第2話 異世界転生
無数の銃弾をその体に受け、菜穂の生命維持システムは大破していた。
意識にノイズが走り、菜穂は死体の海に倒れ込む。
もはや、指一本たりとも動かすことはできなかった。
(人を一人以上殺した者は人間として死ねないなんて話を聞いたことがあるのですが、こうなった今ならそれがよくわかるものですね。もう、私は人間じゃないのですから)
菜穂は最期に自爆プログラムを発動させるようになっている。
政府軍の技術の結集である菜穂は、情報漏洩防止の為に死体すら残らないようになっている。
(人間の魂は輪廻の輪に還るとか天国に行くとか言うものですが、人形の魂はどこに行くのでしょうか。どこか遠くに行ってしまうのでしょうか。もし、遠くに行くのでしたら、菜の花が咲く頃に、また会えるのですかね)
「自爆までのカウントダウンを始めます。20、19、18......」
菜穂は自分の体から勝手に流れるその声を聴きながら、ぼんやりと将と哲の二人に思いを寄せる。
(ショウは無事にテツを止められたでしょうか。そうだといいのですけど。でも、あの二人の事だから、くだらないことで言い争っていたりして)
無理に体を動かして笑ってみるも、モーターが空回りする音しかしなかった。
「13、12、11......」
(そして、私がそこに現れて二人の喧嘩を止めるのです。ああ、また二人に逢いたいです......)
「3、2、1......自爆プログラムを起動します」
菜穂の意識はここで失われるのであった。
※
「......目を覚まして......神の愛し子......」
優しい女性の声で菜穂は目を覚ますと、そこは無数の星々の海の中だった。
不思議と呼吸はでき、体は軽かった。
いくら痛覚遮断をしていても、動作不良で体の重さや動きにくさ、思考のノイズがあるものだが、この空間にはそれらさえない。
菜穂は自分の人間のような滑らかな体を見て、ふと機械の自分を疑う。
「ここは......私は死んだのですよね......?」
「ええ、そうです」
独り言ちていると、唐突に隣から声がした。
慌ててそちらを向くと、そこにはこの世の物とは思えない程美しい日に包まれた黄金の鳥がいた。
灼灼としたその鶏冠に、エメラルドのように煌びやかな鸚鵡の嘴、そして鱗で覆われた首の根元にはクジャクのように色鮮やかな黄金の羽で覆われた体があった。
その姿は、まさしく火の鳥であった。
菜穂はその神々しさに圧倒され、目を伏せていると火の鳥が話しかける。
「私は貴方を導くものです。貴方の認識している通り、貴方はもう死んだのです。ですが、神の愛し子である貴方にはもう一度人生をやり直すことができます」
もう一度人生をやり直す、それはどういうことかと早合点した菜穂はすぐに顔を上げ、火の鳥に近寄る。
「それは、つまり、ショウとテツがあんなことになる前に戻れるのですね!?」
菜穂はやり直せるなら、哲が超能力者として目覚めて世界崩壊計画の実行をする前に戻りたかった。
そして、みんな死んでしまったあの悲劇を無かったことにしたかった。
「残念ながら、それは叶わない願いです」
「そんな......」
「この世界のほかにも、無数の世界があり、中には貴方のいた世界のように危機に瀕しているものもあります。神の愛し子は危機に瀕している世界を救う為に存在する者です。故に貴方は死んでしまった場合、異世界へ転生をするか消滅するかしか道はないのです。人生をやり直すとは、つまり消滅ではなく異世界への転生を行うことを選ぶということです」
「その......消滅、つまり意識さえ跡形もなくなるのですか?」
「そうです。消滅は、もはや存在さえ消えてしまう。誰からも忘れられるのです。ですが、転生を選んだ場合は、神の愛し子ではなくなるため、輪廻の輪に還ることができます」
神の愛し子としてこの世に生まれた菜穂は、普通の人間のように輪廻の輪に還ることができない。
唐突にそのような事実を告げられて、考えがそう纏まるわけではないが、ただ消滅を選んだ場合、あの約束を”菜の花が咲く頃にまた会おう”という約束を守れないことだけは火を見るよりも明らかであった。
だが、転生を選んだ場合でも、異世界へ行くことだから、約束を守れる可能性は限りなく零に近い。
しかし、死して尚、約束を果たせる可能性が、みんなとまた会える可能性があると言うなら、菜穂がその可能性にかけない理由はなかった。
「菜の花が咲く頃に、また会うんです......ショウと、テツと、また会うんです......ですから、選択なんて無いじゃないですか......」
「では、転生を選ぶのですね?」
「そうです。迷いはないのです」
「わかりました」
火の鳥は菜緒の決意を聞き、顔を和らげた。
そして菜緒に背中を向けて、体を低くした。
「それでは、私の背に乗ってください」
「背中にですか?」
「ええ。貴方を、新しい世界に連れていきます」
菜穂は火の鳥に言われた通りに背中に跨った。
思っていたよりも火の鳥は大きく、人一人が乗るには十分な大きさであった。
「それでは、目を閉じて、安らかに眠りなさい」
火の鳥のその声が聞こえ、体はあたたかな炎に包まれ、甘い眠気が菜穂を覆うの感じた。
これからのことなど分からないし、これが夢か現かさえわからない。
だが、菜穂は火の鳥の背に乗っている間は全てを忘れ安らかに眠れたのであった。
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