つないだ思いは。
マフユフミ
第1話
またこの日が来る。
四年に一度、閏年と呼ばれるその年の2月29日。
この日は僕にとって、特別な日だった。
あした僕は、20才の誕生日を迎える。
これまでの人生で、生まれた日を含め5回目の誕生日だ。
僕は2月29日に生まれた。
閏年と呼ばれる四年に一度の日。
普段は3月1日におめでとうと言われるけれど、この閏年だけはきちんと誕生日に声をかけてもらえて、子供の頃はとてもうれしかったのを覚えている。
それでもうれしかったのも12才の誕生日までだった。
12才の誕生日の日、僕はある話を聞かされた。
僕に母がいない理由。
父が家に帰ってこない理由。
そしてそれは、僕のそれからの人生に多大なる影響を与えることとなる。
今日僕は、一人で高速バスに乗り、初めての土地に降り立っている。
右手には大きな花束、左手にはアルバムを持って。
高速バスから電車のローカル線に乗り換え、さらにバスに乗り、着いたのは寂れた墓場だった。
村の外れにある、土地の人間以外誰も訪れないような場所。
僕の母の眠るところ。
僕の母は、僕を生んですぐ死んだ。
もともと体が弱く、出産は賭けだと言われていたらしい。
まあ、その賭けにはあっさり負けてしまったのだけれど。
僕の誕生日、それはすなわち母の命日だ。
その事実をどうしても受け入れられず、父は家へ寄り付かなくなった。
そしてそのすべてを聞かされたのが、12才になる2月29日だったのだ。
「ここか…」
墓地の敷地に入ってからも、なかなかに荒れたその中から、母の墓を探すのは骨の折れる作業だった。
見つけたのは墓地の中でも1番奥、ひっそりと隠れるように、母は眠っていた。
僕は墓石に水をかけ、持ってきていたタオルで拭いていく。雑草もひどく繁っていたため、手で抜いて整えて。
会えなかった20年という時間を埋めるように、丁寧に丁寧に墓石に向き合う。
それが、僕が初めて出来た親孝行だった。
真実を知った12才のときから、僕は自分を責めつづけてきた。僕さえ生まれなければ、お母さんは死なずに済んだ、そんな罪悪感。事実、父からは「ヒトゴロシ」と罵られたこともある。
そんな出来事は、僕の人生に暗い影を落とした。生きていたって仕方ない、だって僕はヒトゴロシなのだから。
そんなことを思いながら生きるのはツラくて切なくて、早く終わらせてしまいたくて。
実行しようとしたのは、16才になる2月29日だった。
早朝、風呂場に張った水の中に手を浸けて、カミソリで手首を切りつけた。
赤く染まる水。薄れ行く意識。
どんどん死に近づける感覚に、ほっと胸を撫で下ろしたそのとき。
「このバカもんが!!」
震え上がるほどの怒号とともに風呂場から引きずり出され、さんざん殴られた。
じいちゃんだった。
「娘を早くに失って、その形見の孫までどうして失わないといけないんだ!!」
泣きながら殴り付けてくるじいちゃんを見て、僕もぼろぼろに泣いた。
形見だと、思ってくれていたのか。
娘を奪ったヒトゴロシだ、と思われていると思い込んでいた。実の父がそうなのだから、じいちゃんやばあちゃんはもっとそう思っているのだ、と。
でもそれは、僕の思い違いだったらしい。
「あの子が命を賭けても生みたかった存在なのよ、あんたは。そんな易々と死のうなんて考えないで」
手首に包帯を巻きながら泣くばあちゃんを見て、僕もまた泣いた。
そっか、生きててよかったんだ。
むしろ、生きていかなければいけないんだ。
そして迎えた今日、二十歳の誕生日。
四年に一度しかない誕生日だけれど、今日は僕にとって掛け替えのない日で。
きちんと墓を整えた僕は、墓石に向かって語りかける。
「二十歳に、なったよ」
いろいろなことがあったけど、こうして無事大人になれた。
あなたが与えてくれた命。
周囲に守られて育った命。
「だから母さん、ありがとう」
生んでくれて。僕に命を与えてくれて。
母さんの思い、じいちゃんばあちゃんの涙を無駄にしないため、僕はこれからも生きていく。
「また来るよ、誕生日に」
四年に一度、本当の誕生日の日に、僕はこの命を守り輝かせ、また母に会いに来る。
つないだ思いは。 マフユフミ @winterday
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