光年を超えて生く
碧美安紗奈
光年を超えて生く
地球のある場所で、理論上の存在でしかなかったワームホールが発見されたのはずいぶん前だった。
異なる空間同士を距離を無視して一瞬で繋ぐ時空の穴、ワームホール。これを研究すれば、宇宙最速の光の速度すら超えて遠方に移動できる。
同時にその正体が不明だったため、人類のごく限られた研究者たちはこの実在を隠蔽。極秘で調査を進めた。
結果、わかったことは次の通り。
ワームホールは四年に一度一日だけ開き、通行可能となる。
ワームホールの向こうには地球とよく似た空間が広がっており、人類が生存可能である。
さらに四年前、驚くべき事態が発生した。
ワームホールの向こうから、人間に酷似した種族が現れたのだ。
彼らは身なりや肉体的、精神的特徴が原始的であることを除けばまるで人そのものだった。
これを受けて、ワームホールの向こう側を調査するチームを編成。人類が向こうに踏み込む試みが計画された。
その間、ワームホールを越えてきた人々は〝来訪者〟と呼ばれるようになり、戸惑いつつもこちらの世界で暮らすようになっていった。
もっとも、全員ではない。
ほとんどの特徴が人間と同じであるものの、彼らは多くがこちらの世界に馴染めず、自殺したり錯乱したりする者も珍しくなかった。
それでも、幾人かは生き抜いた。
そんな彼らは、なにがなんでも生き抜いてやろうという強い決意を抱いているようでもあった。
生き続ける〝来訪者〟たちは懸命にこちらのことについても学んだが、やはり苦労もしていた。
どうやら彼らの文化では時間の認識すら異なるようで、アボリジニのドリームタイムに近い感覚を持っていて、時間というものが一方向に流れているとは捉えず、四年ごとに自分達の通ってきたワームホールが開閉することも把握していないようだった。
ここに来れたのは、おそらく偶然であったのだろう。
ために、ようやくこちらの言葉などを学習しても、結局彼らがどこから来た何者たちなのかはよくわからないままだった。
とはいえ、調査チームは待っていられなかった。
度重なる環境破壊、人口爆発、争乱、などなど。人類の住める地球は失われつつあったのだ。
四年後、無事でいられるかも怪しい。
だから、彼らはワームホールの向こうに人類が移住することも視野に入れた調査を実行せねばならなかった。
自給自足が可能なだけの装備をし、最低限繁殖して絶滅を免れるだけの数を揃えての危険な人体実験だったが、どうにかそれに志願して厳しいテストに合格し、人類を存続させようという心意気のある者たちは集まった。
かくしてチームは、来訪者の正体を知る前に訪れた次のワームホール開閉時に、向こう側へと旅立ったのだ。
はたして、向こう側にはやはり地球とよく似た環境が広がっていた。
海、空、大地。大気、重力、動植物まで同じ。
どうやら来訪者らが使用していたらしい原始的で小規模な集落の遺跡はあったが、他の人工物は一切ない世界。まだ人工的な環境破壊が行われる以前の、豊かな地球みたいだった。
だからワームホールが閉じても、調査チームは生きていくことはできた。
とはいえ、新たな世界はとても調べ尽くせるものではなかった。
果てしなく自然が続くだけで、どこまで広いのかすらわからない。
四苦八苦しているうちに四年が経とうとしていた。
彼らはそれでもどうにか自分達が生きてこれたという事実を手土産に、いったんワームホールの向こうに帰ることにした。
〝声〟が聞こえたのはそのときだった。
『君らも帰るのかね』
脳裏に直接響く姿なき〝声〟。
人類は仰天し、どこへともなく尋ねた。
「誰だ?」
『今回用意した場で観察した君らの概念に照らし合わせれば、地球外生命体というのが近いか。君らには、この声以外は認識できないだろうが』
調査チームは驚いたが、次なるワームホールの開閉まで時間がない。
そこで、必要な質問だけを急いだ。
「あなたたちは、なぜ今になって現れたのか?」
『イマか。我々にはない考え方だ。我々には君らのいう〝時〟というものがなく、その影響すら受けない。タイミングに意味はない。だからこの空間も、君らでいうところの凄まじい時間を掛けて作り上げた』
「何のために?」
『ある意味で君らと同じ、時間という概念を持つ君らを調査するためだ』
「では、わたしたちに敵対したりはしないと? この空間に、わたしたちが居住したりしても問題はないか?」
『構わぬが、君ら以外にそれができるかはわからない』
「どういう意味だ?」
『時間の概念のない我々には詳しくはわからぬが、そうだな。この空間は内部の環境を維持したまま君らの銀河を探索するため端から中心に向かっておよそ光速で移動し続けている、といえば通じるか』
「……なんだって?」
『移動を止めたほうがよいなら止めるが、この四年間の移動は取り消せない』
調査チームは戦慄した。
まもなく、大気圏外探査のために放っていたドローンも、〝声〟の発言を証明するような観測結果を持って帰還したからだ。
相対性理論によれば、光の速度に近づくほどにその物体内の時間の流れは遅くなる。逆にそこからすれば、外部の時間がとてつもなく速く流れることになる。
チームの科学者は計算し、瞬時に答えを導き出した。
「……わたしたちがこの空間ごと四年で移動した距離は、およそ五六〇〇光年。つまり地球では、約五六〇〇年が経過していることになってしまっている!」
『我々の調査は完了した。この空間は君らに譲ろう』
そう述べて、〝声〟は去った。
最後に、どうにか理性を保った調査チームの一部は、この空間を光速移動させるのをやめてもらい、環境を維持するのに相応しい恒星系に留めてもらうことを願い、〝声〟はそれらに応えてくれたようだった。
まもなくワームホールが開いたが、人類は絶望していた。
とりあえず先に向こうに送ったドローンはあちらの時間がやはり五六〇〇年経過しているという情報だけは即座に送信してきたからだ。
当時、次の四年を耐えられるかも怪しかった人類が、はたして五六〇〇年も存続していられただろうか。否そうでなくとも、調査チームに馴染みのあるものはもう何一つ残っていないだろう。
彼らは絶望のどん底に落とされた気分だった。
「……みんな」
だが、あるときチームの誰かがそれを打ち払った。
「みんな、ぼくらは生きているんだ。この四年間生き抜いた。例えどんなに周囲が変わっても、全く別な形ではあっても生きれる環境がどこかにあるなら、そこでも生き抜いてやろうじゃないか!!」
そのとき彼らは悟った。
〝来訪者〟たちは、調査チームが元いた時代のさらに五六〇〇年前から来た古代人たちだったのだと。
おそらく、当時も発生したこのワームホールを発見して入ってしまい、出入り口が閉ざされたがためにここで四年を過ごすうちに、外では五六〇〇年が経過し、ようやく地球に帰ってきたのだろうと。
故に彼らは、変わり果てた環境に悩み苦しみ、死者や発狂者をも出した。
それでも、生き延びた人々は、生き抜こうとした。例え何が変わっても、生きれる環境さえどこかにあるのならばと。
おそらく来訪者らは、時間に対する考え方すら異なっていたために、自分たちが過去から来たという発想にすら至らず、説明もできなかったのだろう。
もしかしたら調査チームが去ったあとには理解してそれを周囲に話したのかもしれないが。
いずれにせよ、その時からももう五六〇〇年が経過してしまっている。
それでも調査チームの中には、確かな勇気が沸き起こりだしていた。
「どんなに周囲が変わっても、全く別な形ではあっても、生きれる別な環境がどこかにあるなら、そこで生き抜いてやろうじゃないか」と。
光年を超えて生く 碧美安紗奈 @aoasa
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