第10話 

「詩織は、養子に出そうと思うんだが…」

正志が、神妙な顔で美幸に言うと、

一瞬自分の耳を疑った。

また、この人はなんの相談もなしに、と思ったが、ついこの前に自殺を図った人間に相談することなんかないかと、喉につっかえを感じながら正志の言葉を受け取り、

「そうですか…」となるべく何も思うところはないようにいった。

「でも、子供二人を引き取ってくれるところってあるんでますか?」

「いや、養子に出すのは詩織だけだ。」

「え…、なんで?」

「いや、優太は、男の子だからさ、跡取りのこととか考えるとさ…、ね、その分詩織はほらさ?」と、歯切れが悪く正志が言う。

待って、と言うことは

子供は育てたくないけど、家は継いで欲しいってこと?

と言うか、あなたただのサラリーマンじゃないの?家を継ぐって何?

美幸は、正志の考えていることがわからない。

いや、美幸以外の人でも、どう言う思考回路でこの結論を出したのか誰一人として正志本人すらも説明できないだろう。

「ということは優太と詩織はもう兄弟じゃなくなるってこと?」

「戸籍上はそうなるけど・・・。」

色々と聞きたいことがあったが、正志の反応を見る限りどんな説明をしてもらっても納得することはないと悟った。

というより、彼は私にして欲しいことはなんとなくわかった。

彼は私に何も言わずにただ頷いて欲しいのだ。

何もできない私の介護と、子供について考えることからさっさと逃げたいのだ。

もうすでに、離婚することは決まっている。

あとは優太と詩織をどうするかだけだった。

優太は浜崎さんの元に預かってもらっているが、

詩織はまだ乳児ということもあって、預かってもらうにはまだ小さい。

児童相談所の人に相談したところ、どうしてももうダメだというなら、

養子に出すという手あると言われたらしい。

そして正志は「じゃあそれで」とまるで、居酒屋の今日のおすすめでも頼むかのように言ったらしい。

流石に奥さんと相談して決めた方がいいと言われ、今この時を迎えたわけである。

「詩織の気持ちも尊重した方がいいと思うんだけど。」と美幸はできる限りの抵抗をしてみたが、

「いや、気持ちも何もまだ1歳でしょ?」と正志はそれを突っぱねた。

「そうですよね・・・。」と美幸は情けない顔で言った。

しばらくの間沈黙が続いた。

秒針の進む音が部屋に響く、大した音ではないがその時はやけに大きく聞こえた。その音が決断を迫っているようだった。

養子に出すのか否か。でも美幸の中ではもう決まっていた。

離婚するのが決まってから子供たちのことは全て正志に任せると決めていた。

先に口を開いたのは正志であった、

「じゃあ、養子先が決まったら伝えるわ。」

「・・・よろしくお願いします。」美幸は全ての感情を殺して、短くそういった。

詩織の養子先が決まったのは、優太を預けてから2ヶ月後の12月頃だった。

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