第22話 崩壊

「無事、龍神は召喚されたのだよ」

「......?」

「鱗は5枚揃った。だから、龍神は無事召喚できたのだよ」

「でも、何も現れないですよ。龍神が現れれば、願いが......」

「君はそもそも龍神とは何かを知っていたのかい?」

「え......」

「龍神は、旧王族のことを指すんだ。願いを叶える存在でも、全知全能の存在でも何でもない。龍神の証明は5枚の鱗、これでわかったか」

「わからない、ですよ。そんなの」

「ああ、我こそわからぬな。汝がわからぬことを」


 番犬はそう言って、そっと刀を収めた。


「すべては美佐樹の思い通りになってしまったな。我はここで幕引きのようだ」

「え、え、え、え......?」

「さらばだ、哀れな人形よ」


 菜穂は足元に刀を落とし、そのまま番犬が立ち去るのを見過ごす。

 龍神は、願いを叶える存在ではない。龍神は神ではない。では、哲は一体何者なのだろうか。私はなぜ、ここまで龍神の噂に拘っていたのだろうか。なぜ、私はここに居るのだろうか。


「あれ?あれ?おかしいですね?」


 なぜ、私はあの時森で目覚めたのか。なぜ私は美佐樹と会ったのか。なぜ、私は前世の記憶があるのに、それをあまり思い出さないのか。なぜ、私はすんなりと美佐樹の話を、彼女の存在を信頼できたのだろうか。


「菜穂、お疲れ様」


 ふと、拍手をしながら燃え盛る建物を背に美佐樹が哲と総龍を連れて現れる。


「龍神は......?」

「ええ、無事召喚できたわ」

「約束、菜の花でまた会うという約束を......」

「ええ、達成できるわね。ほら、これが龍神よ」


 美佐樹はそう言って、おもむろに空を指さした。


「龍神なら、そこに」

「え?え?」

「ほら、あるじゃない」

「?」

「ありもしない空虚が」

「それは、どういうことですか?」

「貴女が求めていたのは、これよ。あれ?知らなかった?将も哲も龍神もいないって。全ては虚構の記憶よ」

「そんなの嘘です。テツならそこに......」

「哲、ですか。生憎、私の名前はその様な風変わりな名前ではございません。私の名は宇航といいます。総龍様の護衛でありますよ」

「じゃ、じゃあ、美佐樹さんと話した記憶は?美佐樹さんの鞄は?」

「これかしら?」


 美佐樹はそう言って、手に持っていた鞄を開けた。

 しかし、中に入っていたのは様々な粉であった。


「異次元ばっく、だっけ?そんなの、全て幻覚よ。そんなものがあったら素晴らしいのにね。非科学的すぎるわ」

「え?じゃ、じゃあ、じゃあ......」

「貴女、可笑しいと思わない?元の肉体に近い肉体に転生したとか、その後同じ世界からの人間に二人会えたとか、龍神を探していたらとんとん拍子で辿り着けたとか。どれも、偶然にしてはでき過ぎてるわよね」

「全て、貴方が仕組んだのですか」

「ええ、そうよ。貴方の前世の記憶から全部。全ては総国を蘇らせるため。多少、想定外の存在がいたけど、でもそれは大したことはないし、全て計画は終わったわ」

「全て幻......」

「そうよ。全部、嘘。まあ、全て終わったことだし、後は適当にしていいわよ」

「じゃあ、私は?誰?」

「さあね。それよりも、私はやることがあるから、じゃあね」


 今までのことは、全て一体何だったのだろうか。

 死んだときの苦しみも、蘇ったときの喜びも、藍翠との友情も、美佐樹たちとの楽しい日々も、哲と将との記憶も、來との思い出も。

 全てなんだったのだろうか。


「わからない、分からないよ......何もかも、私は誰で、貴方は誰で、世界は何で、それで、それで......」


 私は誰なのだろうか。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ......。


「あれ?青い空は進軍を開始して第一防衛軍は花に水をやるのですよ!それゆけ、青い四肢、桃源郷は贓物の海に沈み眠るのです!私は火の海を飛び越えて遥かなる園に走っていけるのです!迎えはすぐそこに、全ては帰結する!」


 菜穂は走り出した。辺り一面に菜の花が咲いている。


「お花だ!お花だ!いっぱいお花だ!」


 そして、菜穂は菜の花畑に飛び込んだ。

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