最終話 菜の花が咲いた頃に

「藍翠、菜の花が」

「そうだな。摘んでいこうか」


 藍翠はそっと菜の花を摘み取った。

 温かい風がそっと頬を撫で、辺りの菜の花が舞い散る。


「綺麗にさいてるな」

「そうじゃな。ご主人様にも見せたかった」

「ああ、そうだな。さて、みんな待っているし帰ろうか」

「そうじゃな」


 藍翠は菜の花を片手に荷車を引く。

 來は後ろからそれを押しつつ、二人は村を目指す。


「そう言えば、あれから半年以上経つのか」

「そうじゃな。この半年は多くのことがありすぎたからな」

「総国が北部の民族たちと手を組んで、総龍という奴を王にして国を建てたり、西の方の国の使者が来たとか、東の向こうに島が見つかったとか、大きな地震が起きたとか、大雪だったとか。本当、多くのことが多かった」

「でも、何よりもつらかったのは、やはりあの時かもしれぬ」

「ああ、そうだな」


 藍翠が來に応急手当を施して戻ったとき、既に美佐樹たちの姿は見当たらず、あるのは火に向かって飛び込もうとする菜穂の姿だけであった。

 藍翠はすぐに菜穂を引き留めたはいいものの、その時以降、菜穂は何も喋らず、自ら動こうとしない人形のような存在になってしまった。

 來が言うには、以前の状態に戻ったとのことだった。

 現在は藍翠の故郷の山奥のある村で3人は暮らしているが、菜穂の目に光が戻ることはなかった。


「でも、生きてさえいればどうにでもなるよね」

「ああ、そうじゃな」

「よし、まずはこの米を届けるぞ」

「今日は白米が食べられるからな、頑張ろうぞ!」


 いつか、また菜穂が話すようになったら、何を話そうか、何をして遊ぼうか。

 藍翠はその様なことを考えるのであった。

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菜の花が咲く頃に 雨中若菜 @Fias

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