第14話 

疲れた顔やしんどそうな顔、もう死にたいと思っている人の顔はなかなか記憶に残りにくい。棺桶に入った故人の顔がどんな顔だったかは数年も経てば記憶から消えるだろう。

逆に笑顔や喜んでいる顔は記憶に残るものだ。

生気の宿っていない顔は、記憶に残らないものだ。

美幸が優太と詩織と過ごした時間は、2年ほどで、

その期間のほとんど美幸に生気というものは宿っていなかった。

電池が切れかけのロボットのように電源を入れれば少しは動くが

すぐに止まってしまう。そんな状態だった。

子供は、生後8ヶ月くらい経てば母親の顔を認識するらしい。

しかし優太は母親の顔を覚えていなかった。

もし目の前に美幸が現れても、その人が自分の母親だと気づかない。

それは詩織も同じだった。

その代わり覚えているものが、母の匂いとなんとなくの雰囲気だった。

***

優子先生はどことなく美幸に近しいものを持っていた。

だからか、優太はいつも優子のそばにいた。

特に何かしてとお願いするわけでもなくただ近くにいた。

「優太君どうしたの?」と優子が聞くと、何も言わずそのままその場を離れた。

一年後、その優子先生が結婚し、保育園を辞める時、

優太は笑うでも泣くでもなく無表情に花束を渡した。

「優太君、優子先生好きだったもんねー」

と周りの先生は言っていた。


でも実際は少し違っていた。

優太は、浜崎さんたちが自分の両親ではないことをちゃんと分かっていたが、

なぜ、実の両親と一緒じゃないのかについてはよく分かっていなかった。

両親と一緒じゃないことに関しては不思議なことのそのことについては悲しいという気持ちはなかった。

それは、浜崎さんたちが人格者で親子のように接してくれていたからかもしれない。自分は他の家庭とは違うという感情にならなかったのだ。

だが人との別れに関して言えば、あの保育園の中では最も強烈な別れを経験している。

別れというものにはいくつか理由がある、

お互いの帰る場所が違ったり、死別など物理的にもう2度と会うことができかったり、お互いの向かう方向が違ったり。

理由があるから、その別れに納得し、理解し、受け入れることができる。

人によっては受け入れるのに時間がかかることもあるが。

最も苦しいのは理由なきものだ。

優太と美幸の別れには、理由があったが、そのことについて優太は知らない。

そして妹である詩織との別れについてもだ。

だから優太はどうしたのか、

「そういうものだ」と、半ば諦めていたのだ。

自ら会いたいと言ったことは一度もなかったし、理由を聞くこともなかった。

子供ながらに無邪気に聞くことはしなかった。

浜崎家の浜崎優太であることに何の違和感も感じていなかったのだ。


だが、時が経つにつれ、優太にも本当の家族に会いたいという気持ちが少しずつ出てきて、なぜ両親が離婚したのか、詩織となぜ離れ離れになったのかが気になり出してくる。

でもその時には、優太は無邪気に聞けるほどの年齢じゃなくなっていた。


優太は、人の情けない部分、嫌な部分、失敗した場面を見るのを嫌った。

テレビ番組でも、人の情けない部分やダメな部分を笑いに昇華してエンタメにしている場面を見た時、自然とチャンネルを変えてしまうぐらいだ。

そして、父に離婚した理由を聞くということは、仮にも血のつながった親の、

情けない部分を見ることになるとなんとなく分かっていた。

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