第4話 小鬼
「ご主人様ー!ご主人様ー!どこにおるのじゃー!?」
菜穂は起き上がるなり耳を澄ますと、そこには誰かを探す男児の声が聞こえて来た。
「ご主人様ー!ご主人様ー!どこにおるのじゃー!?早く戻ってきて貰わんと、おら、死んじまうー!」
その声は遠ざかっていくので、急いで音のする方向に菜穂は向かう。
森の乱立した木々を通り抜け、川を飛び越えると、先ほどまでの寂しげな森は一変し、鳥が舞い、鹿が走り去る生命の溢れる森が現れた。
そして少し開けた場所で、夕暮れによる逆光で影しか見えないが、声の主の小さな男の子の姿が確認できた。
菜穂はここはどこで、人はいるのかなどを聞こうと男の子に呼びかけ、彼の元に向かう。
「あの、そこの君に聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「何か用かの!?って......!」
男の子は遠くから声を掛けられて、びくっとして立ち止まった。
菜穂は後ろに何かいたのかと思って振り返るが、特に何の気配も無く、鬱蒼とした森が広がっているだけである。
なんだろうかと再び正面を向くと突然、男児は菜穂の元へと走り出した。
だんだん近づいてきて姿が見えるようになってくる。
そして、ようやく見えるようになって菜穂は驚いた。
それもそのはず、その男児は緑色の肌に、尖った耳をしていて、ギラリと光る歯を携えた大きな口に、頭には小さな角が二本生えていたからだ。
「ご、ゴブリン!?」
「ごぶりん!?なんなのじゃそれは!それより漸く見つけたのじゃ、ご主人様!どこにいっとったんじゃ!?」
男児は駆け寄るなり、その小さな手で心配そうにぎゅっと菜穂の服を掴む。
あまりの異世界ぶりに立ちすくんでしまった菜穂であったが、すぐさま気を取り直し服を掴むゴブリンと、一応、言語を介せる者同士としてコミュニケーションを取ろうと試みる。
「あの、君はゴブリンなのですか?」
「だから、その”ごぶりん”とやらは何なのじゃ?おらにも分かるように説明してくれぬか?」
「ゴブリンとは、邪悪で、意地が悪くて、醜い精霊のことなのです。私のいた世界では架空の生き物として扱われますね」
菜穂はわかりやすいようにゴブリンについて説明してあげると、理解してくれたのも束の間、男児は悲しげな顔をして泣き出した。
どうやら、ゴブリンと見なされたことがとてもショックだったようだ。
悪いことを言ってしまったと菜穂は気まずく思い、慌てて弁明を試みる。
「あ、あの、でも、君はそんなに、醜くは無いし、ただちょっと変わった存在だなーって思っただけなのです。悪意はないのですよ」
「ご主人様はおらをそんな生き物と思っておったのか......おら、悲しいぞ。でも、ご主人様を変えることはおらたち召喚獣にはできぬからの。おらたちは、ご主人様が生まれたときから共にあるからな」
ゴブリンの男の子がふと、召喚獣といったような気がして、菜穂はまさか、この子が自分の召喚獣なのかと思考を巡らす。
火の鳥の話だと、召喚獣の召喚方法は既に菜穂の記憶に入っているとのことであったが、思い返そうにもいつ召喚方法を行ったかどころか、召喚方法さえわからない。
このまま考えても、どうしようもないので菜穂はそこのゴブリンに聞いてみることにする。
「もしかして、さっきから私のことを”ご主人様”って呼んでるってことは、君は私の召喚獣なのですか?」
「そうじゃ。ご主人様は覚えておらぬようじゃが、おらは歴としたご主人様の召喚獣じゃ!自分自身、何の生き物かよくわかってはおらぬが、ご主人様が言うなら、おらは恐らく、その”ごぶりん”とやらなのじゃろう。だが、おらは醜くても、邪悪でも意地が悪くもないぞ。安心しとくれ」
ゴブリンは自信満々に胸に手を当て誇らしげにそう語る一方、このゴブリンが召喚獣なのか、と菜穂は驚くと同時に落胆するのであった。
「なるほど、君が召喚獣なのですか......」
「そんなに嫌であったのか?」
「嫌だという訳じゃないですけど、何というか初対面なのに向こうが私を知っているというこの状況が居心地悪いのです」
「ご主人様、おらたち、もう10年来の相棒であるぞ。それで喋るようになったかと思えば初対面と言われ、居心地が悪いと言われるなんて......おら、おら、どう生きていけばいいのじゃ?」
「10年来の相棒?私は今さっきこの世界に来たばかりですよ。もしかして、君の主人は私じゃないのではないのですか?」
「それはないのじゃ。この印を見るのじゃ!」
ゴブリンは右手の手袋を外し、手の甲を菜穂に見せる。
そこには甲骨文字のような文字で描かれた魔法陣のような烙印が押されていた。
「これが召喚獣の証じゃ。ご主人様の右肩にも同じものがあるぞ」
「と言われましても、右肩じゃあ確認できないのですけど......」
「でも、おらは正真正銘のご主人様の召喚獣じゃ!10年前にご主人様に召喚されたことは、今でも昨日のことのようにありありと思い出せるぞ!」
「だったら、その今までの10年の話とやらを聞かせてくださいなのです」
「わかった。じゃあ、おらが懇切丁寧にこれまでの10年を語ろうぞ」
そして、二人は近くの岩に腰を掛け、ゴブリンの長話が始まるのであった。
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