第3話 蘇り

 川のせせらぎが聞こえた気がして、菜穂は目を覚ました。

 辺りには人口物の全くない森が広がっていて、菜穂は本当に自分は異世界に来てしまったのだと実感する。


「ようやく目覚めましたね」


 ふと火の鳥の声が聞こえ、そちらの方向をむくとそこには一羽の雉がいた。

 菜穂はそっと雉に近寄ると、雉は丁寧にお辞儀をした。

 どうやら、この雉が火の鳥のようだと菜穂は思った。


「神の愛し子がお思いのように、この雉の姿はこの世界の私の姿です。本来ならば、異世界転生を選んだ場合、私が世界に降り立つことはないので臨時で申し訳ございません」

「あ、あの、いえ、全く問題ないのですよ」

「お気遣いいただきありがとうございます。それでは、こちらから前の世界の我が主より貴方に説明するよう仰せつかっていることをお伝えします」


 雉はおもむろに羽の下から長い巻物を取り出し、それを読み上げだした。


「”世界を救いし者よ、汝の力により、新世界が誕生することはなく世界に再び平和が訪れた。この功績をたたえ、汝に3つの褒美、強力な召喚獣、魂記憶管理能力、人間の肉体を渡す。”我が主はそうおっしゃっておりました」


 新世界が誕生することなくということは、将が哲を止めることに成功したということを意味する。

 菜穂はその事実に喜びつつも、火の鳥の話す3つの褒美について考えていた。


「強力な召喚獣、魂記憶管理能力、人間の肉体の3つが褒美というのですが、それは一体何なのですか?」

「まず強力な召喚獣についてですが、既に貴方の記憶に召喚獣の召喚方法を入れておきましたので、それを参照してください。次に魂記憶管理能力についてですが、端的に言えばこれは貴方の前世の記憶の引継ぎのことを指します。ですが、貴方の情報の一部は元の世界のネットワーク上にある為、完全な記憶の引継ぎではないことは留意しておいてください。そして、最後の人間の肉体とは文字通り、貴方は人間の肉体を手に入れたということです。詳しい説明は以上になります。更に詳しい情報をお求めの場合は貴方の記憶を探れば保存してあるので、そちらを参照して下さい」

「なるほど、わかりました」


 菜穂が納得した様子を見て雉は毛並みを整え、巻物を仕舞った。どうやらもう出発するらしい。

 菜穂は感謝の意を込めそっと雉に礼をする。


「ここまでお導き感謝します」

「それでは神の愛し子よ、幸運を祈っています」


 雉はそう言い残して空の彼方へと飛び去っていった。

 菜穂はその姿を見届け、ふと近くにある木に触れる。

 非現実的なことが地続きに起こり、現実感がまるでなかったが、こうして木に触れて、そのごつごつとした触り心地を感じ、菜穂は人間の肉体であること、自分が死んだこと、全てを実感する。


(私は、人間に戻ったのですね。また心臓が鼓動して、肺が呼吸をして、肌が空気を感じて、私は人間なのですね)


 誰もいない昼間の森は、鳥のさえずりさえなく静かで、寂しいものだった。

 しかし、鉄とコンクリートの五月蠅い街と異なり、どこか心落ち着く寂しさであった。

 菜穂はそのまま地面に仰向けになり大空を見上げる。

 あの時見上げた空と同じ位青い空は、あの時と同じ位遠くまで広がっていた。

 ふと、頬に涙が伝う。


(ショウ、テツ、私また泣き虫に戻ってしまったみたいなのですよ。人間として生きているとはこんなにも、嬉しいことで、涙が止まらないのです)


 そして、菜穂はゆっくりと目を閉じ、そのままじっとしてみる。

 音が大きく聞こえるようになり、風が木々を揺らす音、遠くで鳥が羽ばたく音、いろんな菜穂の音が耳に入ってきて、菜穂は言葉にならない感嘆をする。


(生きているだけでも、途轍もないことで、私は今、生きているのですね。指先に血が行き届く感覚がして、それはとても心地のいいもので。ショウとテツも、今もこうして遠くで生きているのだと思うと、もう胸が躍るようで......)


 その時、ふと足音が聞こえ、菜穂は急いで起き上がった。

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