49ロリ イルヴァハーン工房

 カランカランと鐘が音を立てて客の来店を知らせる。

 店内は薄暗く最低限の明かりしかなく、壁に飾られた剣がライトアップされているだけだ。

 店員が不在なのか人の気配がしない。私はとりあえず店内に飾られた剣を見て回ることにした。


「これは中々……」


 さすがは超一流戦闘家が常連の工房か。飾られている剣はどれもが只者の剣ではない。だがこの刃折れの剣と比べるとそこまで大したものではなさそうだ。


「お、これは……」


 私は飾られた剣の中でも特段出来の良さそうな剣を見つける。それは他の剣とは違い厳重に管理されていた。


「これにするの?」


 長い間その剣を見つめていたからかシルヴィはそう問いかける。


「いや、これは他のに比べたら良いんだが……微妙だな。まず私が扱う長さじゃない」


 そうこれは私からすればでかいのだ。私の身長より頭一つ分小さいぐらいか、持てはするだろうが私は短剣が手に合う。


「よく分かったな、嬢ちゃん。確かにそれは俺の弟子の最高傑作で俺のじゃない」


 声のした方を振り向くとそこにはドワーフのおっさんが立っていた。

 作業服のようなものを着ており所々汚れている。


「噂には聞いている。クルシュとシルヴィの嬢ちゃんだったか?」

「ああ、私がクルシュで、」

「ボクがシルヴィだよ」

「そうか。俺はジシス・イルヴァハーンだ」


 ということはこのドワーフの男がこの工房の主か。


「で、ここに来たってことは剣か? シルヴィの嬢ちゃんは魔法使いだったな。ならクルシュの嬢ちゃんか?」

「ああ、この通り刃が折れたからな。新しいのが欲しい」

「ふむ。まあいい。金はあるんだろうな」

「ああ、この通り」


 私は袋に入れられた金貨を見せる。


「ちょっと待ってろ」


 ジシスはそう言って店の奥に消える。

 すぐ追い出されないということは客として認められたのだろう。


「これはどうだ?」


 奥から再び現れたジシスは短剣を一本、私に見せる。

 それは私が持つにはちょうど良い長さの剣だ。刀身は白く、両刃。派手な装飾はなく実用性に特化したシンプルなデザインだ。パッと見ると安い剣と変わらないがよく見ればそれは確かに一級品であった。

 しかし――


「もっと良いのはないのか?」

「何?」

「これは確かにそこの剣よりもいいと思うが、とても皇帝とかが使うには大したことがない」

「ほぅ言ってくれるじゃねぇか」

「クルシュ!?」


 シルヴィは「名匠に何言ってんの!?」と驚いた顔だ。


「合格だ」

「へ?」


 シルヴィが素っ頓狂な声をあげる。


「それは俺の失敗作の剣だ。客の中には『俺が作った』っていうブランドが欲しいだけの奴がいるからな。そういう奴には弟子の作品を売っているんだ」

「そんなことしていいの?」

「剣はな、使い手に合った剣がある。長さ、重さ、掴みやすさ。そんな条件が揃ってようやく使い手と剣は一体化するんだ。俺はそんな剣を作ってやりたいんだよ」

「てことはそこに飾られてる剣も、この剣も、いわば試験みたいなもんか」

「ああ、そこのを見破れずに買ってく奴は論外だ。それを見破って奥から持ってきたこれを買った奴はまだ足りん。これを見破ってようやく、俺が本気で作るに相応しい」


 私はジシスの考えに同意する。確かに鍛治師にとって剣は我が子のようなものだろう。それを分不相応な奴が扱うことは許せないだろうし、剣の本来の力を引き出せないだろう。


「さて、嬢ちゃんに合った剣を作るにはまず使い手の癖を知ることから始まる。他にも使い手の戦い方も知らなきゃならん。今日一日、付き合ってもらうぞ」

「もちろんだ」


 それから私たちは街の外へ出た。シルヴィは別行動しててもいいと言ったのだが見学してると言いついてきた。

 街から離れたところでゴブリンの群れを発見する。


「じゃああれをいつも通りに倒してみてくれ」

「了解だ」


 ゴブリン程度だといつもは殺気で殺したり叩いて殺しているのだが、剣でやってみよう。

 ゴブリンは全部で八匹だ。一匹ゴブリンジェネラルがいるがなんの問題もない。

 私は高速で奴らの懐に潜り込み体を回転させながら奴らを切り刻んでいく。あっという間に普通のゴブリンは絶命し、残りのジェネラルは首を切り落として殺す。


「終わったぞ」

「……」


 振り返るとジシスは愕然としていた。


「お〜い、大丈夫か?」

「あ、ああ。噂には聞いてたがまさかこれほどとはな。だがまあ癖や戦い方は大体分かった。後は戻って早速作り始める」

「おお、ありがとう」

「その後もちょくちょく素振りを見せてくれ」

「了解だ」


 もう街の外での用事は終わったので工房に戻るとしよう。あ、魔石を一応回収しなきゃ――


「クルシュ! 魔石回収したよ!」

「お、ありがとな」


 シルヴィが魔石を手に持って来た。隣を見ればガリアがいる。手が血で汚れているのでガリアも手伝ってくれたのだろう。ガリアの頭を撫で回して褒める。「私は?」とシルヴィが目で問いかけてくるが無視だ無視。

 ゴブリンの魔石などはした金だ。だが回収しておいて損はない。


 私たちはまた来た道を戻って工房に篭りきる。


 ◇◇◇


「じゃあ、また明後日に来てくれ」

「おう」


 日も落ち始めた夕方。サンプルで私の剣の握り方などを確認したり、素振りをしたりして剣の構想が決まったようで、後は刀身を打つだけだそうだ。

 また二日後完成を受け取る約束をして今日は帰るとしよう。


「お〜いシルヴィ、起きろ〜」


 ずっと見学していたシルヴィだったがさすがに退屈だったのかいつの間にか眠ってしまっていた。私はシルヴィを起こす。

 だが起きる気配がない。

 頬をつねる。

 ――起きない。

 頬を叩く。

 ――起きない

 胸を揉む。

 ――起きない。

 脇をこちょこちょする。

 ――もぞもぞするだけで起きない。

 雷魔法で感電させる。

「あばばばばばば!?」

 ――起きた。


 何事! と辺りを見回すシルヴィ。


「起きたか? 帰るぞ」

「いや起こし方!! もうちょいマシなのなかったの!?」

「いくらやっても起きねぇからだよ。ほら飯食いに行くぞ」


 「もうちょっと優しくしてよぉ」と口をこぼしながら私たちは工房を後にする。

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