第19話 絶望と現実

「ショウは既に死んでいた......」

「ええ、哲くんのことを考えるとそうなるわね。でも、これで龍神を召喚すれば約束が達成されるし結果オーライじゃない?」

「ショウは......」

「あれ?何か不味いこと言っちゃった?私はただ菜穂ちゃんの約束が果たせてよかったねって」

「美佐樹さん、そういうところですよ。大事なものが欠落してるというのは」


 菜穂は唐突に突き付けられた事実に衝撃を受けていた。

 それもそうだ、あの時菜穂を超能力で元に戻そうと言ったのは、あの時送り出したのは、全て菜穂の知っている将ではなかったからだ。

 菜穂は長い間、ずっと龍神の一人劇に巻き込まれていたのだ。


「私は一体、何の為に......何の為に死んだのでしょうか......」

「ナホ......」

「......済まぬが、話を戻してもよかろうか」


 菜穂は総龍に対し無言でうなずき、部屋の隅に体育座りをした。

 今は何が何だか理解できなくて、理解したくなくて、ただ蹲りたかったのだ。


「龍神召喚方法については美佐樹殿に任せておるからいいが、3日後にどのようにして林家に忍び込み鱗を手に入れるのだ?」

「忍び込むのは、貴方が居れば容易いことでしょう。それに、鱗を手に入れて龍神召喚をしたいのは貴方も同じではなくて?」

「確かに、我の権限を使えば容易いことであろうが、今の我に総国の王たることを証明する手立てはない。それに、仮にそれが証明できたとしても鱗を得ることは難しいかと」

「それを踏まえた上で、既に手を打っているわ」

「例の知人か」

「いいえ」

「では......?」

「それは、この状況よ。私が呪術師として名が通っているのは御存じでしょう。この状況で、龍神召喚は五氏族も願っている。だから、貴方の存在が後押ししてくれればそれで十分だわ。でも、ここで問題なのは然国の使いね」

「番犬が来ているのか?」

「ええ、恐らくは。例の情報源によると、番犬は五氏族会議の事は既に知っているようね。だから、万が一の時は哲と菜穂の二人に番犬の相手をして貰いたいのだけど......どう?できるかしら?」


 美佐樹は哲と菜穂に目を投げかける。


「ええ、私はできますが、菜穂は......」


 哲はそっと菜穂に目を遣る。


「......」


 菜穂は二人の視線を感じていたが、黙って蹲っていた。

 頭の中では哲と龍神のことが堂々巡りをして、発狂寸前だ。


「少し時間を」


 哲はそう言って、軽々と菜穂を抱き上げ、部屋の外に出ていく。

 菜穂は抵抗はせず、ただされるがままになっていると、ふと二階の窓から哲は屋根の上に飛び乗った。


「ここなら静かに話せそうだ」


 哲はそう言って屋根の上に座り、隣に菜穂を座らせる。


「ナホ、前の世界では見えないほどの綺麗な夜空だよね」

「......」

「ショウと三人で見上げた空はいつもすすけていたっけ」

「......」

「ナホ、さっきの美佐樹の話、真に受けてはいけないよ」

「......」

「全て推測の域を出ていないし、それに龍神の例があるなら僕らの世界でも同じ存在がいても可笑しくないし」

「テツは、一体何を......」

「ナホ、諦めるにはまだ早いってことだ。龍神は万物の願いを叶える。だから、仮にショウの話が本当だとしても、本物のショウを生き返らせられるし、嘘でもショウと会える。ナホ、一緒に龍神を召喚しよう」

「......」

「美佐樹さんの話に乗って、龍神を召喚すれば、多くの人が救われる。それに、君だって、願いを果たせる」

「私は......」

「悩むことはないさ。共に龍神を召喚しよう」

「テツ......そうですね」


 菜穂は哲の手を掴み、立ち上がった。


「約束を果たす時ですね」

「約束、って言うのは何なんだい?」

「菜の花が咲く頃にまた会うのです。テツ、ショウ二人と」

「菜の花が咲く頃、今は秋だから当分先になるんじゃない?」

「だったら、何度も会えばいいのですよ」

「それもそうか。じゃあ、美佐樹さんの所に戻って、さっきの返事をしよう」

「はい、私は美佐樹さんに雇われた身でもありますし、龍神を召喚する為にも、その番犬を倒して見せますよ」

「ナホがいれば千人力だ」


 そして、二人は部屋に戻り、龍神を召喚を決意するのであった。

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