第15話 

浜崎家に来てから初めのうちは、優太と詩織は週に一回程度会っていた。

詩織は別の施設に預けられ、週に一日正志が休みの日に家に戻る。

その1日に一緒に会って、プールに行ったり、ご飯を食べたりしていた。

そんな日がしばらく続いた。

でもある頃から、ほとんど詩織と会うということは無くなっていった。

「詩織ちゃん、今日からこの家で暮らしていくことになるんだよ。」

古橋が、詩織に向かっていうが、詩織は全くの無反応であった。

優太と同じで、自分が置かれている状況がよく分かっていなかった。

優太も詩織もパパ、ママという言葉は知っていた。

だがそれは音として知っていたに過ぎない。

父、母であることの責任や苦労というものについては知らない。

当然と言えば当然だった。

だから、自分の親が急に変わっても、そういうものなのか、と思っていた。

家が変わるのも、産みの親と育ての親が違うのも、

そんなものか・・・、と何も不思議に思っていなかった。

物事は何かと比較してその姿を知ることができる。

普通を知っていなければ、異常を知ることはできない。

優太も詩織も普通の家庭というものを知らなかった。

自分の家庭以外を見たことがなかったからだ。

だから、しばらく優太も詩織も自分の置かれている環境に違和感を感じることはなかった。

「今日からこの家で暮らしていく。」

その言葉の本意を知らないまま、詩織は養子として迎えられた。

***

美幸はベランダでタバコを吸っている。

「あれ、タバコやめたんじゃなかったっけ?」

「あー、これは週に一回の吸ってもいい日だから。」

「そう言いながら昨日も吸ってたでしょ?」

「そうだっけ。」

そう言い、美幸はタバコをふかす。

優太が生まれてから、いや生まれる前から、タバコはきっぱりとやめていた。

換気扇の下で、タバコをふかしている正志を見て、

あんな体に悪いものなんで吸っていたのだろうと思っていたくらいだった。

***

詩織を養子に出した後の帰り道の車の中。

「タバコ持ってる?」と美幸は正志に聞く、

「はいよ。」とポッケの中から少し潰れた箱とライターを美幸に渡した。

窓を開け、タバコに火をつける。

少し咳き込むと、

「吸い方忘れたか?」

「2年以上吸ってないからね。」と咳き込みながら言う。

信号待ちしている間に、正志もタバコに火を着けた。

その後の二人は一言も発しないまま誰もいない家に帰った。


終わりが見えない時ほど辛く、一歩進むのもしんどいものはない、

ただ終わりが見えると自然と前に進める。夫婦関係もそうなのかもしれない。

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