第8話
正志と美幸は自分たちは子供を育てる能力がないということを知った。
典型的な亭主関白の正志に、美幸はこれまで文句も言わずに妻であり続けた。
亭主関白というとあれこれ妻に要求するくせに自分は妻のために何もしない人間をイメージするが、正志は要求すらしなかった。
何かをやってくれではなく、なぜこれをしないのかということから始まる。
ご飯を作ってくれ、風呂を沸かしてくれではなく、
なぜ飯がないのか?、普通風呂は沸いているものだろ?と言った感じだ。
これは妻が夫に尽くすということが当たり前だと思っているから吐ける言葉だ。
そしてそういった言葉は、美幸の自尊心や自己肯定感を徐々に蝕んでいった。
そして優太が生まれ、完璧な妻に加えて完璧な母親であることを美幸は要求された。
傷ついた自尊心や自己肯定感は、感謝や労いの言葉によって回復するものだが、
そんな言葉をかけてくれる人は美幸の周りにはいなかった。
ある日、美幸は相当疲れていたのか、優太と詩織が寝るとそのまま寝落ちしてしまい、正志が帰ってくるまでそのまま寝てしまった時があった。
「おーい、起きろ。」と正志が美幸の頬を軽く叩いて起こすと、
「ん・・・、今何時?」と美幸が疲れた低い声で言う。
「もう、今日7時過ぎてるぞ。」
「えぇ・・・。」と美幸は体をゆっくりと起こし、
「すぐに夕食の準備しますね。」と言った。
炊飯器を開けると、ご飯だけは炊けていた。
正志は、夕食を作る美幸に背を向けながら缶ビール片手にビールを飲んでいる。
あまり長くかからないように簡単なものに済ませた。
「できましたよ。」と美幸が出すと、
「なんか、朝ごはんみたいだな。」と正志がぼやいた。
美幸はそれに対して何も反応しなかった。
正志と美幸は食事の最中は一切言葉を発しなかった。
テレビの音が無ければ、静寂に殺されそうであった。
正志は朝ごはんみたいだと言った夕食を食べ終わると、食器をテーブルに置いたままトイレに行った。
美幸はその食器を流し台に置き、自分の食器と一緒に洗った。
洗いながら、さっき正志がぼやいた言葉を頭の中で反芻していた。
美幸は洗い物の手を止め。
「ダメだ・・・。」と小さくぼやくと、ベランダに向かった。
「おい、水流しっぱなしだぞ。」とトイレから出てきた正志がいうと、
美幸はベランダの柵に足をかけた。
「バッカっ・・・」と正志は慌てて御幸のもとに駆け寄り、
部屋の中に連れ戻した。
「お前、何考えてんだ!」
めったに大声を出さない正志がこの時だけは、声を張り上げた。
美幸は何も言わない。
うっすらと笑いながら目からはボロボロと涙を流していた。
翌日、病院に行き、美幸はうつと診断された。
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