第7話 

「ただいま。」

美幸は申し訳なさそうに言うと、

「お帰りなさい。遠かったでしょ。」

そう笑っていい、荷物を持って美幸を家の中へ入れた。

美幸の母も、同様に離婚して今は再婚相手と暮らしている。

美幸を20の時に産んだから、今は46歳になる。

「美幸さん、帰ってきてたんだね。」

奥から、男が出てきた。母の再婚相手の義信さんだ。

「どうも。」と小さく答えた。

母の元夫も、正志もそうだが、昔気質の亭主関白といった男だった。

家に帰ったらご飯とお風呂が用意してあることを当たり前と思っていて、

要求するのみで、彼らが何かをしてくれることは基本的にない。

妻の病気や里帰りで、自分でやるしかなくなった時にやっとその無駄に重い腰を上げる。文句を言いながら「なんで俺がこんなことせんといかんのだ。」と、

こいつらはまるで妻を家政婦かなんかと思っているのかと思ってしまう。

子供が生まれたから仕方なく結婚したのか?とさえ思ってしまう。

実際、美幸と正志は優太が生まれることをきっかけに結婚したが・・・。

義信さんは、それとは全くの正反対の人であった。

一人暮らしの期間が長かったからか、それとも子供の時から家の事情で自分でなんでもしなくちゃいけない環境にいたからか、母がちょっと家事をするだけで、

ありがとうと毎回言っていた。

寧ろなんでもやろうとする母を「少しは人に任せろ」と叱るぐらいだった。

だがこの義信の優しさが、美幸はかえって怖いと感じる時がある。

それは無知に対する恐怖に近いものかもしれない。

優しい人間を知らないから、いつかその優しさが裏返るかもしれないと怯えている。虐待を受けてきた動物が、温厚な人間でも近づかず距離を置くようなことに近いのかもしれない。期待して裏切られるのなら最初から期待しない。自分が頑張れば丸くおさまるといった生活をずっと続けてきたから、自分も他人も信頼できなくなってしまった。

母が離婚したのは、美幸が中学2年生の時で、美幸も子供ながらにおそらく両親は別れるのだろうとなんとなくわかっていた。

ただ、両親が離婚した後にどうなるのかまでは想像できていなかった。

おそらく母親と一緒に暮らすことになるということまでしか想像できて

いなかった。

母親は働きながら、女で一つでそこから美幸を育てていった。

美幸も少しでも家計の足しになるようにとバイトをしながら夜間の高校に通っていた。不思議なことに離婚前の生活よりも少しばかり贅沢できた。

前の父はとある宗教に入信していて、そこでは極力質素な生活して贅沢を排除するみたいらしい。稼いだお金はほとんど宗教に入れていた。

チェックのシャツに履き古したヨレヨレのデニムと、側から見たらどう解釈してもダサい格好をずっとしていた。それしか着るものがなかったからだ。

「私のオシャレは20年先をいっているから。」と変な理屈を言って誤魔化していた。中学校の制服も誰かのお下がりだった。

制服以外の服が全部ダサいから、休日もずっと制服かジャージで過ごしていた、

「美幸っていつも制服かジャージだよね。」と言われた時は

「結局これが一番楽なんだよね。」とまた誤魔化していた。

中学を卒業する前に初めて、母よ一緒に洋服を買いに行った。

デパートとかじゃなく近くのショッピングモールだったが、

美幸にとっては、初めて自分で服を選ぶことなのでかなり緊張した。

自分で選んだ服を、友達は「いいじゃん。」と言ってくれた。

ちょっとだけ嬉しかった。

離婚してよかったと思った同時になんで、両親は結婚したのだろうとふと思った。だが、多分私と同じだと思う。

選択を間違えたのだ。相手がどう言う人間かを見定める前に結婚してしまった。

そして、後で本性を知ったのだ。

人に点数をつけるのは良くないと思うが、前の父は人間的にはマイナス点で、正志は何もしないと言う点で0点だった。

義信さんは、もちろん贔屓目ありで100点だ。

「義信さん、美幸離婚したって。」

「え?そうなんだ。」

義信は思ったよりも驚いていなかった。

「そうかー、まああの人はね・・・。」

「義信さん、正志さんのこと嫌いだもんね。」

「え?そうだったの?」

「嫌いというか、まあ、嫌いか。」

「でも、数回ぐらいしか会ってないよね?」

「いやあの人、美幸と俺が血が繋がっていないって言ったら、

あからさまに舐めた態度とったじゃない。」

「あー、あれはちょっと気持ち悪かった。」

「そういや、優太と詩織は?」

「それは・・・、」美幸が口ごもっていると、

「今、里親のもとで預かってもらっているんだって。」

母が代弁するかのように言った。

義信は目を見開いた。

「あんだけ血の繋がりとか色々言ってた人が?」

「しかも、正志さんが勝手に決めたらしい。」

「よくわからないな、あの人は・・・。」


机の上には空になった缶ビールが綺麗に3本並んでいる。





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