第7話 旅芸人の一行

「ようやくお目覚めだね」


 目を覚ますと将の顔が目前にあり、菜穂は驚いて立ち上がった。


「ショウ、驚かせないでくださいですよ」

「ふふっ、悪かったな。ただ、外で眠っていると風邪を引くから、起こそうと思っただけなんだ」

「別に私は機械の体なのですから、風邪はひきませんよ」


 菜穂は将の手を掴み起き上がる。

 時刻は5月30日の午後22時43分、場所は飛空艇ファフニールの甲板。

 この時間は誰も外に出てくることはないので、だだっ広い空間には将と菜穂の二人しかいない。


「さっきは気持ちよさそうに眠っていたけど、何かいい夢でも見ていたのか?」

「そうですね、別の世界で、今と同じような星空を見ていた気がしました」

「そうか。あ、鈴木さんがメンテナンスは明日だって言ってたぞ」

「わかりましたと伝えておいてください」

「了解」


 菜穂たちは手すりに寄りかかり、ぼんやりと故郷を見下ろす。


「俺さ、またこうして菜穂と一緒に居られるって思っていなかった」

「そうですか」

「だって、12の時にお前が政府軍に連れてかれてさ、その後死んだって言われて、まさか機械人間になっているなんて思ってもいなかった」


 菜穂は自分の過去を思い返し自嘲の笑いを浮かべた。


「精神プログラムの書き換えや肉体パーツ交換で10歳の少年や73歳の老婆など沢山の人間に変えられてきて、脳が人間の本体ならそれさえ機械で、私を菜穂と証明する物は目に見えない魂だけで。ほんとは、菜穂はもういないのかもしれない......」

「ナホは、いつもナホだよ」


 将は体を回転させ、星空を仰ぎ見る。


「たまに思うんだ、ナホのことをこの”超能力”って力でまた人間に戻せないかなって。だってさ、テツは超能力で世界を変えようとしてるんだぜ。そんくらい強い力なのに、ナホ一人救えないって、可笑しな話だなって。だからさ、約束するよ。テツの暴走を止めたらさ、俺とテツの二人でナホを人間に戻して三人でまた一緒にあの菜の花を見に行くって」

「そんなの、できるはずないですよ......」

「そうか?神様に祈ってみたら奇跡が起こるかもしれないぜ」

「......」



「ショウ......」

「ご主人様、朝なのじゃ!」


 菜穂が目を覚ますと、ゴブリンの顔が目の前にあり、菜穂は飛び起きた。


「ご主人様、そんなに慌ててどうしたんじゃ?」

「......なんでもないです」

「そうか。それよりも、もう朝ごはんもできておるぞ。早く食べて出かけようぞ」


 來は菜穂のベッドから離れ、食卓に着く。

 名も無き呪術師の家は蒼渓の街の長屋で、一部屋しかない所で菜穂と來と三人で暮らしていたようだ。

 來が話すには名も無き呪術師は研究所を持っていたそうだが、死ぬ前にこの長屋以外全て売り払ってしまったそうで、そのお陰で二人は今、小金持ちであった。


「出かけるってどこに行くのですか?」

「この街について菜穂にはいろいろと教る為に、街を散歩しようぞ。あと、余裕があれば妖怪退治についても教えようと思っておる。さっ、その為にもまずは朝食を食べようぞ」

「そうですね」


 菜穂は起き上がり、昨日教えてもらったように寝間着から服を着替える。

 この国の服は多湿な気候柄か、薄絹で作られた上下一続きの衣を纏っている人が多い。

 基本的に、男性は襟の立っている長袖の衣に帯を締め袴を穿いている。一方女性は前開きの衣を胸の前で重ねて帯を締め、裙を着る。

 だが、菜穂のような妖怪狩人や旅人は男性のような服装をしていることが多く、あまり服装で男女を分けることはないようであった。


「ご主人様、腕によりをかけて作ったおらのご飯を召し上がれじゃ」


 來に促され、菜穂は席に着き箸を手に取る。

 來の作ってくれた料理は簡素なもので、雑穀に川魚を焼いた物、そこに鶏がらのトウモロコシの汁物があった。

 味付けは薄味であるがさっぱりしていておいしく、菜穂はすぐに食べ終わった。


「來は料理ができるのですね。名も無き呪術師さんに教えてもらったのですか?」

「いや、おらは名も無き呪術師から食材を渡されるだけで料理を教えてもらったことはない。だから、街の屋台で盗み見て練習したのじゃ」

「なるほど、これなら安心して家事を來に任せられますね」

「そうじゃな、ご主人様の生活はおらに任せておくのじゃ。さて、朝食も終わったことだし、出かけようぞ」

「そうですね」


 二人は身支度を整え、家の外に出る。

 この日は冬の訪れを感じるようなやや肌寒い風が吹いているが、とてもいい具合に晴れ渡っていて、街の至る所が活気にあふれていた。


「まずは、ここを右に行って広間に向かうとするかの。昨日の旅芸人の一行が居るやもしれぬ」

「龍神様の話を聞いてみたいですね」

「約束を果たす為に龍神様に逢いに行きたいのか?」

「正直、龍神様の存在をまだ信じきってはいないので、どうしようかと思いますし、お金のことだってありますし......」

「まあ、時間はいくらでもあるから、のんびり龍神様の話を聞いて今後の事を考えればよかろう。さあ、早く行かねば見れぬかもしれんぞ」

「......そうですね」


 広間に着くと、そこでは來の予想通り旅芸人の一行が龍神様の話について劇を行っていて、既に人だかりができていた。

 二人は近くの茶屋の二階に行き、そこでのんびりお茶を飲みながら劇を見ることにした。


「特等席じゃの」

「とても良く見えるのですよ。あ、もうじき始まりそうです」

「昔、昔、総の国があった時よりもさらに昔、そう、今から200年前の話だよ」


 そして、劇は開幕した。

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