第3話 タツヤの場合
お、おや……?
まりんが泣きながら、上下ピンクのスウェット姿で街を歩いている。今日のお相手は、金持ちイケメンの「タツヤ」だ。
こんな時ほど、気合い入れてオシャレして、胸の谷間を出し……いや、谷間は無かった。失礼。
タツヤの心をゲットするには、それなりのファッションコーディネートで自己アピールしないと、せっかくのチャンスを不意にしてしまうに違いない。
それでもまりんは、待ち合わせ場所の広場の噴水前に居るタツヤに、トボトボと近づいて行った。
「え、ええっ?! 一体、どうしたんだ、まりん!!」
マリンのみすぼらしい姿を見たタツヤは、引きつった顔をして驚き
惨敗を察したのか、まりんは泣きながら言った。
「うっう……あ、あのね、今日は大好きなタツヤくんとデートだから、張り切っておしゃれしようと思ったの。」
「そ、そうか。だったら何故……?」
「うん。それでね、タツヤくんと一緒に歩いても恥ずかしくない様にって、昨日の夜から色々な服を何種類も着たんだけど、タツヤくんの隣には似つかわしくないかなって、気付いたら朝になってて、最後にはもうわからなくなっちゃって、まりんーまりんー……うあああああんっ!!」
「ちょ、ちょっと待て! 泣かなくていいから、な? 大丈夫だから!」
気持ちが一杯になり、矢継ぎ早に自分の想いを
スウェット姿で来るくらいだったら、この前のツトムとのデートで着ていたメイド服の方が、まだマシだ。
「だってー。だってー。こんな姿でタツヤくんと並んで歩くなんて……だから、せめて一言だけでも話そうって、勇気を振り絞ってここまで来たの。ごめんねタツヤくん、まりん、帰るね。デート台無しにしちゃってごめんね。うぅ……」
泣きながら、その場から立ち去ろうと歩き出すまりん。
「ちょ、ちょっと待てって!」
「……え?」
まりんは、呼び止められたのが意外だったような雰囲気を
「まりん、今日のデートはショッピングにしようか。俺が、まりんの服をコーディネートしてやるよ!」
「え、でも、まりん、お財布も何も持たずに出てきちゃったし、行けないよ。」
「バカだな、俺を誰だと思ってるんだ……?」
「た、タツヤ……くん。」
タツヤは、まりんに向けてウィンクしてみせた。普通にキモい。
……で、で、出たー!!
これか、まりんの狙いはこれだったのか。
金持ちイケメンとのデートに、まさかスウェット上下で来る女なんて誰も居ない、居る訳が無い。まりんの捨て身の離れ技、他の女との
「さあ、行くぞ! 今日は、まりん姫のファッションショーだ!」
「うん! タツヤくん大好き!」
さっきまで泣いていたのが嘘だったかのように、まりんはスウェット姿でピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。……いや、泣いていたのは、
そしてタツヤとまりんは、様々な店で、様々な服、靴、カバンを買いまくった。タツヤが持つセレブの象徴『(パパの)ブラックカード』が猛威を振るう。
まりんは、数時間前までスウェットを着ていたなんて思えないほどに、高級ブランドのガーリーファッションで身を包まれていた。
「うん、こんなものかな……ゼェゼェ」
達也は、両手に
「うん! タツヤくんありがとう!」
「いや、まりんが喜んでくれるなら、俺も満足さ。じゃあ、これからは大人の時間……」
「あっ! いっけなーい!」
まりんは、買ってもらった腕時計の時間を見て、焦る素振りを見せた。
「どうした、まりん?」
「あのね、まりん、これから大事な用事があることを思い出したの。ごめんなさい。」
深々と頭を下げるまりん。
その顔は見えないが、きっと悪い顔で笑っているに違いない。
「え、なに、用事……?!」
「そうなの、タツヤくん、ごめんね。荷物は、ここまで送っておいてね! じゃ、またね!」
まりんは、住所をスラスラと紙切れに書いてタツヤに手渡し、小走りで去って行った。
「ちょ、ちょっと待てよ……って、この住所、コンビニ受け取り……」
ガクッと膝を落とすタツヤであった。
「まったく、ちょろい野郎だな。ヤツは暫く利用してやろう。」
数十万はするバッグを眺めながら、まりんは呟いた。まだまだタツヤから金を搾り取るつもりらしい。根っからのクズだ。
……おや?
まりんは、通りすがりの男に目を留めた。
「あ、マモル……、ここで会ったが百年目、今度こそ!」
独り言の表現が、ことごとく昭和のまりんは、マモルに向かって小走りで近づいた。
「パタパタパタ……ま、マモルくん!」
「ああ、星屑、どうした。」
「もう! 名前で呼んでって言ってるのに……! プンプン」
「ああ、すまん。」
すまんと言いつつ、全く反省しない様子のマモル。良くいるよな、『面倒だから、とりあえず謝っておけば済むだろう』的な考えのヤツ。
だが、こんなことで、まりんは引き下がらない。
「ねぇねぇ、どう? この洋服、似合うでしょ?!」
「……ふむ」
まりんは、スカートの裾を持って、くるりと一回転して見せる。
まずはキュートなイメージを打ち出して、どうせダメ出しするに違いないマモルの出方を伺う。
すると、マモルは
「な、なに……?」
まさかのガン見にたじろぐまりん。
「ああ、いいんじゃないか? 似合ってる。俺は好きだな。」
「…………!!!!」
まさかの「俺は好きだな。」、想定外を超える想定外の言葉に、まりんの顔が一気に赤く染まり、その顔を慌てて両手で隠した。
――俺は、好きだな。好きだな、好きだな、好き……
まりんの脳内で何回もリフレインされるマモルの声。マリンは思わず、その場に座り込んだ。
「おい、どうした……?」
まりんの心の動揺に全く気付いていないマモルは、いつも通りの平坦な声で、まりんに声をかけた。
まりんは、顔を見せない様にマモルに背を向けて立ち上がり……
「お、覚えてやがれ! これで勝ったと思うなよ!」
もはや定番となりそうな捨てゼリフを残し、マモルの元から走り去るのだった。
「ふむ、今日は、二日目……か。」
マモルは、何かを察した様子で、その場を立ち去るのだった。
――今日の戦績:まりんの一勝一敗――
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