第13話 医者

「ご主人様、時間じゃ」


 蜘蛛倒した直後、來が目のまえにひょっこりと現れ、菜穂の額に札を貼る。

 制限をかられ命素が見えなくなり、視界が戻るだけでなく体が重く感じられたが、葉の効果は続いているようで痛みは無い。

 來が気を利かせて松明を持ってきて蜘蛛に火をつけた。

 部屋は広いし、外と繋がっていて風通しが良いから、火をつけてもさほど問題はないと判断したのだろう。

 菜穂はすぐに藍翠の元に駆け寄り、応急手当を試みる。

 ひとまず火で明るくなっている内にひとまず顔を隠すように羽織っているローブを取ると、そこには絶世の美女が青白い顔で眠っていた。

 菜穂は藍翠が少女であったかと少し驚きつつ、傷の程度を探るべく服を脱がした。


「......」

「これは酷いの......一体何があったのやら......」


 藍翠は至る所に矢傷があり、深く刺さっていたと思われるところは強引に焼いて止血していた。

 幸いなことに急所は全て外れていたが、既に呼吸は浅く、体は冷たくなっている。

 菜穂は急いで藍翠の持ち物から包帯を取り出して、蜘蛛にやられたと思われる傷だけでも止血をして、藍翠を担ぎ歩き出した。


「ご主人様、どうしてその者を?」

「私が捕まった原因だけど、でもいい人ですよ。私の為にいろいろしてくれたし、助けようと思っただけです」

「ご主人様は優しいな。じゃあこれから先は、おらが出口まで道案内をしようぞ。これでも召喚獣と言うだけあって、獣の端くれ、命素くらい判別できる」

「獣だと感じ取れるのですね」

「そうじゃよ、人間は感じていないんじゃがな。さて、行くぞご主人様」


 菜穂は來の後を追って道を急ぐ。

 城の地下にある長い坑道を抜けると、そこは泰京の下町だった。空は赤らんでいた。

 菜穂は追手が来ていないことを確認し、ひとまずほっと一息つく。


「なんとかなりました。それで、医者はどこにいるのでしょうか?」

「おらもそれは......なんせ、名もなき錬金術師が医術の心得があったもんじゃから」

「そうなのですか......」


 菜穂と來がどうしようかと悩んでいると、目覚めたようで、藍翠は菜穂の耳元にそっと囁いた。


「......下町......金魚橋......三番地......行って......」

「下町の金魚橋の三番地?」


 菜穂が質問するも、もう意識は無い様で返事はなかった。

 急がねばと菜穂は來と顔を見合わせ、二人は金魚橋に向かって走り出した。

 夜と違い、夜明けの街は人がいなかった為、時折歩いて行く酔っ払いや疲れ果てた者たちに用心しつつ先を急ぐ。

 來の道案内の元、無事金魚橋に到着したが土地勘が無い為、ここからは聞き込みしかない。

 しかし、時間帯的に人通りが全くなく、道を尋ねられそうになかった。


「人いない中、どうすれば......」

「ご主人様、こうなったら、もうそれっぽい所を当たるしかないぞ」

「ここが金魚橋なら、三番地は恐らく向こうの大通りから三番目の家か、反対の大通りから3番目の家のどちらか。北の方角的に、向こうの方か......來の言う通り、一か八かで行くしかないですね」


 菜穂はそう言って、うまくいくことを祈りながら大通りの方にある長屋の三番目の扉を叩いた。


「はーい」


 ひとまず、返事は帰って来たが、まだここに医者がいるとは限らない。

 下手したら、鱗を狙う連中と関係がある人かもしれない。

 菜穂は扉が開くまで万が一にそなえ藍翠の太刀に手をかける。

 中で何やら騒がしくなったと思えば扉が開き、ここらでは見かけたことのない眼鏡を掛けた白衣姿の女性が現れた。


「見ない顔だけど、どうかしたの?急患?」

「下町の金魚橋の三番地はここですか?」

「ええ、そうだけど......って、藍翠じゃない!ほら、早く上がって頂戴!」


 女の人はそう言って菜穂たちを家の中に通した。

 彼女の家は簡素で、寝台、机、棚がそれぞれ一つずつしかなく、後は医者が持ってそうないかにもな鞄があるだけであった。


「そこに早く寝かせて、寝かせて!」


 菜穂は女性に言われた通り寝台に藍翠を寝かせる。


「ったく、久々に顔を見せたらなんだっての」


 女性はあーだこーだとぐちぐち言いながら鞄から輸血パックやら注射器やら、いろいろと取り出す。


「あの、それは?」

「これ?私の秘密道具。それより、ちょっと不味い状況だから、そこで寝てるかして待ってて」


 女性はどたばたしながらも、消毒をしたり、傷口を縫ったり、輸血をしたりと、医者らしく適切にかつ素早く処置をしていく。

 菜穂はこの世界の医療技術に感心しながらどうしてこんな発達してるのか來に聞いてみることにした。


「この世界は凄いですね、医療器具がいろいろもう開発されていて。それに、四次元空間に接続して行える鞄も既に開発されているとは。私の世界ではまだ発売さえされてないのですよ」

「ご主人様、四次元とかそこに接続とかどういう意味なのじゃ?そもそも、おらはあんな治療器具や方法、知らないぞ」

「え?この世界のじゃないのですか?」

「いや、明らかにそうじゃろ。おらが見たことない素材でできておるしな」


 菜穂は彼女は何者なのかと後で確認しようと思いつつ、治療している様子を見ていたが、唐突に捕まって一晩で脱獄しただけあって疲れていたようで、いつの間にか眠ってしまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る