第3話
「それは、どういうことですか?」
美幸は、なぜか敬語を使った。
「いや、そっちの方がいいだろう。」
正志はそう答えるが、質問に対する答えになっていない。
「そっちの方がいいって・・・。」
「育児でしんどくて、病気がなかなか治らないならいっそのこと、
育児は一旦お任せして、まず完治させたほうがいいんじゃないの?」
「それもそうかもしれないけど・・・。」
「ん?」
正志は、何か反論でもあるのかというような顔で美幸の顔を見る。
「預かってくれるところはあるの?」
「あーそれは大丈夫。この前、相談したらここはどうですかって紹介してもらったところがあるから。」
「そうなんですか。」
美幸は身体中から力が抜けていった。
これまで頑張ってきたのが否定されたような気持ちだ。
正志も一応手助けはしてくれていたと思う。
毎日ではないが、手が空いた時に家事や育児を手伝ってくれた。
子供の頃は、父が家事なんてやっているところなんて見たことがないから、
家の中で男というのは何もしないのが普通だと思っていた。
少しでも手伝ってくれているだけでありがたいと思わないと、と思っていた。
「じゃあ、そこにお願いしに行きます?」
「うん、じゃあ、来週の土曜の夜に詩織と一緒に行こう。」
そういい正志は缶ビールを開けて、テレビを見始める。
美幸は、袋の中から錠剤を取り出し水で流し込んだ。
正志は作りかけの離乳食を見て、
「あ、それまだ食べさせてないじゃん。」
「え?あ、そうだった。」
正志が、何やってんだというように美幸を笑う。
美幸は、苦笑いするだけだった。
「ごめん、ちょっとお腹痛くなってきた。ごめんだけどそれゆうたに食べさせてもらえない?」
「ん?あーわかった。」
美幸は、逃げ込むようにトイレに向かった。
美幸はそれから1時間以上はトイレから出てこなかった。
正志は、優太に離乳食を食べさせ終えると、器を洗い、
優太を寝室に移した。
美幸がなかなか出てこないなと思いながらも、優太を布団に寝かせた。
それと入れ替わるように詩織が目を覚ます。
「あー、起きたか。おしめかそれともミルクか?」
詩織の背中をさすりながら正志が言う。
「おーい、まだトイレか?」
トイレの扉がゆっくりと開いて、美幸が出てくる。
美幸はそのまま洗面所の方に向かう。
鏡に映った自分の顔を見て、苦笑いする。
目の周りが真っ赤で、26歳なのに40歳ぐらいに見える。
「ひどい顔・・・。」と心の中で思う。
口に出すと正志に聞かれてしまうから。
顔を洗って、ふっと息を吐く。
「ごめんごめん、急にお腹痛くなっちゃって。」
「大丈夫か、薬飲まんくって。」
「大丈夫、大丈夫。」
美幸は何事もないように振る舞った。
「来週、二人連れて一緒に行くから。準備しといて。」
「え、どこに?」
「いや、さっき言ってたでしょ。」
「紹介されたところ?」
「そう。」
「もう決まったことなの?」
「いやさっきお願いしますって言ったじゃん。」
「え?あ、そうだったそうだった。行きましょう。」
頑張っても、ちょっとずつ前に進もうとしても、
彼は何にも気づかない。
彼のこれは、気遣いでもなく私を思っての行動でもなく、
私の努力をただ全否定しているだけだ。
もう、彼のせいで傷つきたくない、悲しい思いをしたくない、
自分の無力さに惨めな思いをしたくない。
美幸はもう何も考えないようにした。
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