第9話 泰京にて

 赤茶色を基調とした建物を、露天の鮮やかな看板や布、そして行き交う人々の熱気によって彩られている夕暮れの街、泰京。

 西にある山の向こう側との交易の中心地として栄えるこの街に菜穂と來は辿り着いた。


「御者が優秀であったお陰で、夜前に着けましたなご主人様。さて、目的地は羅家の屋敷じゃな。おらの後についてくるといいぞ」

「來は泰京の通行許可証を持っていたし、羅家の場所も知ってるってことは、よくここに来るのですか?」

「そうじゃ。蒼渓だけでは呪術の道具が中々に手に入らないからな。ご主人様、ここを右じゃ」

「それで、今日はもう遅いですし、ここで泊まるのですか?」

「そのつもりじゃ。既に御者に宿の手配をお願いしておるから安心せい。今度は左じゃ、そしてまっすぐ行って、大きな提灯の料亭の隣の石段を登るのじゃ」


 こうして菜穂は來の案内の元、泰京の街を進む。

 音楽と旅人で溢れていた蒼渓に対し、泰京は露天商や買い物客の喧騒で溢れていて、菜穂はその活気に心躍らせながら來の背中を追いかけていた。

 人は多いけど、緑色の肌の來は目立ったので、見失うことはなかった。

 來は確かに緑色の肌で尖った耳に大きなぎょろっとした目をしているが、菜穂の思い描いていたゴブリン程醜いわけではなく、小さな角やなんだかんだ愛くるしい顔は、逆に可愛いものである。

 そんなことを考えていると、辺りには屋敷が増えてきて、行き交う人もまたそれなりの身分と思われる人が増えて来た。


「ここは貴族街じゃ。庶民は中々来ないところじゃが、あの噂につられて羅家を探すものがちらほら見えるの。急がねば先を越されるかもしれんな。ご主人様、走りましょうぞ」

「そうですね、下手に集団に巻き込まれても面倒くさいでしょうし」


 菜穂は走り出した。

 最初の一歩を踏み出した時、菜穂はふと違和感を感じた。

 体が思っているより重く感じるのだ。歩いているときや普通に生活をしているときはそのようなことを感じなかったのだが、こうして走ってみるとそれを強く感じる。

 いくら改造人間の肉体とは言え、やはり機械の身体とは違うのだと実感しつつ、これから慣れるのに時間がかかりそうだなと菜穂はため息をつく。


「ご主人様、ここじゃ」


 來に言われ歩みを止めると、そこには人だかりができていた。

 どうやら既に多くの人が龍神様の鱗を求めて羅家屋敷に足を運んでいたらしい。

 だが、それを予見して羅家の者たちも菜穂の世界で言う警察のような者たちを呼んでいたようだ。


「やはりもうこんなに集まっておったか。ご主人様、羅家に行って鱗の確認は無理そうじゃな。帰った方がよかろう」

「そうですね、でも折角ですし近くまで行きませんか?そしたら噂とか聞けるかもしれませんし」

「面倒くさいことは避けないのか?」

「これは面倒くさいことじゃないのです。さあ、行きましょう」


 菜穂は人混みで來を見失わないように抱きかかえ、人の波に飛び込んだ。

 我先にと羅家に入ろうとして多くの人が押し合いへし合いしている中を菜穂は掻き分けて進む。


「もう羅家に侵入した奴がいるらしいぞ」

「というか、警備隊が続々と集まってるぜ、すぐに逃げた方がいいな」

「羅家の門は固く閉ざされているってさ」


 様々な飛び交う噂話を聞きながら菜穂は羅家の門があると思わしき方向に向かっていく。

 ふと、人が菜穂が進む方向とは逆方向に流れだした。

 先に進むと人の塊が途切れ、菜穂は人のいない門の前に辿り着いた。

 どうしたのだろうかと菜穂は辺りを見渡すと、羅家の屋敷の3階の窓が開け放たれていた。

 そして、そこから菜穂の所に向かって人が落ちて来たのだ。

 辺りから一斉に悲鳴が上がる。

 人はまっすぐ菜穂の頭上に向かって来る。菜穂は一歩下がって受け止めようとした。

 しかし、後ろから何者かが走って菜穂に突撃してきて、菜穂はよろめく。

 次の瞬間、菜穂は落ちてくる人と衝突した。

 激しい衝撃が背中から響き渡り、息が詰まる。

 そしてそのまま地面に激しく打ち付けられ、体中に痛みが走り、視界がぐるりと回る。


「容疑者確保!!早く縛り上げろ!」

「何をするんじゃ!お前達のせいでご主人様は......」


 訳も分からないまま菜穂の意識はそこで途切れるのであった。

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