第5話 過去話
ゴブリンは語りだす。
「――あれは、10年前のこと、ご主人様がまだ2歳であった頃のことじゃ。
時の大国”総”は、皇帝が妃を愛するあまりに政治を怠ったせいで乱れておった。
それにより起こった内乱により、ご主人様は孤児であったところを、名も無き呪術師を名乗る者にご主人様は拾われたのじゃ。
名も無き呪術師により、ご主人様は妖怪狩人として育てられて、その際に、おらが召喚されたのじゃ。
妖怪狩人というのは、妖怪と呼ばれる人喰い化物を狩る者たちのことじゃ。
あの頃は多くの妖怪狩人が戦により命を散らしていたため、人々を守るためにはどんな妖怪狩人よりも強い妖怪狩人の育成が必要じゃった。
だからご主人様は仙人の霊薬や月人の秘薬などといった怪しい薬で強い人間に改造され、その上更に厳しい修行を積ませられておった。
おらは幼いご主人様が厳しい修行を課せられていく姿を、影ながら応援するしかなくて、あの頃は辛かったものじゃ。
そして5年前、内乱が収まり新しい国”然”が建国し、ご主人様は妖怪狩人として働くようになった。
じゃが、ご主人様には致命的な欠陥があり、仕事はうまくいかなかった。
そう、ご主人様は名も無き呪術師の命令無しでは動けぬ存在となっておったのじゃ。
一人でろくに喋ることすらできんのじゃ。
名も無き呪術師が生きておった頃はそれでよかったのじゃが、彼が亡くなった後はどうなるのか、おらは毎日心配しておった。
そうして歳月が流れ、遂に今朝、名も無き呪術師は亡くなられたのじゃ。
おらは、もう死ぬしかないと思っておった。
そしたら、唐突にご主人様が走り出したのじゃ。
ご主人様は疲れを知らぬように、日が暮れるまで走った。
そして、おらが見失ったと思ったら、すぐまた現れて喋り出して......とこのようにして、今に繋がるのじゃ」
一つ一つゴブリンの話している内容を脳内で反復しながら、菜穂はゴブリンに確認を取る。
「つまり、私は改造人間で、妖怪狩人を生業としていた人形みたいなのだったということですね?」
「そうじゃ」
「そんな私が唐突にしゃべるようになったと、そう言うことですか?」
「そうじゃ」
「......話が違うじゃないですか......」
「何か言ったかの?」
「いいえ、何でもないのですよ。それにしても、私にそんな過去があったとは、驚きですね」
菜穂は手を組んで伸びをし、立ち上がった次の瞬間、ゴブリンが唐突に菜穂に飛びかかり、菜穂はその場に倒れる。
木の葉があたりに舞い、二人の上に赤く点滅しながら降り注ぐ。
「ご主人様は何も覚えておらぬのか!?」
ゴブリンの寂しげな声が森に響き渡る。
「......ご主人様は記憶喪失なのか?」
「ま、まあ、そうなりますね」
「......」
今までの流れでそのことに気づかないのかと、ゴブリンに少し呆れるものの、かえってそれが可愛らしく思えて、菜穂はそっとゴブリンを抱きかかえ起き上がった。
「しっかり伝えてなくてごめんなのです」
「別に、いいのじゃ。気にはしておらぬ」
菜穂はそっとゴブリンを離し、自分たちについた落ち葉を振り払った。
「ご主人様、ありがとうなのじゃ。さて、気を取り直して、自己紹介の必要がありそうじゃの。まず、おらは、ご主人様に仕える召喚獣、”來”じゃ。それで、ご主人様の名前は何なのじゃ?おらは名も無き呪術師からは聞いておらんのでの」
今まで主人の名前を聞いてこなかったのかと内心苦笑しつつ、菜穂は自己紹介をする。
「私は菜穂。苗字はないから、菜穂って呼んでいいですよ」
「菜穂、いい名前じゃ。ご主人様が菜穂と呼んでよろしいと言えども、おらはご主人様とよぶぞ。さて、ご主人様が記憶喪失とあるなら、ご主人様の為にも、街に行こうぞ」
「街があるのですか?」
「そうじゃ。じゃあ、おらの後について行ってくれ。この森はおらの庭のようなものじゃ。しっかり街まで辿り着けるぞ」
「それは安心ですね。それでは、出発しましょう!」
そして菜穂と來は街へと歩き出すのであった。
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