第4話 タケシの場合
ここは、千葉県にある東京ネズミーランド。
まりんの今日のお相手は、ネズミーオタクのタケシだ。年間パスポートを持っているのは当たり前、最低でも週一回はネズミーラントに来園するほどのマニアっぷりだ。
「タケシきゅーん! お待たせー!」
「ああ、まりんちゃん来たね!」
いつものように手を振り舞浜駅改札前に現れたまりん。言うまでもなく2時間遅れての到着なのだがタケシは動じない。
何故か? タケシは、自作の特製ネズミー攻略メモを参考に、今日のプランを練りシミュレーションしていたからだ。時間なんて、あっと言う間に過ぎてしまうのだ。
「あ、それかわいー!」
まりんは、タケシが被っている『ムッキーのカチューシャ』を指差して微笑んだ。
「あ、ああ……! ネズミーマニアなら当たり前だよ! ほらっまりんちゃんのもあるよ!」
「うわー! ありがとう!」
タケシはリュックから、ムッキーの恋人、ムニーのカチューシャを取り出して、まりんの頭に取り付けた。
「う、うん……可愛い! ムニーちゃんよりもかわいいな!」
「もータケシくんったらー! 世界中に人気のキャラクタームニーちゃんよりも、まりんが可愛い訳無いじゃない! やめてよー……でもありがと。」
「!!!!」
今回も出ました!
「やめてよー」と全否定からの「でもありがと」。一回、全否定された瞬間、男の顔は笑っていながらも確実に傷ついている。
……からの、「ありがと」だ。「ありがとう」ではない。「ありがと」なのだ。「う」一文字無いだけで、ちょろい男のハートを鷲掴みなのだ!
是非、女性陣は試してみてくれ!!
「じゃあ、入ろ! ファストパス無くなっちゃうよ……?!」
まりんはタケシを急かした。遅刻したくせに、入場しないと発券できないことを知っているくせに、しれっと「ファストパス無くなるよ」なんて悪びれもせず言うなんて、根っからのクズである。
だがしかし、タケシはドヤ顔で言い切ったのだ。
「まりんちゃん、大丈夫だよ。一回入場してファストパスをスマホからゲットしておいたんだ。ほら、これがまりんちゃんのパスポート。」
「タケシくん……スキニナッチャイソウ……」
「!!!!」
連続して出ました……!
相手の名前を呼んでからの、小声での「スキニナッチャイソウ」だ。これはタケシ目線だと、まりんが自分に聞こえない様に「好きになってしまいそうである」と、呟いている。そう聞こえるのだ。
……まあこれも、まりんの作戦なのは言うまでもないのだが。
「えへへ……さ、いこっ!」
「う、うん。」
まりんは、照れくさそうな顔をして入園口を通り抜ける。もちろん心の中では「ちょれーな、こいつ」と舌を出しているに違いないのである。
そして、タケシのエスコートのもとに、アトラクション、パレードの場所取り、予約したレストランでの食事をスムーズにこなしていく。
ここらへんは、さすが年間パスポート保有者と言うところだろうか。
「ほら、まりんちゃん、隠れムッキーだよ」
「あーホントだー! すごーい!」
建物の壁に、小さなムッキーのシルエットが隠されている。ネズミーオタクとしては自分の力で隠れムッキーを見つけることがステータスなのだ。
「あ、大きいムニーちゃんが居る!」
お土産屋さんのディスプレイに張り付くまりん。その目はキラキラと輝いている。そのムニーちゃんのヌイグルミは、まりんと同じくらいなのではないかと思うくらいに大きい。
タケシは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ま、まりんちゃん……それ僕が買ってあげるよ」
「ええ?! いいよー! だって何万円もするんだよ!」
「だって、まりんちゃん欲しいんでしょ……?」
「欲しいけど……でも……」
まりんは、両手を後ろに組んで、つま先で地面にぐるぐる円を描く。
「待ってて!」
「あ、タケシくん!!」
止める (姿勢だけ見せる) まりんのことを振り切って、店の中に入っていくタケシ。かっこいいぞタケシ。
暫くして、大きなムニーちゃんのヌイグルミを抱いて戻るタケシは輝いていた。
「はい! まりんちゃん。今日、一緒にネズミーランドに来てくれたお礼だよ!」
「うわああああああっ! いいの? ありがとう! まりん、大事にするね。ムニーちゃんをタケシくんだと思って毎日抱いて寝るね!」
「おおぅふ……!」
はい、タケシの「おおぅふ」頂きました。そんなん嘘に決まってるだろ、いや、ムニーを抱いて寝るのは本当かもしれないが、タケシのことは1ミリも思い出さないだろう。
「はあ……タケシくんと、いつでもココに来れたらいいのになあ……」
ムニーちゃんをギュッと抱いて、空を見上げるまりん。
タケシは、まりんの姿を見て、意思を固めたように力強く言ったのだった。
「まりんちゃん……いつでも一緒に来ようよ。ほら、こっち!」
「……え、タケシくんどうしたの? 待ってー!」
タケシは走り出した。思い切り走った。両手、両ひざを高く上げてスプリンターの如く走った。
「ハァハァ……」
「ど、どうしたの? ここネズミーランドから出ちゃってるじゃない。」
まりんは、ムニーちゃんを大切そうに抱きしめて言った。
「こ、ここ……」
「……え?」
タケシの指先の方向を見ると、そこは『
「ほ、ほら、一緒に年パス持てば、いつでも、僕と一緒に、まりんちゃんもネズミーランドに来れるよ……!」
「タケシくん……」
「ほら、いいから!」
戸惑うまりんの腕を引っ張ってチケット売り場に入っていくタケシ。かっこいいぞタケシ。
――30分後
「ありがとうタケシくん! まりん嬉しい!」
「えへへ、これでまりんちゃんといつでも来れるね。さあ、ご飯でも……」
「そーだねー。じゃ、私はこれで!」
まりんは、タケシの言葉を遮り、振り向きもせずムニーちゃんを抱きしめ舞浜駅へとダッシュする。ま、まさか、またこのパターンかっ!!
「ホントちょろいなー。このデカいのは、とっととフリマサイトで売ってしまおう。邪魔だしな。」
……クズだ。
何だかんだで、タケシに、ネズミーランド、ネズミーシーの2パーク年間パスポートを買わせてたじゃないか。あれだけでも10万円するぞ。
「……ん? あれ、マモル、か……?」
舞浜駅の改札の方を眺めると、確かにマモルが改札口に立っていた。一人だ。ぼっちネズミーなのか……?
「うわー、アイツぼっちとか何なん? 実はネズミーオタク? ちょーウケるんだけど。ちょっとからかってやろ。おーい、マモ……え?」
まりんの表情が凍り付いた。右手が前に伸びたままになっている。
「マモちゃーん!」
「よし、行くぞ。」
「へへへー……」
「リサ、近すぎだ、離れろ」
「えへへ、やーだよ!」
なんと、マモルは女の子を待っていたのだ。綺麗な女の子、しかも巨乳だ。まりんの平らな胸とはエラい違いだった。しかも、女の子は、自分からマモルの腕に絡みついている。積極的なタイプだ。
「ぐぬぬぬぬ……」
まりんは、固く唇を噛みしめた。マモルの彼女 (仮)にあらゆる所で敗北していることを認めざるを得なかった。
あの、童貞だと思っていたマモルに恋心を抱いてしまっていたことに、まりんは気づいたのだった。だがしかし、気づくのが遅すぎた。彼には彼女がいたのだった。
「くそー! 覚えてやがれー!!」
まりんは、改札を突き抜け、丁度来た電車に乗り込んで行った。
「ん? あれは……」
「知り合い?」
マモルは消えたマリンの方をみて、微笑を浮かべた。
「たぶん、な。」
「マモ
「ふふ、ゼロではない、かな。」
「なにそれーっ!!」
まりん、惜しかったな。
もう少しでマモルに勝てたのに、残念。
――今日の戦績:まりんの一勝一分――
<あとがき>
お読みいただきましてありがとうございます。「ちょろ男バスターまりんちゃん」でした。
私としては初の短編連載ラブコメものだったのですが、どうでしたでしょうか。
まずは短編で書かせて頂きましたが、今後、長期連載を行う可能性を秘めた作品です。
これからも様々なジャンルに挑戦していこうと思いますのでよろしくお願いいたします。
二区9
腹黒ガールまりんちゃん 桐生夏樹 @tomox9209
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