エトリムの子、キリアム殿。まさにお父上を見る思いがしましたぞ。私はラディナス・ギルバーン。この城の軍権を預かっております」

 「身に余る光栄です、ラディナス卿」

 キリアムは礼を受け、馬を降りようとした。

 それを、グリンガレットが制した。

 おや、というようにラディナスはグリンガレットに視線を向けた。

 「キリアム殿は、我等が城の騎士にふさわしい腕をご披露下された。私はそなたの主人を正当な騎士として迎え入れたいのです。何か気に障ることでもございましたか」

 ラディナスは、騎士の従者に対しても礼を守った。彼が立派な騎士だとは理解しながらも、グリンガレットはあえて不遜な視線を相手に向けた。

 「我が主を一介の騎士として迎え入れようというのならば、それは我が主に対する侮辱にございます。ラディナス様」

 「ほう」

 驚いて顔を上げる。キリアムは動揺を見せないように、努めて毅然とした表情を保ったが、内心はグリンガレットが何を言い出すのかと穏やかではなかった。

 「我が主は、エトリム伯爵の御子息には御座いますが、同時に正当なる王位を継ぐ御方にございます」

 これには誰以上にキリアムが肝を冷やした。グリンガレットは気がふれたのではないかと、全身に汗が噴き出した。

 「それは、どのような理由がおありか、従者殿」

 ラディナスの眼に疑いと困惑の色が強まった。

 「我が主は、北はオークニーを領地とする、ロット王の正当な継承者にございます」

 「それは奇怪。キリアム殿は南のバースの伯爵家ではないか」

 「左様。しかしながら、それは生まれにすぎませぬ。王位は血によって継がれるものではなく、王位に有る者が継承者を決めまする。王が無き時も、その意を継承した者があらば、権を持つものが自らを持って王と成すか、新たな継承者を定めましょう。また、継承すべきものが明らかならざる時は、王位を表す象徴を継承することによりて王となります」

 「それは道理だ。ならばその証は」

 「ございます」

 言い切って、グリンガレットはそっと片膝をついた。

 「我が殿、剣を」

 促され、理由も分からぬまま剣を掲げる。その刀身が、再び光ったように思えた。

 「ラディナス様、円卓にその身を預けし御身であれば、この剣を見知りておりましょう」

 見上げたラディナスの表情が、次第に変わった。両目が見開かれ、唇の端が震える。

 「カリバーンか。いや、違う。だが、あまりにもよく似ている」

 満足げに、グリンガレットは頷いた。

 「流石はラディナス様。姉妹剣にございます」

 溜息が漏れた。それは、周囲にいた城兵たちも同じだった。ともすれば、剣を掲げるキリアム自身すら、その剣の持つ輝きに目を奪われていた。

 「剣の名はガラティン」

 「なんと」

 ラディナスが絶句した。その名を知っているのだ。

 「馬鹿な」

 オヴェウスが吐き捨てるように言う。彼はそれ以上の口上を聞きたいとは思わなかった。憎悪に満ちた目を二人に向けてから、城内へと消えていった。

 構わず、グリンガレットは続けた。

 「偉大なる王の甥にして、円卓の騎士グァルヒメイン卿、この地ではオークニー王ガウェイン卿とお呼びした方が宜しいか。そのオークニー王が愛刀、その名をガラティン。知っての通り、卿はロット王とモルゴース王妃の長子にして、王位の継承者にございます。そしてその王位の継承権を象徴する証こそ、このガラティンに他なりませぬ」

 「真にガラティンか。いや、愚問であろう。その輝きは疑いようもない。しかし、何ゆえに貴公らがその剣を手にされたのだ」

 「蒼天に誓いて、悪しき行いによって手にしたのではありませぬ。正直に語りましょう。グァルヒメイン卿が天に導かれし時より遡る事、数年の間、我が殿は、卿が従者を務めておりました。その由縁にございます。最後の時、あのカムランの地で起こりし騎士の黄昏の戦いにおいて、陣幕のとばりで卿をただ一人看取りし折、この剣を託し受けたのでございます。それは卿の命において、王位を受け継いだことでもございました」

 キリアムは直感した。

 グリンガレットの話は真実だ。彼女は自分の事を話している。自分の手の中にある剣の重みに、体が震えるのを必死にこらえた。

 「その話が真であるならば、私は貴公を王としての礼で迎えなければなるまい」

 ラディナスはさっと手を横に振った。

 城兵が道を広く開け、剣を胸に整える。馬上のまま城に入ることが許されたという事は、王としての入城を許されたということの表れだった。

 グリンガレットはラディナスに礼を返して、馬首を取った。

 ラディナスは尊敬に値する人物だ。ガリアへと渡った者たちを別にして、円卓にその名を記した騎士が、まだ生きてこの国に残っている。その事が嬉しかった。しかし同時に、彼のように立派な騎士にとって、この城はふさわしい場所なのだろうか?

 かけ橋を通り過ぎる間、城兵たちの視線は敵意を内に秘めていた。それをはっきりと感じ取りつつ、グリンガレットは胸を張った。

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