第16話 賢陽へ

「賢陽に向かうぞ」

「どうして賢陽?」


 泰京を抜け出し、一行は逃げるように北に向かっていた。

 そして現在、泰京から六里ほど離れた小さな農村にある茶屋で四人は一息ついていた。


「仁の羅家、義の王家、礼の趙家、智の林家、信の周家、この五氏族の本家がどこにあるか知っているのか?」


 藍翠がそう問いかけると、一同は首を横に振る。

 藍翠はそれを少し見て、おもむろに懐から然国の地図を取り出し机に広げた。


「羅家はわかっていると思うが泰京に。王家は海沿いの貿易都市、大港に。趙家は首都の陽都に。周家はここから更に西に行ったところにある環蘭に。そして、智の林家は千山に囲まれたここ賢陽にある」


 彼女はそう言って泰京より六十里程離れた場所の都市を指さす。


「徒歩でなら1週間程度かかるが、途中で船を使えば5日程度で行けるだろう」

「それはわかったけど、どうして賢陽なのですか?」

「そうそう、なんで?」

「お前達、旅の目的はなんだ?」

「鱗を集めることです」

「龍神の血を手に入れることだよ」

「なら、龍神の伝説を知っているだろ。五氏族の家に鱗がある。だから一番近い賢陽に向かう」

「なるほど、じゃあ賢陽に着いたら林家に行って鱗をぶんどってくればいいかな」

「私は鱗に興味はないが、林家に用がある。だから、私はそこでお前達と別れる。あとは、勝手に鱗でも集めるといい。そういえば菜穂が今、鱗を持っているだろ」

「そうですけど」

「それを持ってる限り、然国の番犬どもがその匂いを嗅ぎつけて追ってくる。私と別れた後、彼らに会ったら直ぐにそれを渡して逃げることを勧める。さて、長居は無用だ。出発しよう」

「そんなに強いのですか?」

「ああ」

「まあ、その話は後にして、皆様方、早く出発せんと、日が暮れてしまうぞ」


 一行は茶屋をでて賢陽に向かうべく、ひとまず泰京より十里程離れた所に位置する川沿いの街、緑苔峠に向かう。

 歩き出してから二里程、道中には田園か森しかないため、それはそれは退屈なものであった。

 その為、菜穂は先の茶屋の話で感じた疑問を藍翠に問いかけてみることにした。


「ところで、番犬ってなんなのですか?あと、藍翠さんはどうしてこれを持っていたのですか?」


 菜穂は龍神の鱗が入った巾着袋を取り出した。


「鱗は美佐樹への土産だ」

「でも、これを狙っている番犬に美佐樹さんが襲われる可能性があるじゃないですか」

「あいつらは見境なしに人を殺す様な連中ではない。だから、研究の足しにしてくれればと思っただけだ」

「じゃあ、番犬って何なのですか?」

「名前の通り、国を守るための犬だ。羅家の襲撃の件がもう陽都に届いている頃だろうし、もうじき動き出すだろう。番犬は銀色の髪に紅い目をしているから、もし出会ったらすぐわかるはずだ」

「そうなのですか」


 会話はここで途切れ、また退屈な風景と沈黙の元、菜穂は歩く。

 一方、美佐樹は久々の外だとか自然だとか言って風景を楽しんでいるようで、來はいつの間にか菜穂の背負い袋の中で眠っているのであった。


「旅って退屈ですね」

「退屈が何よりも平和の証だと思えば、また一興」

「ですかね。私は長らく戦争の渦中にいたものですから、もしかしたらそういう感覚が鈍いのかもしれません」

「......美佐樹と同じ世界出身だと言っていたが、よく美佐樹と出会えたと思わないか」

「どうしたのですか、いきなり」

「いや、これだけは言っておこうと思って。菜穂が牢獄に入れられたことは計算違いだったが、あの劇を仕向けたのは美佐樹だ。美佐樹は名も無き呪術師の知人で、前からお前と会う為にいろいろしていた。あいつは目的の為だったら、切れ者だから、振り回されすぎないように気を付けておいた方がいい」

「そうなんですか!」

「そうだよー」


 菜穂と藍翠が話していると、唐突に二人の間に美佐樹が割って入ってくる。


「藍翠が羅家にいたのは予想外だったけど、それ以外は藍翠の言う通り、私が仕向けましたー。あと、名も無き呪術師は私の師匠ね。それで、菜穂ちゃんは師匠の異界の門に関する呪術の被検体だから、前々から目を付けていましたー」

「......なんだか、美佐樹さんが怖く見えた気が......」

「呪術師なんてみんなそんなもんだ」


 賢陽までの道のりはまだまだこれからである。

 はてさて、一行は無事たどり着けるであろうか。

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