第6話 蒼渓の街

 街に着く間に菜穂は來に今までの転生前のことをかいつまんで話した。


「つまり、ご主人様は今まで魂のないもぬけの殻じゃったのだろうな」

「だから、名も無き呪術師の命令無しには動けないということですか?」

「そうじゃ。まあ、今更ご主人様の昔がどうとか関係は無かろう。今のご主人様にとって大切なのは、過去がどうとかそう言うのではなく、”菜の花が咲く頃にまた会う”という約束を守ることじゃろ」

「うん、ショウとテツにもう一度会うのです。でも、どうすればいいのか見当もつきませんし、そもそもどうやってこの世界で生きていけばいいのか......」

「そうじゃの......おらは召喚獣じゃが、ずっとご主人様と行動を共にしておったし、多少なりとも人間の生活について知っておる。とりあえず、最初は街を目指そうぞ」

「そうですね」


 森から街までは思っていたよりも近く、菜穂と來が出会った場所から少し離れた崖から目視できるところにあった。

 二人が向かう街、”蒼渓ソウケイ”は川沿いの宿場町で、ここらでは3番目に大きな町である。

 旅人で賑わうこの町では傭兵業も盛んで、街に近づくほど商人や武器を携えた武人やらがちらほら見えるようになってきた。


「結構人がいるのですね」

「今は冬前に山越えを終えた商人や旅人で賑わっておるからじゃ」


 來がそう語るように、道行く人は皆、山から離れるように馬車や荷車を引く人が見受けられたが、中には山に向かっていく旅人もいた。

 二人は彼らの背中を見送りながら街へと急ぐ。


「冬の山に向かうとは、馬鹿な連中じゃな」

「そうですね。私も雪山に昔行ったことがあるのですが、機械の身であっても動きにくいし視界も悪くて最悪なものでした」


 菜穂たちはそのまま道なりに進むと、蒼渓の都門が見えてきた。

 そこでは門番が通行人を分別しているようで、通行許可証のような木の板を持っている者だけを通すようだ。

 中には通行許可証を持っていないのに強引に入ろうとして門番に外に放り出されている人もいた。


「出入りが厳しいですね」

「戦後は盗みや殺人が横行したからのお。それに、新政府の力が弱くて、都同士で戦を行うところもあるから、その守りの為の門と番人なのかもしれぬな」

「それで、來は通行許可証は持っているのですか?」

「なあに、それくらい持っておる。安心せい」


 來は懐からまた何やらよくわからない文字が書かれた木製の通行許可証を取り出し、菜穂に見せた。

 來が語るに、名も無き呪術師の家が蒼渓にあるため、通行許可証を持っていて、よくここを出入りしていたそうだ。

 菜穂はその話を聞いて自分が蹴り飛ばされる心配がないと安心しつつ、門に入ろうとしている人の列に並んだ。


「どんなところか楽しみですね」

「まあ、これといって普通な所じゃ」

「そうなのですか。そういえば、今気づいたのですが、來が私と歩いていても周りの人達は気にしませんよね」

「そうじゃな。召喚獣を召喚して連れている呪術師は多いし、飼い獣を連れている者たちも多いからの。まあ、おらと同族はなかなか見ないがの」

「そうなのですか。來は召喚獣ですが、召喚して戻すってどうするのですか?」

「本来の召喚獣ならば、自分の住処から召喚されて戻されるのじゃが、おらの住処はご主人様の所じゃ。故に、戻すことと召喚が同じ、つまり、いつでもおらを呼べるということじゃ」

「じゃあ、來とはいつでも一緒ということですか。なるほどですね」

「次の人!」


 門番に呼ばれ、二人は門の前に行く。

 前世ではこういう通行許可証が必要なところを通るときは厳重な認証システムがあり、菜穂は時間がかかると覚悟をしていたが、この世界ではそう言うのはまだ甘く、通行許可証を見せるだけで入れるようだった。

 その為、並んでから街に入るまでほんの数分しかかからなかった。


「一瞬でしたね」

「あれこれ厳密にしとったら時間がかかるからの。さて、蒼渓の大通りがもう見えてくるかの」


 門の先は人でごった返していて、二人は人の流れに流されるがまま街の中へと入っていく。

 そしてだんだんと人の密度が小さくなったころ、ようやく街の全貌が見えてきた。


「わあ......」

「ご主人様、これが蒼渓の街じゃ」


 木造住宅が所狭しと並ぶ街並みに、軒下の紅くて丸い提灯、石畳が敷かれた大通りには民宿、食堂が立ち並んでいて、あちらこちらから蒸し料理の煙や、肉を焼いている煙が漂っている。

 日が沈み黄雲が流れていく中、寒い秋風が吹くと言うのに、蒼渓の街は賑わっていて、どこの誰かが吹く笛のしらべが、暗闇に声を飛ばし、風に乗ってあちらこちらに満ちていた。

 それは初めて聞く曲ではあるが、どこか懐かしいように思いつつ菜穂は大通りを行く。


「ここは音楽も盛んなんじゃ。数軒先に行けばまた違う音楽を聴けるぞ」

「いいところですね」

「そうじゃな。じゃあ、そこの茶屋に立ち寄ってこの曲を聞いて行こうか」

「そうですね」


 そうして、二人が近くの茶屋に立ち寄り笛の音に耳を傾けていると、その笛の音をかき消すような牛車の音が鳴り響き、大勢の旅芸人の一行がやって来た。

 先ほどまでのもの静かで落ち着いた笛の音とは違い、太鼓や弦楽器をかき鳴らし、大声で何かを歌って歩いて行く。


「うるさいのお」

「本当に音楽で満ち溢れていますね」


 菜穂はついでだからと、その歌を聞いてみることにした。


「晴ぁれて楽しい、星空みぃれぇばぁ、泰京城かぁら、笛太鼓、笛太鼓。人生一度の龍神様はぁ、ヒューラ、ヒュラヒュラ、流れゆぅくよ天の川ぁ、柳ぃの枝折り、先へと急ぐ。緑苔峡を下りゆくのは、紅い提灯ぶら下げた小舟、ゆるりゆらり、ゆるらりらと、急ぐお方は、山へと向かうよ、 ヒューラ、ヒュラヒュラ、流れゆくよ天の川ぁ、馬にはなぁむけて、道を急ぐ」


 旅芸人の一行はそのまま街の広間に向かっていく。恐らく、今日はそこで何かするのであろう。

 賑やかな音が過ぎ去り、再び笛の音で包まれた頃、茶を頼みつつ菜穂は來に話しかける。


「お金ってあるのですか?」

「そこは名も無き呪術師が残してくれ取るから大丈夫じゃ。じゃが、貯金はいつでもあるわけではない。少ししたら働いて稼がねばいけないのぉ」

「そうですね。まあ、それはその時に」


 菜穂は茶をすする。


「龍神様とさっきの曲にあったのは神様なのですか?」

「そうじゃ。龍神様は、この国の神様での、おらたちの望みを一つ叶えてくれるのじゃ」

「なんでも?」

「なんでもじゃよ。じゃが、龍神様はここよりはるか北西の山にいるとの話じゃし、普通の人間とは会ってはくれぬそうじゃ。そうと言われても、人生で一度は会ってみたいものじゃの」


 その後、茶を飲み終わり、夕飯にと屋台で香辛料の入った野菜と味噌の麺を食べて菜穂と來は再び大通りを歩いていた。

 もうすっかり日は沈んでいて、星が瞬いている。


「さて、もうそろそろ家に帰るかの」

「そうですね」


 そして菜穂は來と共に家に帰るのであった。

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