第11話
美幸は、寝ている詩織をじっと見つめている。
目に正気が宿っているようでいないようで、曖昧ではっきりとしない感情を傍に抱えながらじっともうすぐ娘じゃなくなるその子を見つめていた。
正志は、換気扇の下でタバコを吸いながらテレビを眺めている。
テレビで何をやっているかなんてどうでも良く、会話のない無音の空間を嫌がって惰性でつけているだけだった。
ため息をタバコの煙を吐くことで誤魔化しながら待っていた。
正志のケータイが鳴った。
「はい、はい。わかりました。今から行きます。」
そう言い正志はケータイを切る。
「お前は、来るか?」
と正志が美幸に聞くと、美幸は首を横に振った。
「そうか、じゃあ詩織連れて行くからな。」
そう言い、詩織を車に乗せて、児童相談所に向かった。
美幸はベランダから遠ざかっていく車を視界から消えるまでずっと見つめていた。テレビからは、バラエティ番組でもやっているのか笑い声が聞こえる。
美幸も、テレビから聞こえるその声と同じように笑った。
***
児童相談所につくと、玄関先には古橋と、初めて見かける夫婦が並んでいた。
詩織の養子先となる夫婦の二人だ。
少し若く見えたがそれもそのはずで正志より歳は5つ下で30歳だ。
自分よりも若い人に子供を養子に出すと言うことに若干の抵抗を覚えながら、
抱き抱えた詩織を二人に預けた。
1億円の腕時計を扱う以上に慎重に詩織を抱き抱えた。
詩織は一切泣くことはなくそのまま、彼女の腕で作られた籠の中ですやすやと寝ている。二人はその寝顔を、喜びと慈しみを混ぜ合わせた顔で覗き込んでいる。
正志はその光景を無表情に無感情に美幸に向ける眼差しと同じ目で眺めていた。
「正志さん、美幸さんは来られなかったんですか?」古橋が正志に聞くと、
「はい、行かないと言っていたので。」と無表情のまま答えた。
「そうですか。」古橋はなぜとはあえて聞かなかった。
「これから、詩織ちゃんは池田詩織として生きて行くことになりますが、正志さんとの親子関係は解消されることはなく2組の良心を持つこととなります。
なので、池田さん、詩織ちゃんがある一定の年齢になった時は、本当の両親がいることを伝えてください。そしてもし、詩織ちゃんが両親に会いたいと言った場合は、正志さんたちに合わせていただくようよろしくお願いします。」
池田とは、この二人の夫婦の姓だ。
養子縁組には普通養子縁組と特別養子縁組があるが、詩織の場合は普通養子縁組のところに迎え入れてもらった。
「わかりました。」と二人が言うと、
「よろしくお願いします。」と正志は、無感情な表情を少し崩して言った。
短い言葉であったが、その言葉には父親としての感情を少なからず含んでいたきがした。
そして詩織と、正志が会うことはこの日を後に一度もなかった。
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