第10話 地下牢

 何か冷たいものが体を伝った気がして菜穂は目覚めた。

 いつの間にか菜穂は石造りの部屋で倒れていたようで、腕は何故か重く、どこかから入ってくるのは月明りで時刻は夜と思われる。


「......目覚めたか」


 左手の方から声が聞こえ、そちらを向くとそこには黒い影がいた。

 逆光でよく見えないが、声からするに女性なのかもしれない。


「ここは......?」

「泰京城地下牢。罪人の集まる所」

「それって、つまり貴方は罪人なのですか?」

「......そうかもしれない」


 自分はどこにいて、隣の人はどんな人なのかを確認しようと菜穂は起き上がろうとするも、体の節々から痛みが痛みが走り、菜穂は再び横になる。


「怪我をしてる。横になった方がいい」


 誰かわからないその人はそっと私の足元から上に掛けていた布を私に掛ける。

 近くで見た所、ローブのようだった。恐らく、隣の人の物であろう。


「ありがとうございます」

「......償い、だから感謝するほどじゃない。体調は大丈夫なのか?」

「はい、こうして横になっていればなんとも」

「......そうか。骨は折れていない、けど頭を打っている。今はゆっくり休むべきだ」

「そうですね。それでは、お言葉に甘えて少し眠らせてもらいます」


 眠気はないのだが、誰かが言ったように今は眠った方がいいと思い菜穂は目を閉じる。

 よくわからないままに鱗の噂を聞きつけて、気づけばこんなところに居て、何処にいても休まることないななどと内心苦笑していると、香の匂いがあたりに漂ってきた。

 それは梅のような香りで、とても心が落ち着き、眠気を誘う。そのまま菜穂は眠ろうとしていた。

 しかし睡魔は唐突に体を持ち上げられ痛みが走ったことで去っていった。

 何事かと目を開けると菜穂は先ほどの人に背負われていた。

 自分と大して身長の変わらない人間をこうも軽々と持ち上げられるのかと関心していると、今は緊迫した状況らしく、荒々しくその人は菜穂にローブを被せ歩き出した。


「一回ここから離れる」

「何があったのですか?それとこの香は?」

「それをあまり吸うな。行くぞ」

「行くってどこにですか?」

「ここより安全な所」


 その人はそう言って部屋の鉄扉を蹴り開ける。

 人間技ではないと驚いている菜穂が思っていると、唐突にその人は走り出した。

 扉の先は月明りが全く入らない暗い通路が続いているが、菜穂を背負う人は迷わず走っていく。

 ふと、明かりが灯っている部屋が見え、菜穂はそこで下ろされた。


「少し待って」


 その人は部屋にある積み重ねられた荷物を漁りだした。どうやらそれは囚人たちの荷物のようであった。

 結局、始終その人は明るい所に来てももう一つのローブで顔も体も隠し、背丈以外は何も外見的情報は得られなかった。

 だが、そのローブはぼろぼろで所々に血が滲み出ていたことから、もしかしたらその人も怪我をしているのかもしれない。


「あった」


 そんなことを考えていると、黒ローブの人は何やら葉巻のような物を持ってきて、菜穂に渡す。


「これ咥えて」

「なんですかこれ?」

「痛み止め。一時的に痛覚を無効にする。使いすぎには要注意」

「それって、ダメな物じゃ......」

「今はそれが必要」


 黒ローブの人は同じ物をもう一本持って、部屋を照らす蝋燭で火をつけ、菜穂の持つのにも火を移す。


「ここから先は私は背負っていけるかわからない。だから、使って」

「どうして貴方は私を連れて来たのですか?私は足手纏いにしかならないのに」

「私は貴方に迷惑をかけて、ここに連れて来てしまった。だから、元の所に戻す責任がある」

「ですが、脱獄したら元も子もないじゃないですか」

「私を狙う奴らに貴方が殺されるかもしれなかったから、仕方なかった。今も彼らは私と貴方を狙っている。彼らは一緒に捕まっていた貴方を私の味方と勘違いしてる」


 黒ローブの人がそう話した瞬間、着た方向から壁を壊すような大きな音がし、叫ぶ声が聞こえた。


「緑色の生き物を連れた女と鱗持ちは逃げたか。さあ、鱗の為にも追え!早く追うんだ!」


 恐らくこの声の主が黒ローブの人が話す敵であろうと菜穂は判断する。

 彼らがここに来るのは時間の問題だろう。


「わかりました、どうやら今はその貴方の言う敵を信じるしかなさそうですね。私は菜穂です。これからよろしくなのです」

「私は......藍翠。よろしく」


 そう言い二人は火のついた葉を咥えた。

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